・ n.2 マテーラ周辺旅行 南イタリア・バジリカータ州 総集予告編

先回に続き、マテーラ周辺旅行の総集編をご覧下さいね。

この2枚の写真はマテーラ3日目の朝撮りの物で、6時に出かけましたが、
朝撮りに出ると前日の夕食の時ミレーナに言うと一緒に行く、とついでに
隣にいたロレダーナも一緒に来て3人で。 ですがね、2人は撮るのが遅くてぇ・・!

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マテーラに一人で居残った日は、前日の快晴に比べ雲が多く少し残念でしたが、
これは町の南側のサッソ・カヴェオーゾの眺めで、真ん中にポコッと飛び出している
岩山に、洞窟教会マドンナ・デ・イドゥリス。

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こちらが岩山に上った前部から。 手前の広場が狭く、大きさが上手く撮れず・・。

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左側に格子の入った隙間が見えますが閉まっており、後ろ側から再度石段を上り、
ぐるっと背後を回りつつ、谷の風景も見れます。



手前の広場からの眺め。 石段の所からすぐ下に見えるサン・ピエトロ教会辺りを
スケッチする男性、勿論通りすがりに覗きに行きましたよ。

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下に下って来て、出会った白ちゃんと、朝のお手入れ中の縞猫ちゃん。

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このボクは何をしているのか、考えているのか、かなり長い間この姿勢で。

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下っていく道の途中で見かけたカップル。

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朝の9時頃でしたけど、女性がかなり強い語調で男性を責めていましたっけ。 
彼は何にも云わずに聞いていましたけど、横を通るshinkaiをちらっと見ましたね。
ワタチ、イタリア語分からない、みたいな顔で通り過ぎましたけど、へへへ、
朝の9時からねぇ、二人ともサングラスをかけていてね、深刻そうでね・・!



マテーラの写真はまたその各所のご案内で見て頂くと思いますので、一応お終いとし、
最後に対岸のムルジャ考古学公園から見た、古い洞窟住居の跡を。

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この新しい街の下に広がる、黒い洞窟住居の穴はかなりの迫力でしたが、
お天気が悪く、雨交じりの強い風で、余りよく撮れておらず、というよりも、
凄まじい感じにどこをどう撮ったら、と集中できなかった感あり、残念!

この何層にも重なる一帯で、メル・ギブソンの「パッション」などの映画が撮影
されたとか。確かに洞窟住居はBC以前からの物ですものね。 
ガイドさんが、あの映画で改めてマテーラに対しての関心が大いに深まった、と。




翌日から参加の周辺行き、この日はヴェノーザ・Venosaと、メルフィ・Melfiに。
まるで事前知識がなく出かけた今回の旅行でしたが、
一帯の美しい風景に驚き、魅せられました! 分家ブログで見てやって下さいね。 

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大好きなトスカーナ風景にも似ていて、でも何処か素っ気ないというか、
トスカーナの風景よりも少し荒い感じを受けましたが、緑の時はどうなんだろ?

マテーラ以外に出かけた場所の地図は、こちらに。
http://www.italiashiho.site/article/461858537.html



ヴェノーザの、15世紀のオルシーニ家の城。 内部は博物館に。

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町外れにあるローマ期の遺跡跡、モザイクも残る浴槽跡とかかなり広大な物。

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アッピア街道の跡。  

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南ラツィオのテッラチーナで見たアッピア街道を思い出し!
http://www.italiashiho.site/archives/20170210-1.html



遺跡内を歩いていると、ある場所で何とも言えない良い香りがし、
何だろと思ったら、野生のメンタ、ハッカがはびこっているのでした。
これは近くで咲いていた黄色の花を。

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この遺跡跡の最初の写真の奥に見えた、高い教会の壁のような物は、
未完の大聖堂の跡なんだそうで、これがかなりな迫力でしたよ!

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午後は雨が本降りになってきた中を、メルフィ・Melfiの城に。
フェデリコ・バルバロッサが12世紀に建設の城で、どんどん増改築された様で、
最後には、なんとジェノヴァのドーリア家の領有地でもあったと!

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高地にある素晴らしい城でしたが、霧がかかり始め、見下ろす町は真っ白に。

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現在考古学博物館になっているこの城で最初に見た大理石の
素晴らしい「ラポッラの石棺・Sarcofago di Rapolla」

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1856年メルフィ近くの、かってのアッピア街道が走るラポッラ村から発掘され、
高さ1,8m 長さ2,5m 幅1,2m、2世紀後半の作と。



それにしても、この博物館の収蔵品の質の高さと量の多さ!!
やはり目の前にあると見るし、撮るし、ぐったり疲れましたぁ! 

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雨の町の中を聖堂に。 ノルマン式という、動物のモザイクのある鐘楼を。

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翌4日はマテーラから南西に、トゥルシ・Tursiと、メタポント・Metapontoに。

出発した朝はまだ晴れ間があり、こんな山の上の奥に見えたポマリコ・Pomarico
という町も見たり、

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トゥルシの町に行く前にかなり上った所にある、聖所のマリーア・サンティッシマ・
レジーナ・ディ・アングローナ・Maria SS.Regina di Anglonaに寄りました。

古くからの信仰の地という事ですが、この11~12世紀の聖堂の入り口の彫りと、
内部のフレスコ画がなかなかの物でした。

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そしてトゥルシに向かう途中で、カランキのずっと続く道を通り、夢中で写真を
撮りましたが、いやぁ、こんな土地がずっと続くとは本当に驚きでしたぁ!

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トゥルシの古い上の町、現在は殆ど廃墟の村落に上り、かなりの雨の中を
狭い小路を下り、希望者は、という事でしたが、そう言われると歩くでしょ?!
ははは、靴の中までぐちゃぐちゃとなり、

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でもね、ホンの雨の上がった一瞬、下の部落を見下ろす、こんな眺めもあり、
写真を3枚ほど撮った途端に、また大粒の土砂降りとなり!!

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坂道を下るうちに雨も何とか上がり、こんなカランキもすぐ傍で見れました。

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お昼のパニーノを食べた後、次の予定地メタポントに向かう途中どんどん雨が
激しくなり、shinkaiなどはもう宿に戻ってもいいよぉ、今日の午前中で満杯よぉ、
と思うのですがぁぁ、ははは、

マーニャ・グレーチャの中心でもあり、ギリシャ神殿風遺跡の「ヘラの聖所」にと
向かいますが、町の道はずっぽり水に浸かっており、走る車はまるでボート並み!

それでもと近くまで行き、皆それぞれに写真を何枚か撮り引き上げ、
地面がぐちゃぐちゃで、傍まで行くのもためらう程で、

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美術館は濡れないから、と向かいますが、ははは、美術館前の道がずっぽりで、
遂に団体責任者アンジェラがノー!と言い、やれやれ、ははは、

この一帯は海抜が海よりも低いほどなんだそうで、畑の中も水浸しで、
走るバスの窓の中ほどまで飛沫がかかるほどでしたよ。

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3時頃にマテーラの宿に引き上げ、shinkaiはシャワーをしてベッドに入り、
久し振りに昼間からTV映画を見ましたっけ。 あれ、何を見たっけ? 
真面目な方々は博物館や美術館に行かれた様子でしたが、ははは。


最終日の午前は予定ではマテーラの町の谷向こうのムルジャの考古学公園に
行く予定でしたが、道がぬかるんでいて歩くのが大変という事で、

近くの岩窟教会、ラ・クリプタ・デル・ペッカート・オリジナーレ・La Cripta del
Peccato Originaleに行きましたが、暗い岩窟の中に見るフレスコ画が
素晴らしかったので、またご案内いたしますね。

という事で、雨と強風のムルジャの公園はそこそこにし、バーリに向かい昼食の後、
戻りの列車、再度フレッチャビアンカに乗り帰路に。

マルケ州のロレート・Loretoの大聖堂が丘の上に見え、ここはまだ行った事なし、

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日没。  

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パドヴァに10時前に到着、コネリアーノに11時過ぎ、我が家には11時半頃と、
無事に南イタリアの旅を終え、戻りました。


最後の写真は良いお天気だった、はは、想い出のマテーラの、朝日に染まる風景を。

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2回にわたってのお付き合い、有難うございましたぁ!

*****

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ヴェネツィア を6記事 アップしております。
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トスカーナの道 描き始め と、マテーラからヴェノーザへの道風景 を  
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・ n.1 マテーラ周辺旅行 南イタリア・バジリカータ州 総集予告編

皆さん、お久し振りです!
9月30日から10月5日までの南イタリアはマテーラ周辺の旅行から、
少しよれよれになりましたが、5日深夜無事に戻って来ました。

ええ、少しよれよれと言うのは、6日間の前半は良いお天気だったのが、
後半はちょうどあの一帯が大雨に襲われ・・!
曇り空がとても残念な素晴らしい景色に巡り合えたり、靴がずぶぬれとか、
それにやはり電車の旅7時間半は長いですね。

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まぁ、それでも元気で初めての南イタリアの旅をしっかり味わってきました!

電車の長旅は分室ブログの方で、青いアドリア海を見て頂く事にし、
こちらでは巡った町の様子をざっと、と言っても写真を少しずつ選び出しても
70枚を越え!で、2回に分け、今回はその最初の様子をどうぞ!



朝7時24分、パドヴァ発のフレッチャビアンカの列車に乗り、
リミニ辺りから見える青いアドリア海沿岸に沿って一路南に下り、

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これは既に南イタリア、プーリア州に入った辺りと。 
スプリンクラーの散水に虹が。

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バーリ・Bariの駅前、列車は1時間以上遅れ到着は16時半頃だったと!

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西日の中をアルタムーラ・Altamuraに向かいますが、目につくのはオリーブ畑。
道脇のみならず、ずっと樹林が遥か彼方まで続くのに感嘆!

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アルタムーラの聖堂はロマネスク様式で大変有名ですし、楽しみにしていて、
そのあまりの高さに、正面側の広場が狭く全体を入れるのが大事!

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入口扉の装飾は素晴らしかったのですがぁぁ、

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内部は金ぴかバロック様式になっていて、あれま・・。



アルタムーラの町はまたパンで大変有名ですが、広場脇のインフォメーションが
我らグループを、というより、馴染みのガイドさんを見つけ、
皆にパンを1つづつサーヴィスしてくれ、皆大喜び!

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頂いたのは右側の大きなのではなく、左に見える小さい方ね、はは、念のため。



既にとっぷり暮れた中を、ワイン博物館にもなっているカンティーナに。
古く閉まっていたカンティーナを、ここに見える兄弟が買い取り、修復し、
かっての道具類や掘り出し物を整備し、保存しているもので、

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彼らの情熱が迸るような説明で、15度のワインのお味見も。
売っているワインは、肥料も何も使わずの昔ながらの葡萄栽培法の農家の
数少ないワインで、味もすっきり強く、が所謂芳醇な味とは少し違うタイプと。

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とっぷり暮れ、灯が灯る聖堂前を再度通り、

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バスに乗り込み、5泊するマテーラの宿に。 この日はチェックインも後回し、
ただ手を洗ったのみで食堂に直行、はは、夕食をね。
なかなか美味しいものを、たくさん頂けたホテルでしたよ。

翌朝6時半にホテルを出て、写真を撮りに出た時の様子で、
左に各国の旗が見える所が我らのホテルで、3年前に改装したとかで、
部屋の内装もすっきり、水回りのお湯の出方も素晴らしく、

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それに何よりも旧市街の中心、ヴィットリオ・ヴェネト広場に100mほど
の位置にあり、これが何よりでした!



ヴィットリオ・ヴェネト広場から見上げる、朝の月。

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広場に面する古い教会の鐘楼。

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旧市街の北の端サンタゴスティーノ教会付近から見る眺めで、
一番高台に町の聖堂があり、徐々に流れ下る家並み。

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10月1日の日の出。

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この日は一日マテーラ見学で、ヴィットリオ・ヴェネト広場のすぐ脇の見晴らし台
グエリッキオ・L.Guerricchioからの眺め、正面に聖堂。

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マテーラの町はヴィットリオ・ヴェネト広場周辺と、向かいの聖堂周辺が高く、
サッソ・バリサーノ・Sasso Barisanoと呼ばれる中心部が低いのですね。
で、上でご覧頂いたびっしりの家並、高低差のある家並となります。

そして東側の谷沿いの道ヴィア・マドンナ・デッレ・ヴィルトゥに出て南に下り、
岩窟の教会・キエーザ・ルペストゥレと呼ばれるうちの一つ、
マドンナ・デッレ・ヴィルトゥを見学。

ここは大変奥深く層も重なる教会で、フレスコ画も残っていましたが、

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シチーリアの彫刻家が自分の作品を幾つも展示していて、それがなんとまぁ、
どれもが一番良い場所を占めているのでね、かなり目障り・・!



これは隣接の、サン・ニコロ・デイ・グレーチ教会の方。

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そして谷沿いの道をずっと歩き町の南側に出ると、一帯はサッソ・カヴェオーゾ・
Sasso Caveosoと呼ばれる、西側の高台からの家並みが下る風景となります。

サン・ピエトロ・カヴェオーゾ教会脇のアーチを抜け谷沿いの道に出て、
ヴィーコ・ソリターリオの洞窟の家、かって農民たちの住んだ古い住居の見物を。

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順番を待っていると、階段を降りて来た東洋人のグループがあり、周囲の仲間が
日本人と違う?と私に尋ねるので、日本のどちらからお出でになりました?
と声をかけると、熊本、名古屋、あっちこっちからですよ、と。

そして日本からですか?と逆に尋ねられ、いえ、イタリアに住んでいるので、
と言っていると、最後に来た中年男性がにやにや笑いながら、
お姉さん、お元気そうで結構ですねぇ!  はぁ、お陰様で!

すると傍で聞いていたファウストが、あれはあんたの昔の彼か?というので、
冗談じゃぁねぇよ!  皆で大笑いになりましたが、ははは、
遠い南イタリアで、日本人団体さんと会うとは思いもしませんでしたねぇ!



狭い家の中にグループ全部46人が一緒に入れられ!身動きも余りできずで
説明を聞き、そろそろと見て回りますが、

今見えるここが入り口扉からの大きな部屋で、夫婦と、一家族平均6人の子供、
軒の下に唯一の換気窓があり、

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こちらが脇にあった小さな台所、表に向いた上に小さな窓があり、

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上に見えた部屋右奥にこの小さなダブルベッド、高い足代は床の湿気を避ける為で、
ハンモックの中身はトウモロコシの皮、赤ちゃんの揺らしベッドはベッドの足元に、
手前右の箪笥の抽斗は、子供たちのベッドでもあり、

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部屋の左奥にロバの囲い場所があり、

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部屋の一番奥に、他の家畜の小さな囲い部屋があり、その隣に小さな
穴倉みたいな部屋があり、仲間は家畜の為だろうと言ってたのですが、

よく見れなかったので翌日マテーラに一人で居残った時もう一度見学に行き、
一人でゆっくり見て、係の人に尋ねましたら、そこで堆肥を作っていたと!

狭い一部屋みたいな所で一家族、平均8人が暮らし、それに家畜、堆肥小屋、
家の中の空気、衛生状態、臭気はどんなだったのかと思いました。



谷を挟んで東側の現在州の考古学公園一帯となっているムルジャ・Murgia地区。
マテーラに住民が住み着き始めた当時はこちら東側だったのだそうで、
谷底を流れる川の水を運びに通った道筋が元になった道が稲妻のように見えます。

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川底に近い所に吊り橋がかかり、何年か前迄はトレッキングコースに利用されて
いたのだそうですが、事故があったとかで現在は閉鎖中。



最後の午前、今見える頂上辺りに行きましたが、ここからの眺めはまさに絶景で、
というより衝撃的な眺めで、東側の洞窟跡はそんなに数は見えずなのが、
西の現在の町を谷越に眺めると、今の町の下層にずらっと暗く穴が何層にもなって
続いているのが見え、その迫力に少しぞくっとした程!

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公園での写真は次回最後にご覧頂きますが、
この写真の中程から左側から奥にかけての、現在の町の新地区の下辺り、
サッソ・カヴェオーゾの下の層に広がっておりました。

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こちらは町の聖堂、13世紀のロマネスク様式で知られていますが、天井部の落下が
あっての長い修復期間を置き、つい2年ほど前から再公開されているのだそうですが、

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ここも中は金ぴかの華やかなものとなっておりました。



聖堂前広場から眺める、最初に町のパノラマを眺めた西、グエリッキオも見え、
奥中程左に大きな糸杉が見えるあの少し左、白に小さなアーチが2つ見える辺り。

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如何、この家並?! ちょうど真ん中辺が一番低い辺りで、ここを通るのが
ヴィア・フィオレンティーニ・Via Fiorentiniで、

写真左端の外辺りをヴィットリオ・ヴェネト広場からのヴィア・ヴェッケリーア、
そしてヴィア・ドゥオーモと続いて、ここ聖堂前にやって来ます。



ちょうど西日が射しこむ辺り、通り抜ける道がヴィア・フィオレンティーニ。

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聖堂前広場から身を乗り出して見た、マテーラの北に広がる平野。

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鶏の形をしたマテーラ名物、クックゥ・cucùと呼ばれる笛でもあり、吊るしたり、
また磁石が付いていて冷蔵庫の前にも。

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子供が生まれると贈り物にしたり、また幸運のシンボルとしても良いのだそうで、
shinkaiもお土産に買って戻りました。



朝日を受けるサッソ・カヴェオーゾの眺め、左奥一番高い所に聖堂が。

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これはヴィットリオ・ヴェネト広場から北西に、ヴィア・サン・ビアージョ通りを
行くと直にあるサン・ジョヴァンニ・バッティスタ教会。

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ここも正面入り口扉周囲の装飾が見事。

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マテーラの土地、岩は石灰岩の固い物で、道石に敷かれたものは長い年月を
経てすり減り、つるつるに光り、滑りやすく、まして坂道、石段が多いので
歩くには要注意!

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来年2019年、マテーラは「ヨーロッパ文化首都」と定められ、今町は来年に向け
様々な修復突貫工事中で、町の聖堂の鐘楼も覆いを被り、クレーンが動き、
ガイドさんが、皆さん、是非また来てね! でも来年はダメよ!でしたが、ははは、

1993年に世界遺産指定を受けて後、やはり町は観光への弾みが付いた様で、

こんな3輪のタクシーが町中をちょこちょこと走っておりました。

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谷沿いをカーヴしながら続く道、朝日に輝きます。

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グループでは行かなかった洞窟教会の一つ、マドンナ・デ・イドゥリスも翌日に。

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ランフランキ邸・Palazzo Lanfranchi横のパノラマ地点では、男性5人が
ドローンを飛ばせ撮影中で、ほら、シニョーラを撮れ!と賑やか、ははは。

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どの様に手元に写るのか見せて貰いましたが、う~ん、まさに最新兵器!


という所で、バジリカータ旅行のその1を終え、次回に。

*****

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