・ n.1 サン・クイリコ・ドルチャ 再訪 ・ 中世街道の主要地点

今日ご覧頂くのは、トスカーナはオルチャの谷の西、東西南北を結ぶ街道の
主要な交差点に位置し、
イギリスはカンタベリーからローマに向かう巡礼道のヴィア・フランチージェナ・
Via Francigenaがシエナから下って来る、
またウンブリア、マルケからのシエナ、フィレンツェ行きの街道が交差し繁栄した町、
サン・クイリコ・ドルチャ・San Quirico d'Orciaの様子 n.1を。

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2008年初夏に初めて訪問した時の様子はこちらにご案内で、
サン・クイリコ・ドルチャ ・ 中世街道の分岐点
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461279240.html

2014年にも訪問したもののそのままで、昨年5月に訪問した時の写真でご覧下さい。

今回は町の東にあるホテル兼レストラン兼ガソリン・スタンドに3泊した朝早く
町の様子を見に出かけた時の物で、前夜は大雨でまだ少し曇り、時に陽が射し。

小さな町の真ん中をダンテ・アリギエーリ通り・Via Dante Alighieriが通り、
この南北に抜ける道をかってはフランチージェナ街道も通り抜け、
道の両脇にかっての主要な教会、建物等が散らばり、観光には楽な町。

上の写真は、そのダンテ・アリギエーリ通りを南から入ってすぐにある
サンタ・マリーア・アッスンタ教会・Chiesa di Santa Maria Assunntaの
後陣部と、アーケード式鐘楼。



道から後陣の背後が通れる様になっているので、入り込み、鐘楼も。

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後陣の軒先に並ぶ飾りを。 

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オルチャの谷一帯のサン・クイリコの町から一つ西の山の上にあるモンタルチーノ・
Montalcinoから南にあるサン・タンティモ修道院・Abbazia di Sant’Antimoの
装飾を思わせますね。

サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo n.1 
http://www.italiashiho.site/archives/20170414-1.html

サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo n.2
http://www.italiashiho.site/archives/20170415-1.html



屋根の上での、鳩たちの朝の語らい。 左上から顔を出すのもおり。

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そのままぐるっと教会の背後を通り抜けますが、教会建設が11世紀後半とみられる
古い白い石組で、何かちょっと印らしきものが見えたので。

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この白い石は石灰華というそうですが、これは温泉、鉱泉の湧き口などに出来る
炭酸カルシウムの沈殿物で多孔質で柔らかい、と言い、すぐ南に
バーニョ・ヴィニョーニの有名な温泉があるので納得ですね。

バーニョ・ヴィニョーニ ・ ローマ期からの温泉保養地 再訪
http://www.italiashiho.site/archives/20180611-1.html



ぐるっと教会背後を回ってきた所で、教会の正面壁の前からの通りと出会い、
すぐ横に高台になった薔薇の公園があり、

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バラの花は整備された少しで、小さな生垣を巡りながらゆっくりと散策できる様子。



脇にこの表示があり、ホルティ・レオニーニ・Horti Leoniniの開園時間があり、
このバラ園もかっては教会を取り囲んでいた幾つかの菜園の一つで、それらが後に
現在のホルティ・レオニーニの元になったものと。

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という事でそのままホルティ・レオニーニの方に入れるようになっています。



ここでサン・クイリコの町、中心の地図をどうぞ。 実際はもう少し縦に起きた形で。
shinkaiは右から入ってきた形で、中心のダンテ・アリギエーリ通りを挟み、
サンタ・マリーア・アッスンタ教会、そしてその下の薔薇園・Giardino Rose、
緑に広がるホルティ・レオーニニで、ホルティとはラテン語で「庭園」の意。

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同じ枠で囲った道の向かい側のスカーラの病院・Ospedale della Scalaの
ご案内は次回に。
中心にサン・フランチェスコ教会があり、旧市街の北西にコレッジャータ・
Collegiataと呼ばれるこの町の一番格式ある古い教会があり、
その横にパラッツォ・キージ・Chigiで、現在市役所に。

この時はホルティ・レオニーニを抜けコレッジャータまで行き、そこから戻って再度
サンタ・マリーア・アッスンタ教会に、だったのですが、ここでは先にご覧頂きますね。



こちらが現在のダンテ・アリギエーリ通りに面した教会の前景で、脇の入り口が
右に見える正面入り口より立派なのは、かってはヴィア・フランチージェナ、
大巡礼道に向いてだった訳で。

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中世における大巡礼道ヴィア・フランチージェナについてはこちらに。
モンテリッジョーニ ・ 市壁と、中世巡礼街道の町
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462678404.html



脇の入り口上部。

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で、左側の壁のかなり細かい装飾と、入口上の如何にもユーモラスな中世の彫り。

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口の左に脚が一本くわえられていて、口の真ん中が欠けているので、案外かっては
2本脚が見えたのかも! 余り怖くないライオン君ですが、はは。



こちらは入り口右側で、こちらも人間かな、をくわえてますが、左には迫力負け。

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この教会はいつもshinkaiの訪問時には閉まっていて内部を見た事がなく、
サイトから見つけた写真で。
一廊式の素朴な、逆に精神的な想いの湧く、素晴らしい物ですね。

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ホルティ・レオニーニの庭園の壁の横には、この小路がダンテ・アリギエーリと平行に
延びますが、こちらは地形がかなり下り坂。

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庭園内部は前日の大雨もあり、かなり足元が緩く、

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この時の大雨では、フィレンツェで観光バスの上に街路樹が倒れ、亡くなった方もいたと
いうニュースでしたっけ。



バラ園のとの連絡口を振り返り。

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中心の幾何学模様の植え込み部は、雨の為荒らされるのを恐れてか、立ち入り禁止。

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そういえば、以前に寄った時も中には入れずの記憶があり、
サイトで中を歩いている皆さんの写真を見て、ああっ! と思いましたっけ。



中央に立つ石像の主は、コジモ3世デ・メディチ・Cosimo III de' Medici.

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というので、メディチ家の何代? 時代は? どうしてここに、と例によりあれこれと。

このホルティ・レオニーニは1581年、メディチ家の当時トスカーナ公国の当主であった
フランチェスコ1世からこの地がディオメデ・レオーニ・Diomede Leoniに贈られ、
当時の堡塁があった場所に造られたと。

ディオメデ・レオーニという方についてはほんの少しサイトで見つけ分かったのは、
ミケランジェロの弟子で、枢機卿フェルディナンド・メディチの腹心の男であり、
このサン・クイリコの地をフランチェスコ1世大公から贈られた、という物。

少しややこしいのは、トスカーナ公国となった初代のコジモ1世の息子2人、
長男がフランチェスコ1世でトスカー公国2代目、次男フェルディナンド、枢機卿で
後にトスカーナ公国3代目を継ぎます。
が、かってはフランチェスコの死因は急病死だったのが、フェルディナンドによる毒殺と
近年の調査で分かっており、

この地をフランチェスコから贈られ、素晴らしい庭園を造ったディメーディオという人が、
フェルディナンドの腹心だったというので、焦って少し年代も調べ直したりでしたぁ。

n.1 フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461595223.html

n.2 フィレンツェ ・ ヴェッキオ宮
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461595718.html

ですがこのホルティ・レオニーニ庭園は、当時のルネッサンス期にどれもが
そうだった様に、内部にヴィッラを造ったりして関係者のみが楽しむ庭園ではなく、

最初からヴィア・フランチージェナを行く巡礼たちも楽しめる様に、という意図で
造られた公園だった様で、これはフェルディナンドに送った手紙にも明らかだそうで、

その辺りに、ディーオメデなる方がミケランジェロの弟子であった、石彫の仕事かな、
が持った公園の明確な目的が、メディチ家内部の当時の暗さを拭ってくれますね。


話がそれましたが、中央に立つ石像のコジモ3世という方は、初代のコジモ1世から
数えると6代目(1642-1723)で、メディチ家の中では最長命の81歳で亡くなりますが、
政治的にはかなりなぼんくらで、ははは、
ここに像があるのも、何かのチャンスに建てられたものであろうと想像。

悪口をもう一つ書くと、はは、像に見えるかなり厚い唇も、描かれた肖像通り!
で、1975年からこの公園は市の持ち物となり、造園当時の姿と造園主の名を保ちます。



背後に見えるうっそうとした森もやはりかって堡塁があった時のままの様で、

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奥にあった高さ39mだったかの塔、第2次大戦で爆撃された、の跡が残ります。



内部からでは分からない、幾何学模様の植え込みの様子をどうぞ。

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こちらは庭園の西側、町の城壁部で、

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この様に出入口に連絡し、

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外から見る門。

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すぐ横にある城壁の門を出ると、やはり昔見たままの投石機があり、

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でも何でこんなのを作って町の門に置くのか、その辺りの神経がね?? 



ちょうどこの日は町の市の日で、サン・フランチェスコ教会前の広場・
ピアッツァ・リベルタも、城壁の門の外も市の為の屋台、車の大型バンが
たくさん並んでの人出で、早々に退去。

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ダンテ・アリギエーリ通りの端にあるコレジャータ・Collegiataの姿が見えて来て、

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右手手前にあるのが、



このパラッツォ・キージ・Palazzo Chigi、現市役所ですが、

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17世紀に枢機卿フラービオ・キージ・Flabio Chigiによって建設されたもので、
彼についてちょっと面白そうなサイトが見つかったものの、まだ読んでおらず、
コレッジャータのご案内ともども次回にさせて頂きますね。



所でこちらは偶然サイトで見つけた「元アバーテ・ナルディ・abate Nardi・」の
歴史的邸宅のお宿は如何、というもの。

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素晴らしい部屋の様子ですが、こちらサイトで
https://www.dimorestoricheitaliane.it/dimora/casa-abate-naldi/
内部の様子などの写真も見る事が出来、予約もできます。

なぜアバーテ・修道院長、というのか、他の意味があるのだろうと思うのですが、
屋敷を17世紀に造ったマッテオ・ナルディ・Matteo Naldiという方はシエナ出身の、
教皇アレッサンドロ7世・Alessandroの主席侍医だった方。

教皇アレッサンドロ7世(在位1655-1667)は俗名をファビオ・キージ・Fabioと言い、
シエナ出身なのですね。 という事で繋がりも分かりますし、
現市役所のパラッツォ・キージ建設の枢機卿フラービオ・キージの叔父さんでもあり。



どこにあるか、地図をどうぞ。 ほら、コレッジャータの横、パラッツォ・キージから
サン・フランチェスコ教会前のリベルタ広場との中間に。

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サイトには、素晴らしい中庭の様子や、あれこれエヴェントの写真もあり、ご覧を。
1階で、プロ仕様の台所も使える、が一日800エウロ、
2階の、貴族の階使用が 一日1000~1800エウロだそうで~す。

世界遺産のオルチャの谷の観光のお供に、こんな瀟洒なお屋敷で過ごすのは如何?!

と、現在のお屋敷の持ち主が近くに「イル・リーゴ・Il Rigo」というアグリトゥリズモ、
http://www.agriturismoilrigo.com/_it/home.html
を持っており、そこでも16世紀の素敵なお部屋と朝、夕食のおもてなしがあるそう。

省略しましたが、町中の屋敷の持ち主の変遷、その人物像も分かり、なんとまぁ、
古い町にはそれなりの古くからの家、人間の繋がりがあるもの、という感慨も深くに。

では、次回もお楽しみに!


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・ 夏の朝 ドロミーティの麓の村で ・ シロール

今日は夏の朝のシロール・Sirorの村、ドロミーティの麓にある村の様子、
朝の光が斜めに射しこむ、涼しい空気をお楽しみください。
昨年の夏8月に撮ったものです。

朝ご飯を済ませ、カメラを持って村内一周に出かけます。

まず、大きく写る屋根の形を。

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2階の納屋の厚い石壁、素朴な木のドアに映る樋の影。

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これはまだ村の中にたくさん残る木造の納屋で、この木組みを見ると
いつも正倉院を思い出すshinkai.

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お家の前に設えられた手作りのベンチとテーブル。 クッションが主を待ちます。

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村の坂道を上った所にある泉。 健在です。

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開けられた鎧戸。  鎧戸を通す光が壁に映る風景に、いつも惹かれるshinkai。

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お向かいのお家の煙突の影が。

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2階の玄関前を美しく彩る、紫の小さな花。

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村の中心広場にある泉。

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水道管に張ったくもの巣が光り、煌く水面。

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何回も来ているシロールなので、村の中の家々も既に頭に入り、
この角の家はお気に入りの壁の一つ。

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村を東に出はずれた所、羊たちが朝の食事を済ませ、小屋の中にぞろぞろと。

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でもね、中には立ち止まって、あれ、誰? とこちらを見つめるのが何頭か。



北の山腹に射しこむ朝の陽。

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東隣のトルナディーコとの村の間に広がる平地と、立ち塞がる山と。

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遠くにはドロミーティ・ヴェネトの山々が見え、手前の山腹のあちこちに集落が。

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上の写真にも見える道具小屋、納屋などがあちこちに。

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冬越しの為の薪の用意も既に完了。

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奥に見えるのは雪国スタイルのコンドミーニオ4軒、 入り込む道がつき、

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乳母車を押し、朝の買い物を済ませたパパがお家に戻ります。

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こちらは買い物袋を下げたシニョーラ。

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道の両脇に家庭菜園が広がり、 これはカボチャかな?

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大きく開いた花の中では、蜂君がせっせとお仕事中。

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インゲン豆もだいぶ膨らみ、色づいて。

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トウモロコシの花がまだ咲いていて、

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実の方はこんな感じ。

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トマトもぷっくり、色づき始め。 

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日本から来られた方が仰るには、イタリアの野菜は美味しいねぇ、なんですが、
この一帯の家庭菜園製を食べると、スーパーでのとはダンチの美味しさで!



サラダ菜も美味しそう!

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猫ちゃんが朝のお出かけに。

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この子は、玄関前の椅子座布団の上で寝ていたのをshinkaiに起こされ、
ちょっと不満顔で見つめている所。 起きんで良いよ、って言ったのにぃ!

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夏を過ごしにシロールに来ている家族連れが出かけて行きます。

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背後に見える壁の古い壁画、素敵なんですよ。 なぜかこの一帯には、
サン・セバスチャンの壁画が多く見られます。



これは別のお家の玄関先で、これも古い壁画が残され。

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窓辺に鶏。 

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イタリアの鶏は「キッキリキー」と鳴くというので、
違うよ、「コケコッコー」だよと、鳴き比べをね、ははは。



少し賑やかですけど、はは、如何にも我が家、というイメージね。

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町の入り口にある、「動物たちの山下り」のお祭りの宣伝。

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シロールのお祭り 「山から動物たちが戻ってくる」 ・ ドロミーティ
http://www.italiashiho.site/archives/20171012-1.html



近くで出会ったヴェネトはアーバノ・テルメからのシニョーラ・ヴィットーリア。

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やはり夏の間借家をして、こちらで過ごすのですって。
アーバノ・テルメは良い所ですよね、というと、でもこちらの涼しさが良い、
夏でも毛布を掛けて寝るんですもの、と。

シロールは海抜765mなので特別の山間でもなく、夏の間は27度位とかで、
朝夕はすっきりと涼しく過ごせるので、近年は空いた家を手直しし、
夏の間のアパート替わりに、という家が多くなっている、と聞きました。



村の教会の鐘楼と、鐘楼の足元のキリスト像。

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ぐるっと村内を回りながらセルジョの家に近づき、これは泉兼かっての共同洗濯場。
水のきらめきが壁に反射します。

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近くの畑の中の小屋、納屋。 ちゃんと前に椅子が数脚。 ははは。

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という様子で、村内パトロールを終え、セルジョの家に。 2階の花鉢が見える所。

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1階の持ち主が変わり、かなりの改装をして家族が住み始めており、
3階はご主人が亡くなり、売り出しに。

村自体は余り変わりませんが、やはり住人には様々な変化が起こりますね。


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・ モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院 ・ トスカーナ・キュズーレ

今日のご案内は昨年春に訪問したトスカーナはキュズーレ・Chiusureにある、
有名なモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院・
Abbazia di Monte Oliveto Maggioreを。

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素晴らしく大きな、オリージネは14世紀に遡る修道院で、
この眺めは隣にある村キュズーレ・Chiusureから見える様子。



地図をどうぞ。 左斜め上にシエナがあるとお考え下さいね。 で南西に下り、
上に見えるアシャーノ・Ascianoがシエナのクレーターに位置する中心の町で、
モンテ・オリヴェートの修道院はこの位置に。

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左下には、シエナからフランチェジーナ街道を南に下って来てのブオンコンヴェント・
Buonconventoがあり、右に見えるタルトゥーフォ博物館・Museo del Tartufoは、
お城にトリフ博物館があるサン・ジョヴァンニ・ダッソ・San Giovanni d'Asso.

白タルトゥーフォの町と、雨上がりの緑のクレーター風景
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461454649.html


キュズーレのご案内で、村と修道院の間にボコッと深く広がるクレーターの凄さと、
モンテ・オリヴェート修道院のご案内もちょっとしていますので、こちらをどうぞ。
キュズーレ ・ シエナのクレーターの小さな村
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462560317.html


キュズーレの村には再度、修道院のクレーター越しの眺めを見たいと思って寄り、

村の外れからのズルズルと滑る急な坂道を行き、
足元脇すぐに崩れた土が見える、クレータのこんな眺め。

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道を下り始めた時に上って来た3輪車が再度下って行き。

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土肩にテープが張られ、デコボコのこんな道なのですよ! 谷下に何があるんだろ?!



村を北に出はずれ暫く行くと修道院への道が左にあるのですが、
これは多分その手前からだったと思う、クレーターのまさに崖っぷちに見える修道院。

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右に見えるのが、かっての修道院の要塞、現在はレストランで、駐車場もここに。



という事で、これがかっての要塞で、この左部分には跳ね橋もあったのですね。

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真っ直ぐに下る道もあるのですが、どうやら地道の様なので、右側の少し長くとも
舗装されたこんな杉並木の道をゆっくりと下ります。

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近くには小さな礼拝堂も見えましたが、大きな水槽があり、何に使ったものか。
修道院内の美術館にもこれを描いた古いデッサンがありましたが、何かは分からずで。

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200mほどか、も少し下った所で、こんな様子に修道院の建物が始まり、

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モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院がこんな風に目の前に現れ。
鐘楼と、その奥に見えるのは教会の後陣部。

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入り口前に見える白い像は、どうやら14世紀初頭、1320年頃修道院の元となった
信心会を作り、建設を始めたベルナルド・トロメイ・Bernardo Tolomei(1272-1348).

彼については以前に書いた物を抜き書きコピーさせて頂きますが、
  キュズーレの村の起こりを読むと、シエナの貴族トロメイ・Tolomei、伝説では
  エジプトの王家に繋がるという家系が、へへ、12世紀シエナの記録に出る旧家で、
  このキュズーレ辺りにも広く領土を持っていたとの事。

  1313年にベルナルド・トロメイは隠者生活に入る事を決め、彼の土地であった
  キュズーレに程近いデゼルト・ディ・アッコーナ・deserto di Acconaに居を定め、
  オリヴェターナ信心会・Congregazione Olivetanaを起こし、
  それがモンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院の基となったと。



ぐるっと回りこむと、左に教会の入り口扉、右に見える入り口が回廊、建物部入り口で、

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先に教会の内部をほんの少し。 内陣、後陣部と、

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上の明り取りのドゥオーモ内部。

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ちょうどパイプ・オルガンの練習中なのか、音楽が聴けて幸せ。

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ですが、ご覧の様に教会内は18世紀末にバロック様式に改装されており・・。



こちらが有名な合唱席背後の寄木象嵌細工で、これは1503~05年作、
ヨーロッパでも重要な作品の一つなんだそう。

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フラ・ジョヴァンニ・ダ・ヴェローナ・fra Giovanni・da・Verona作と言い、
こちらのサイトで素晴らしいのが、アップでご覧になれます。
http://myelection.info/guide/f/fra-giovanni-da-verona.html



建物内部に入りますが、ここは入り口扉に「入場無料」とあり、何となし、おお!

広い長方形の回廊が広がり、大理石の井戸もあり、1426~1443年に整備の物と。

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真ん中にこの修道院の規範となるサン・ベネデットの像があるのを撮っておらず。



そしてこの広い回廊を巡る4辺の壁がすべてこの様にフレスコ画で装飾されていて、

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モチーフは「サン・ベネデットの生涯」の逸話で、ルーカ・シニョレッリ・
Luca Signorelliと、ソドマ・Sodomaが描いた物。

ルーカ・シニョレッリが描いたのは8面で1497~98年と言い、
残りがソドマ、1505年以降と。

それぞれの絵の下には、サン・ベネドットの逸話の説明があるのですが、



有難いお話には余り縁のないshinkaiは、修道僧が食事をしている横で
犬と猫が喧嘩したり、

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修道僧たちの様々な労働の様子を眺めたり、

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それにしても、なんとも美しい白い僧衣の描き方に感嘆し・・。

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これは多分ルーカ・シニョレッリの、右には娼婦たちがいるのですが、

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それを若いカップルがこんな風に見惚れているのを見たり、へへ、

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犬の親子や、

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悪魔が「ぎゃっ!」とやられているのを、ははは、楽しみましたぁ。

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壁に開いた窓の、厚い壁にもこの様に装飾が施され、

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廊下に置かれた壺、何に使った壺だろ?

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この回廊で一番心に残ったのは、一つ一つの柵を脇に寄せ、
丁寧に掃除をされる僧の姿でした。

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レフェットーリオ・Refettorioと呼ばれる食堂入り口で、

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覗くと既に食卓の準備がされた広い長方形の部屋で、左手の大きな窓から
明るく光が射しこみ、とはいえ、奥の壁画がしっかり写る程の明るさでもなく。

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15世紀に出来たもので、この部屋が唯一の大きな部屋で、かまぼこ型の天井、
見えるフレスコ画は17世紀の物。 
が、正面の油彩画は20世紀半ばの物で、元々は正面にも古いフレスコ画があったのが
殆ど無くなった後に、同一主題の「最後の晩餐」を掛けたのだそう。



細長いテーブルの様子ですが、お皿とお水が既に。 で足の部分をどうぞ。 
同じ型のコンクリート製? 

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こちらは2階の図書館への階段で、手前と向こうと2か所から上がれる優雅な形。

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こんな螺旋状で、

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踊り場に見えたフレスコ画は、どうやらソドマの作品、

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こちらは階段の天井部。 優雅でしょう?!

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図書館の内部、ここは下に食堂がある位置に当たり、やはり長方形の広い部屋で、
壁の両側にこのように書棚が。

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入口に居られた老シニョーレに「ボン・ジョルノ」と入り際に挨拶しましたら、
頼まないのに説明をして下さり・・、
所謂手書き、手描きの羊皮紙の本、というのはこの図書館には無く、
後の時代の印刷された本のみなんだそう。 残念!



で、円柱が並んだ3廊式になっていて、奥にまた2か所から上がれる階段が付き。

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下の食堂は広いままの円柱無しで、この円柱の重みなどは?というのはです、
ちゃんとわずかに傾き、重みは壁にかかる様になっているのですと!



で、上の奥にあった薬局・ファルマチーア・farmaciaで、テーブルの上には
かっての実験道具か、はたまた薬草の煮だし?用の道具かな。

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様々な薬草が入れられた壺が並び、壁にある荘厳で美しい聖母子像。

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下の図書館と薬局にあった、彫りと寄木象嵌細工の美しいのを。

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2階の窓から見下ろす、下の回廊の庭と、

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回廊の庭向かい側と、奥に鐘楼。 
内庭にあるサン・ベネデット像というのはこれかな?

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こちらは美術館。

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こんな素晴らしい古い絵もありましたが、

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中にはティツィアーノを真似た、がまるで酷いどなたか教皇の絵もあり、はは、失礼。



下に降りて来て、入り口脇に見えたどうやら元倉庫らしい物も見て、見学お終い。

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古い時代の創設とはいえ、どうやらこの修道院はその歴史において常に教皇からの
庇護を受け、というか、かなりの特権を享受してきた様子で、

そんな事からもその大きさ、入り口に位置する要塞の砦、そして内部の優雅さが
説明できるのかなぁと。

サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo n.1 
http://www.italiashiho.site/archives/20170414-1.html

サンタンティモ修道院再訪 ・ Abbazia di Sant'Antimo n.2
http://www.italiashiho.site/archives/20170415-1.html

サンタンティモ修道院 ・ Abbazia di Sant'Antimo
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461363897.html

プラーリア修道院 ・ パドヴァ その1
http://www.italiashiho.site/article/451142474.html

プラーリア修道院 ・ パドヴァ その2



修道院を出て少し進んだ先から見えた、中央右、丘の上のキュズーレの村。

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北に道を辿りアシャーノに向かいましたが、靄があるものの晴れて来て、

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これもきっと由緒ある領主の館か何かなのでしょうね。

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谷の村落、そして糸杉の向こうには多分農家が。

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という、シエナのクレーターのモンテ・オリヴェート修道院と、緑の風景でした。


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・ 祝 「プロセッコの丘」 世界遺産に登録 と スコミーゴ村の朝

先日8日朝歩きの後、朝食のお供にTVニュースをつけると、なんと、
「コネリアーノからヴァルドッビアーデネにかけてのプロセッコの丘」が
世界遺産に登録された、という嬉しいニュース! イェイ!

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そうなんですよね、世界遺産指定に向けて立候補している、というのは
知っていましたし、大変美しい葡萄畑の風景である事は常々我がブログでも
自慢していましたが、まぁさかね、本当に登録決定なんて、嬉しいぃぃ!!

イタリアでは今回の「プロセッコの丘・コネリアーノ・ヴァルドッビアーデネ」
登録が55か所目、ヴェネトでは8か所目になるのだそうで、

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真ん中に見えるルーカ・ザイア、ヴェネト州知事は、

彼はヴェネト知事になる前に農業大臣だったのですが、当時からの夢だったそうで、
運動を初めて10年目、遂に土地のプロセッコ醸造の人々と共に念願がかない、

これで一層この一帯の観光誘致、並びにプロセッコの世界に向けての販売拡張が
弾む事でしょう。



一口にコネリアーノ・Coneglianoから、ヴァルドッビアーデネ・Vardobbiadeneに
かけての土地、いわゆる「プロセッコの道」と言っても、
今回のユネスコの指定地域は地図で見るとこの様になっていて、

2-2-MAPPA-COLLINE-PROSECCO-VALDOBBIADENE-UNESCO.jpg

左に赤線で囲ったのがヴァルドッビアーデネで、緑色が広がる右上1の地域が
ヴィットリオ・ヴェネトで、ここがコア地区。 
薄いベージュ色の2のバッファ地域に真ん中下のコネリアーノが含まれます。

この「プロセッコの道」と呼ばれる地域は、コネリアーノからヴァルドッビアーデネに
至る33kの行程、15コムーネに跨る、約3500ヘクタールに及ぶ葡萄畑で、
多分今はもっと面積が増えている物と。




いやぁ、薄緑色の地区の、とりわけ中程から少し西にかけての葡萄畑の様子を
良く知っていますから、これはもう、少し差がついても当然と思う程で、

この写真に見える丘の上に広がる村は、サン・ピエトロ・ディ・バルボッツァ・
S.Pietro di Barbozzaと言いますが、この一帯の葡萄畑の美しい事!!

3-1-San_Pietro_di_Barbozza_valdobbiadene-3.jpg

営々と人手で耕され育てられた、トラクターの入らない土地なのですね。



サイトで見つけたこの一帯の葡萄畑の様子をどうぞご覧下さいね。

土地の傾斜に沿い、うねり、曲がりながら続く畑の畝で、時に隣の畝とが
まるで編まれたみたいに繋がる様子も見える場所なのですよ。

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この碑は実際に見た事がありますが、左縦に「ヴァルドッビアーデネ」と入り、
右には、「土地、人間 そしてプロセッコの葡萄の歴史」と。

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こんな畑、こんな風景、信じられます?! 

10-valdobbiadene_vigneti_prosecco_unesco.jpg


大分前ですが、「プロセッコがある限り」というタイトルのイタリアの推理映画があり、
見る前から大体想像していた通り、映画はまるで・・でしたが、はは、失礼、

中に映し出されるこの一帯の「プロセッコの丘」は何とも言えず美しく溜息が出る程で、
なんと美しい所に住んでいるのよねぇ!と言いあった事でした。



白ワイン、プロセッコのお祭りは春5月にこの一帯あちこちで開かれますから、

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どうぞ春のシーズンに、この一帯の葡萄畑の美しさを愛でに、
そしてプロセッコを味わいに、是非お出かけ下さいね!!


「プロセッコの丘」世界遺産登録  乾杯・チンチン! おめでとう!!

12-prosecco.jpg


Youtubeもどうぞ。 https://youtu.be/0czC6fzYcSc

n.1 ヴァルドッビアーデネ ・ プロセッコ ワイナリー訪問
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463526381.html

n.2 ヴァルドッビアーデネ ・ プロセッコ ワイナリー訪問
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463526671.html

白ワインの道を走る、ヴェネト一周自転車競技
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463525348.html

n.1 白ワインの道 Strada del Vino Bianco
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461343979.html

n.2 白ワインの道 ・ サント・ステーファノ付近
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462783931.html

世界一のワイン樽製造所 ・ ガルベロットのご案内を
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463849891.html



で、奇しくも、という程ではありませんが、ははは、8日に朝歩きに家を出た所で、
雲の色が染まっているのに気が付き、引き返しカメラを持ち朝の様子を写したものを。

6月下旬の夏至の頃には、同時間既にフリウリとの境の山裾から太陽が顔を
出していたのが、今はかなり遅くなり、ちょうど撮るのには良いですが。

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この後少し歩き、こちらの坂道にかかる頃には、朝焼けの赤い色がなくなり、
丘の向こうに輝きが見える所。

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道の右脇は葡萄畑との境の柵が続き、横からの光線で道に筋が出来、

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丘の影になる奥はまだ光が当たらず、こちらへ上る畝にのみ朝日が射し。

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丘の畝とちょうど同じ高さの太陽の位置で、射しこむ光線で面白い色が出ました。

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先に進み、西に見えるフォルメニーガの丘の教会の上、面白い雲と、薄いピンク色。

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目的地のカルページカの教会下まで行くと、ちょうど斜めに射す陽に光る草。

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少し坂道を上り教会前に着くと、フォルメニーガの丘にも陽が当たり、

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引き返してきた所で、さっき草を食べていた顔見知りの猫ちゃんがお座りで。

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外猫がご飯を貰っているのか、いつも同じお家の前にいるんですが、
なかなか慣れてはくれずで、こちらも忙しく歩くので、チャオチャオと。



既にかなり太陽が上った所まで戻って来て、丘一面の葡萄畑と、手前の畑と。
葡萄の房はかなり大きくなっていますが、粒はまだまだ硬く、小さめ。

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道と葡萄畑の段差、光と影の様子が面白く。

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前日は雨だったので、この朝は本当にすっきりと晴れ、空も良い色になり。

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長く続く柵の影が、まるで蛇のようにうねりながら坂を下り、笑いましたぁ。

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・ n.2 イタリアで一番美しい橋30 ・ ローマ期 中世、近世の

先回に続き「イタリアで一番美しい橋 30」の後半、16~30までを。

参考にしたサイトは「I 30 Ponti più belli d’Italia」で、 
これはランキング記事ではないのと、単に「美しい橋」のみではなく、
有益、歴史に残る、ちょっと面白い、という様な意味も込めての選択、
の様であるのを頭においてご覧下さいね。

今回には超有名な橋もいくつか登場しますし、例により地図と、
shinkaiがこの写真もご覧に、と思ったのは追加しております。 では、どうぞ!

16. ポンテ・デイ・サラチェーニ  アドラーノチェントゥリーペ シチーリア州・
   PONTE DEI SARACENI – ADRANOCENTURIPE Sicilia

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9世紀、シメート川・Simetoに架けられたアドラーノの地方自治体への連絡道
の橋で、シチーリア全体でも中世の橋で一番美しい橋の一つ。



という事で、上のサイトの写真だけだとエレガントな尖ったアーチ一つの、
渓谷にかかった橋、かと思われるでしょう? 
所がです、実際は、

16.jpg

という橋で、元々はローマ期の橋があったのを改装した様で、小さな2つのアーチは
半円アーチですが、右から2つ目のアーチはすこし広がっているでしょう?
アーチの背も少し高くなっていますね。 なので、あの下には支流が流れていた
のではないかと想像します。

それにしても普通の土地の上に残った橋、というのは、どことなくユーモラスですねぇ!

橋の名にある「サラチェーノ」というのはサラセン人、アラブを指し、長い土地名は
アドラーノとチェントゥリーペの2つの名前が一緒になった、つまりこの川が境と。



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2枚目の地図の右下に見えるカステッロ・ノルマンノ・Castello normanno・
ノルマン人の城、というのは11世紀の物の様ですが、多分以前はサラセン人の
城跡があったのではないかといい、多分上の橋とも関係があったものという、
興味深い城、要塞がある様子。

住所  Ponte dei Saraceni, 95031 Adrano CT



17. ポンテ・ヴェッキオ フィレンツェ・PONTE VECCHIO – FIRENZE

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フィレンツェのシンボルの一つでもあり、イタリアの橋で一番有名な橋の一つで、
ローマ期の半円アーチ、尖塔アーチを超え、低いアーチとなった橋の
最初の例の一つである。

アルノ河に架かる3つの大きなアーチの橋の上には貴金属店や職人の工房が並び、
世界中からの観光客が詰めかける。



地図も要らないほどですが・・。

17.jpg

ヴェッキオ橋 ・ フィレンツェ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464157105.html



18. リアルト橋 ヴェネツィア・PONTE DI RIALTO – VENEZIA

18-ponte_rialto_venezia_shutterstock_187378805.jpg

目に入った瞬間に感嘆するこのリアルト橋は、世界で一番美しい橋の一つで、
ヴェネツィアの大運河に架かる4つの橋の一つ。
橋の上から大運河と、壮大な街の眺めが目に入る。



こちらも地図は必要ないとは思いますが・・、

18.jpg

n.2 ヴェネツィア散歩  リアルト橋、ゴンドラ溜まり、バレテッリ橋
http://www.italiashiho.site/archives/20170721-1.html



19. サンタンジェロ橋  ローマ・PONTE SANT’ANGELO – ROMA

19-ponte_adriano_roma_shutterstock_131199326.jpg

架橋を命じたローマ皇帝アドリアーノ1世(76~138)に因み、アドリアーノ橋とも
呼ばれるこの橋は134年に架けられ、奥にあるカステル・サンタンジェロ・
Castel Sant'Angeloに連絡する橋。

橋はベルニーニ・Bernini(1598~1680)の弟子たちの作品彫像により
飾られており、テーヴェレ河に架かるこの橋は夕暮れの色に赤く染まる。
これはローマにお出かけの時には是非ご覧になるのをお勧めする。

という事で、こちらに一枚  イタリアの夕陽 ・ あちこち
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463097646.html


位置はご存知でしょうが、

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20. ポンテ・コペルト パヴィーア・PONTE COPERTO – PAVIA

20-ponte_coperto_pavia_shutterstock_118538011.jpg

またはポンテ・ヴェッキオとも呼ばれるティチーノ川・Ticinoに架かるこの橋は、
パヴィアの中心部から橋の向こう、かっての城壁の外の古い地区に連絡し、
5つのアーチを持つ完全に屋根で覆われた橋で、イタリアでも独特な橋の一つ。


興味を持って少し調べましたら、現在の橋は1949年に建設ですが、それ以前の
古い橋、これも屋根を持つ橋は16世紀の物だったそうで、
それ以前のローマ期の橋の残りは今も岸辺と川中に残っている写真がありました。

なぜ屋根付きかと考えるに、ロンバルディーア一帯の冬は大変な霧だそうで、
橋の伝説にもクリスマスに教会に向かう一団が危険な目に遭ったとかいうのがあり、
多分その辺りかと。

長さは216m、パヴィーアはまだ知らないshinkaiは少し好奇心ピクピク。



こちらに街中から川向こうの古いボルゴ・ティツィーノ・Borgo Tizinoと呼ばれる
地区に渡る側の橋の入り口。 かなり幅広く、車が通れる様子。

20-ingresso_del_Ponte_Coperto_dalla_parte_del_centro_storico_di_Pavia.jpg



地図をどうぞ。 左上の駅から橋まで直通歩いて18分と出ましたから、
中心にあるドゥオーモを見ながら歩いてもちょうど良い距離かも、うん。

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21. ポンテ・ディ・アトゥラーニ カンパーニア州・PONTE DI ATRANI Campania

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美しいアマルフィ・Amalfiの町とアトゥラーニ・Atraniを結ぶ、海辺に架かる
眺めの良い橋で、断崖に沿っての家々、海の眺めはまさに絵葉書の様。

アマルフィ滞在中にずっとここを眺め、バスでも車でも通ったのでしたが、
橋とは気が付かず、 ・・と書きつつ、改めてグーグル地図で検索し直し、
ストリート・ヴューで動いて見て、自分の勘違いに気が付きました。

確かにアマルフィからアトゥラーニへの道ですが、既にアトゥラーニに入っての道で、
橋ではあるのですが、地表が橋の高さにテラス状に広がり続いている場所でしたぁ。

確かにあのアマルフィ沿岸沿いはずっと素晴らしい景色が続き、見惚れっぱなし。
が、自分で運転したいとは思いませんです、あの細いカーヴ続きの道は、ははは。

アマルフィ一帯はまだ再アップしておらず、見て頂けず残念ですが、せめてここを。
n.1 ラヴェッロには、ワーグナーの旋律が良く似合う
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232541.html

n.2 ラヴェッロには、ワーグナーの旋律が良く似合う
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/464232691.html



地図の印は正確で~す、はは。  

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22. ポンテ・ディ・ボーザ  サルデーニャ島・PONTE DI BOSA Sardegna

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ポンテ・ヴェッキオとも呼ぶボーザ橋は、テーモ川に架かる石の橋で、
町の中心と南を結ぶ。

橋の上から見えるカステッロ・ディ・セッラバッレ・Castelo di Serravalle、
またはカステッロ・マラスピーナ・Malaspinaは、12世紀にトスカーナの
マラスピーナ家が建設したもの。

マラスピーナ家の名は内田洋子著「モンテレッジョ 小さな村の旅する本屋の物語」
でも読んだっけ、ダンテがマラスピーナ家を訪ねた、というのも思い出しましたが、

トスカーナのマッサ、カッラーラ一帯の13~14世紀の領主で、分枝は18世紀まで、
が、このサルデーニャのボーザの城はアラゴン王ジャコモ2世に1308年に屈服と。



ボーザの町と、橋の位置を。

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住所 08013 Bosa OR



23. ポンテ・ヴェッキオ バッサーノ・デル・グラッパ・PONTE VECCHIO
   – BASSANO DEL GRAPPA Veneto

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気づかずにやり過ごすどころか、イタリアで一番有名な知られた橋の一つで、
アルピーノの橋・Ponte degli Alpinoの橋とも呼ばれる。
屋根のついた全体が木製の橋で、13世紀から記録にある橋。

というのですが、現在の形の橋はアンドレア・パッラディオ・Andrea Palladio
(1508-1580)が設計し1569年に完成したもので、その後の再架橋にも
パッラーディオの設計通りに架けられている橋。

バッサーノ・デル・グラッパ ・ ヤコポ展を見かたがた
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467387278.htm

バッサーノ・デル・グラッパ ・ グラッパ酒、アルピーニの橋
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461664355.html

グラッパ酒の蒸留所見学 ・ アンドレーア・ダ・ポンテ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467230336.html

食後酒で有名なグラッパ酒の産地で橋脇に博物館もあり、豊かな美しい町ですので、
是非一度足を延ばしご訪問を。 と、ヴェネト自慢の客引きshinkai。



ヴェネツィアから、パドヴァから、ヴィチェンツァからも電車で行けます。

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24. ポンテ・ディ・アウグスト・エ・ティベーリオ リミニ エミーリア・ロマーニャ・
   PONTE DI AUGUSTO E TIBERIO – RIMINI Emilia-Romagna

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ローマ皇帝アウグストとティベーリオの治世中に架けられた、紀元後4~21年、
5つの大きなアーチを持つ橋で、マレッキア川にかかり、現在も威厳を持つ現役。

リミニには行ったものの、この橋を見て渡っておらず、いつかとチャンスを待つ
shinkai。
2000年を超える現役の橋で、おまけに第2次大戦のドイツ軍の引き上げには
この橋を戦車が渡ったと知って、大尊敬なのです。



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住所 Ponte di Tiberio, 47921 Rimini RN



25. ポンテ・ミルヴィオ ローマ・PONTE MILVIO – ROMA

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本で紹介されたのが切っ掛けで有名となり、愛を誓う南京錠の物凄い襲撃を
受けている橋で、ポンテ・モッレ・Ponte molleとも呼ばれる。

紀元前2世紀に既にこの場所が渡河地点であった事は知られており、
夕暮れ時の散策ではローマで美しい橋の一つ。

本での紹介というのは何かと思いましたら、青春小説と言ったら良いのかで有名な
フェデリコ・モッチャ・Federico Mocciaという作家の小説に出たのだそうで。



地図と住所を。  Ponte Milvio, 00196 Roma RM

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26. ポンテ・アイ・キオージ  ポントゥレモーリ トスカーナ州・
   PONTE AI CHIOSI – PONTREMOLI Toscana

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トスカーナの西、マッサ・エ・カッラーラ県の美しいアルタ・ルニジャーナ・
Alta Lunigianaの美しい谷に位置するポントゥレモーリの、
マーグラ川・Magra川に架かる橋。

ポントゥレーモリの町については、川の流れの美しい、古い歴史を持ち、見所も
なかなか、という事が分かった物の、
肝心の橋については古い時代の橋と思うものの具体的な事が分からず。



上の写真では短い橋の様に見えますが、アーチが3つあり。

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地図で見ると、行政的にはトスカーナ州に含まれるものの、位置的には
リグーリアに近いような。

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町の北西に、この古い美しい橋があり、

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住所は、 Via Chiosi  4027 Pontremoli MS



27. ポンテ・ロマーノ・ディ・リエーティ  ラツィオ州・PONTE DI RIETI Lazio

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紀元前3世紀建設の、ロバの背型の古いローマ期の橋があったのが、
今は遺跡となり、そのすぐ横に第2次大戦後に架けられた新しい橋があり、
そこから旧市街のパノラマを見る散策が楽しめる。

想像するに、これは戦争中に爆撃されたか、ドイツ軍引き上げ時にやられたか、
ではないのかな、と。



サイトには写真が無く、上のも探した物ですが、
説明を読み古い橋の遺跡も見つけました。

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あれこれ見つけた写真には、上のにも鴨が遊んでいるのが見えますが、
ガチョウなどもたくさんいる様子で、中には巣の中に卵を産み付けたり、
サイトで見つけた記事には、水面下の橋の遺物の隙間に足をとられた
ガチョウを消防局の人が助けた、という様なのもあり。

古い橋の袂に乳母車の赤ちゃんや子供たちと一緒にハイキングをしている家族の
写真もあり、何となし、古い退役した遺物が2000年を超え、
今も訪れる人達の仲間として生きている様な感じを受け、ちょっと感動しました。

全く、ローマ人たちの建設能力にはいつもながら感嘆するのみ!



ラツィオ州のリエーティ、と読んですぐ位置が分からず、町の位置と、橋と。

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住所 Ponte Romano, 02100 Rieti RI



28. ポンテ・ウンベルティーノ シラクーサ シチーリア・PONTE UMBERTINO
   – SIRACUSA Sicilia

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ウンベルティーノの名は、スペイン軍によって破壊された橋の再架橋当時の
イタリア国王ウンベルト1世(1844~1900)の名からで、同時にウンベルト1世通りを
延長し、シラクーサの古い町オルティージャ・Ortigiaと連絡している。



シラクーサの位置と、橋の位置を。

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28.jpg

住所 96100 Siracusa SR



29. ポンテ・パッロッタ・トゥレッポンティ コマッキオ エミーリア・ロマーニャ・
   PONTE PALLOTTA TREPPONTI – COMACCHIO Emilia-Romagna

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多分この橋が町の一番のシンボルで、1638年に枢機卿パッロッタの希望で建設の、
それぞれ向きの違う4つの運河に連絡する為に5つの階段を持つ、まさに記録の橋。

どうやら橋の階段を上らずに済むように、shinkaiが行った時には見なかった、
水平のモダンな橋も架かったようで。

この一帯を縦横に運河が走り、ヴェネツィアの鄙びた田舎、という感じでしょうか。



コマッキオの位置、フェッラーラから真っ直ぐ東の位置で、バス連絡あり、

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29-1.jpg

町の中の橋の位置は、簡単に分かります。 

コマッキオ ・ Comacchio ・ 鰻養殖の、小さなヴェネツィア
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463245656.html



30. レ・ヴェーレ・ディ・カラトゥラーヴァ レッジョ・エミーリア・
   LE VELE DI CALATRAVA – REGGIO EMILIA

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建築界のスター、サンティアーゴ・カラトゥラーヴァが設計した3つの橋で、
レッジョ・エミーリアの町の北一帯の再開発に貢献した事で、今回のこの特別な
リストに名が挙がったもの。
巨大な、鉄筋コンクリートと更迭を白く塗った橋で、1kmの距離からも良く見える。

波と帆 ・ レッジョ・エミーリアの新鮮で鮮烈な白
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461919403.html

shinkaiは実際に見たので、あの時の白い衝撃、というか美しさに驚いたのを
よく覚えていますから、今回の最後にこれが出たのがとても嬉しいです!

そう、ローマ期の、中世の古いロバの背型の橋も本当に美しいですけど、
モダンで、技術テクの先端を行くようなスマートな巨大な橋を見ると、
その凄さと美しさに素直に感嘆しますものね。

写真を見て気が付いたのですが、この橋、人も渡れるのかも、うふぃ。


30.jpg


***
2回に渡って30の橋をご紹介しましたが、
皆さんは如何でしたか? 興味ある橋を見つけられましたか?

私は4つの橋を実際に見たくなり、知りたい町もでき、
ぼそぼそと地図を調べたり、ははは、しています。

いつになるか分かりませんが、どうぞチャンスが巡り来ます様に!

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・ n.1 イタリアで一番美しい橋30 ・ ローマ期 中世、近世の

皆さんは「橋」を、というよりも、「橋の眺め」はお好きですか?
というshinkaiは「橋の眺め」は大好きで、橋を渡って行ける便利さは既に
当たり前になっていますが、橋の姿、橋を取り巻く周囲の眺めにも惹かれます。
  
ちょうど良い具合に、「I 30 Ponti più belli d’Italia ・
イタリアで一番美しい30の橋」というサイト記事を見つけましたので、
中にはかねて、一度実物を見たいもの、と思っていた橋も勿論含まれていますし、
皆さんにもご案内を。
 
但し30の橋を一度には無理ですので、2回に分ける事にし、今日はそのn.1を。

リストの中には、何でこれ? これ美しい?というのも、正直、はは、ありますが、
他の人も共感するであろう、別にもたくさん加えたい橋があるだろう、というので、
ランキングではありませんので、一応サイトの記事に従いご案内致しますね。

例により、写真や地図を加えますが、位置を探し回ったのもいくつか!!です。

1. フェルミニャーノの橋 マルケ州・PONTE DI FERMIGNANO Marche

1-fermignano_shutterstock_150837698.jpg

メタウロ・Metauro川の中世の塔の横にあり、3つのアーチを持ち、多分ローマ期の
橋と思われる美しい橋。 塔は多分当時の町の防衛の物であったろう。



という事で、ちょうど見つけた橋の上からの眺めも。

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で、マルケ州のフェルミニャーノという町はどこにあるかですが、
ウルビーノ・Urbinoから車で10k足らず、12分ほどで行ける位置にあり、

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フェルミニャーノの「ポンテ・ロマーノ・ローマ期の橋」が通称の様子。

ウルビーノからこの距離であれば、次回のチャンスには寄ってみたい町、橋、ですね。

住所 61033 Ferignano PU



2. エカッロ(エシャイオ)の橋 アルナドゥ、ヴァッレ・ダオスタ州・
      PONTE DI ECHALLOD – ARNAD Valle d’Aosta
ECHALLODの発音が分からず、何度か翻訳ソフトで聞き直し、フランス国境に接する
ヴァッレ・ダオスタ州のせいか、フランス風にエシャイオと聞けたのも加え。

2-echallod_shutterstock_208990549.jpg   

イギリスのカンタベリーからローマに向かう中世巡礼の道・ヴィア・フランチジェーナが
通る道だそうで、ですが現在の橋が架かったのは1770年から1776年で、
ロマネスク風のスタイル。
ローラ・バルテア川にかかり、3つのアーチを持っている。

如何にも古色蒼然と、美しい橋ですねぇ!



という事で、橋の上の様子も。

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橋のあるアルナドゥの村はどこにあるか、
アオスタ・Aostaと、ピエモンテ州のイヴレア・Ivreaの位置からご推察を。
トリノからイヴレアまでは53km、50分程、イブレアから橋までは27km 35分と。

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ついでにコネリアーノから、ははは、調べると、462km 4時間50分と。
うん、行けない距離ではないのね! はは。

住所 Frazione Echallod Inferiore, 11020 Echallod AO



3. ポンテ・デル・ディアーボロ(悪魔橋) チヴィダーレ フリウリーヴェネツィア
     ジューリア州・PONTE DEL DIAVOLO – CIVIDALE Friuli-Venezia Giulia

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橋の名の由来は悪魔の力を借りて、という事からで、橋脚は川の中の自然の岩に立ち、
高さは20mちょっと、チヴィダーレのシンボルでもあり、イタリアでも有名な橋の一つ。



左に囲ったのがウーディネ・Udineからの電車連絡の駅で、橋は町の南に。

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この小さな町は、橋のみならず本当に美しく、ロンゴバルド文化の都でもあり、
チャンスを見て是非ご訪問を!
チヴィダーレ・デル・フリウリ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462968341.html

n.1 チヴィダーレ・デル・フリウリ再訪 ・ ドゥオーモとその博物館
http://www.italiashiho.site/archives/20171121-1.html

n.2 チヴィダーレ・デル・フリウリ再訪 ・ ロンゴバルドの小寺院
http://www.italiashiho.site/archives/20171126-1.html



4. ドルチェアックワのポンテ・ヴェッキオ リグーリア州 インぺリア県・
  PONTE VECCHIO  DI  DOLCEACQUA – IMPERIA Liguria

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美しい中世の村ドルチェアックワを流れるネルヴィア川・Nerviaに架かる見事な橋で、
エレガントな「ロバの背中」の形をしていて、フランスの画家モネ・Monetがこの橋から
インスピレーションを受けたとも言われる、イタリアの美しい橋の一つ。


「ロバの背中型」と呼ばれる橋の形について調べましたら、ローマ期の半円を基とした
アーチから進み、出来るだけ広いアーチで川を渡る事を考え、中心に肩の高さを
大幅に上回るアーチを作り、つまり傾斜の強いシルエットとなる橋を言うそうで、
その結果、主となるアーチの厚さは薄くなると。

この橋の形で勾配が急とか、大胆である橋は、土地の伝説と関係し「悪魔橋」と
呼ばれれる事がある。



橋の傾斜が分かる写真をもう一枚と、

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大変興味深いドルチェアックワ、中世の趣の村の写真をどうぞ。

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ドルチェアックワの位置は、 奇しくも先回ご案内にあった天文台の村ぺリナルドの近く。

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村の地図。 最初の写真に見えるのが、ドルチェアックワのお城の様。

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5. ポンテ・ゴッボ ボッビオ、エミーリア・ロマーニャ州・PONTE GOBBO
  – BOBBIO  Piacenza Emilia-Romagna

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橋の名のゴッボというのは、猫背とかせむしの事、または均一でない事を言いますが、
この写真で見ると、幾つもの様々なアーチの続く、美しい橋ですねぇ!
なので、多分不揃いのアーチを指しての通称なのでしょう。

ローマ期の橋で、300mに少し不足な長さだそうで、トゥレッビア川・Trebbiaに。



橋のある町ボッビオはピアチェンツア・Piacenzaから40km、50分の距離と。

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住所 Ponte Gobbo o Ponte Vecchio, 29022 Bobbio PC



6. フォンテンモアの橋 ヴァッレ・ダオスタ州・PONTE DI FONTAINEMORE
   Valle d’Aosta

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橋は1200年に架けられたもので、リース・Lys川を渡り、1495年に建設の
鐘楼を持つ素晴らしい教会に行くための物。



橋の反対側の写真を。 古くからの村の様子ですねぇ。

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まずフォンテンモアの村の位置を確かめ、 2.のエカッロ(エシャイオ)の橋 アルナドゥ
よりも少し北に行き、右に分かれた位置にあり、

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村を探していて、右に分かれる位置にあるポン・サン・マルティン・Pont-Saint_Martin
にも、ポンテ・ロマーノと呼ばれる古い橋があり、その近くにはポンテ・ディ・モレッタ・
Ponte di Morettaという、なんとも古く小さな、渓谷を渡る橋も!



で、村の中を通るリース川に架かる橋はこれ一つ。

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住所 Via Capoluogo, 79, 11020 Fontainemore AO



7. ポンテ・デッレ・トッリ  スポレート ウンブリア州・PONTE DELLE TORRI
  – SPOLETO Umbria

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コッレ・サンテーレナ・Colle Sant'Elenaと、モンテルーコ・Montelucoの谷を渡る、
ローマ期の水道橋を利用した橋で、高さ90m、アーチの数10の素晴らしい橋。
この橋からのスポレートの眺めは唯一で、ゲーテの「イタリア旅行記」にも登場。



有名な橋で、スポレートの旧市街に行くと自然に分かるので、地図は簡単なのを。

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8. ポンテ・デッラ・マッダレーナ モッツァーノ バーニ・ディ・ルッカ トスカーナ州・
  PONTE DELLA MADDALENA – BAGNI DI LUCCA Toscana

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間違いなく、イタリアの橋の中でも特別な橋で、悪魔橋とも呼ばれ、セルキオ川・
Serchioに14世紀に架けられたもの。

上の「3. ドルチェアックワのポンテ・ヴェッキオ」で「ロバの背型の橋」について
調べた時に、この形で一番有名なのがこの「マッダーレナ橋」と出た程で、

11世紀頃に最初の橋が架けられ、再架橋が14世紀、
アーチの長さが36,8m、高さが18,5mもあるそう。

shinkaiはずっと以前にこの橋の写真を見て、いつかは実物をと思っていて、
今回図らずもあれこれ読み知る事も出来ました。

橋の一番右に1900年代ルッカからの鉄道線が引かれるのに線路幅のアーチが開けられ、
最寄りのモッツァーノ・Mozzanoには駅もあるなど・・、という事は
ルッカから足を延ばせる位置と。

あれこれ見た写真では常に満水で、橋の形が2重に映るのも美しいですが、
ひょっとして秋には川床が見えるかな、とか考え写真を探したり・・で、いつかね!



ルッカからの距離は、23km程 車で32分と。

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住所 55023 Borgo a Mozzano LU



9. ラッコルタのラヴァトイオの橋  ベヴァーニャ ウンブリア州・
  Ponte di Lavatoio dell'Accolta  BEVAGNA Umbria

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今回位置が分からずで一番探し回ったのがこの橋! というのも「ベヴァーニャの橋」
とのみの説明で、他の記事も幾つか探し、ベヴァーニャのラッコルタにある
ラヴァトイオ・共同洗濯場の橋と判明。

ベヴァーニャにも行った事があるので、尚の事探し回ったのですが、ははは、
どうやらクリトゥンノ・Clitunno川を引き入れた脇に共同洗濯場があり、


この写真だと橋と共同洗濯場の関係が分かり易いと。

9-3.jpg

その後小さな堰、滝から流れテヴェローネ川・Teveroneに合流し、 というのですが、
地図を見て納得できず、あれこれ調査推測の末、ははは、結局はクリトゥンノ川に戻り、
流れながらあちこちで合流しテーヴェレ川となると分かり、納得安心したshinkaiで~す。



ベヴァーニャの位置、ベヴァーニャにおける共同洗濯場の位置をどうぞ。

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ベヴァーニャは中世風の市のお祭り「ガイーテの市」で有名ですが、それをちょっと。
みんな、広場へ ・ ウンブリア紀行 3
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462901061.html

住所 Piazza dell'Accolta, 3, 06031 Bevagna PG



10. 溜息橋 ヴェネツィア・PONTE DEI SOSPIRI – VENEZIA

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ヴェネツィア・ラグーナ・干潟で一番有名で、一番イタリアで美しい橋の一つ、
世界で一番ロマンティックな橋の一つ、そう、溜息橋はいつもどこかに魔力が。

ヴェネツィア共和国の古い牢と繋がりながら、一連の逸話と興味を提供し、
名前の由来は、囚人が今迄の世間から隔離され収監されるのに渡る橋で、
最後につく溜息、から来たと。

現在は、かなりの男たちが自分たちの彼女をここに連れて来て、結婚を提案する
ロマンティックな目的地となった、と。   そう? それは知らなんだ。



地図も必要無いと思いますがぁぁ。 

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でも一度アルセナーレ辺りで「この橋がリアルト橋?」と相手に尋ねる日本語を
聞いた事もあるので・・。
はぁい、スキアヴォーニ河岸、ドゥカーレ宮の隣から見える橋ですよぉ!



11. グロッペッロ・ダッダのポンテ・ルドゥン  ロンバルディーア州・
   PONTE Rudùn DI GROPPELLO D’ADDA Lombardia

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これは橋のご案内というより、橋に設置して見える水車、8枚の羽根を持つ珍しい水車に
関連していて、17世紀に建設され、マルテザーナ・Martesanaの水位を上げる為に
利用された、という物。

マルテザーナの水位を上げる、というのは何かと思いましたら、かってミラノへの、
またミラノからの通商交易の運搬に利用された、地図でご覧頂くと分かりますが、
こちらはアッダ川から西へのミラノへの運河が通っていたのに利用されたものと。

ミラノ市中にもかっての運河が残っていますが、現在はもう底が浅くなり運航不可能、
かっては東のアッダ川からミラノに、ミラノからは西のティチーノ川に連絡し、
いずれも南に下りポー河に水路、川の港が連絡していた、という事ですね。

橋の写真だけではその効用が良く分かりませんが、つまり水路に常にアッダ川の水を
豊かに流し込んでいた、という事なのだろうと。

以前退役した潜水艦をポー河を遡ってクレモーナ迄運び、そこから陸路でミラノまで、
というのを記事にしたのを思い出しました。
エンリコ・トーティ ・ イタリアの英雄、潜水艦と、その運搬 n.2
http://www.italiashiho.site/archives/20170321-1.html



ミラノと橋との位置関係の地図をどうぞ。

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地図に見えるアッダ川より左の、つまり水車のついている細い運河はかなり北の位置で
アッダ川から引き込まれており、このグロッペッロから南に少し下った所、約700mで
ほぼ直角に西にカーヴし、運河と名を変えている事も確認、
そう、かっては頑張って働いていた水車のある橋なのでした。

住所 Piazza Don Silvio Viganò, 7, 20062 Cassano d'Adda MI



12. カステルヴェッキオのポンテ・スカリージェロ ヴェローナ・
   PONTE SCALIGERO DI CASTELVECCHIO – VERONA

12-ponte_scaligero_verona_shutterstock_176599436.jpg

14世紀の中頃建設されたアディジェ川に架かる美しい橋で、土地の人々、
訪れるたくさんの観光客たちを魅了している。 ヴェローナの中世の建設物独特の
石と煉瓦を使った長さ約120mの橋は、ロマンティックな散策に最適。



こちらも地図は必要ないとは思いますが・・。

12.jpg

橋のご案内はこちらに。
n.1 カステルヴェッキオ 城(博物館)と橋 ・ ヴェローナ 
http://www.italiashiho.site/article/451136618.html

n.2 カステルヴェッキオ 城(博物館)と橋 ・ ヴェローナ 
http://www.italiashiho.site/article/451137634.html      



13. ポンテ・ディ・メッゾ  ピサ・PONTE DI MEZZO – PISA

13-Ponte_Di_Mezzo_di_Pisa_-_da_Est.jpg

サイトにはこの橋の写真が無く探したもので、正直なぜこの橋が、と思いますが・・。

「ポンテ・コンテ・ウゴリーノ」とも呼ばれる、長さ約90mの、20世紀中頃に
建設された橋で、大変シンプルでエレガントな橋。

はぁ、橋は大変エレガント、という事ですけどぉ、ピサのウゴリーノ・Ugolino伯と
言えば、ダンテの「神曲」地獄編にも登場する、牢の中で飢餓状態に落とされ、
一緒に監禁されていた息子や孫を食べた、という人ではなかったかしらん?!



地図は、下から駅、橋の位置、そしてピサの斜塔、ドゥオーモのある位置を。

13.jpg



14. ポンテ・ディ・ディアヴォロ・ロッシュ  ランツォ・トリネーゼ、ピエモンテ州・
   PONTE DEL DIAVOLO ROCH – LANZO TORINESE Piemonte
 
14-ponte_lanzo_shutterstock_138712244.jpg

高さ16mの高さにストゥラ川・Sturaに架かるロバの背型の橋。 1378年の建設以来、
自然の美しい峡谷に架かる急なアーチで、たくさんの観光客を魅了し続けている。



橋の上の写真を見っけ。 これは素敵!

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トリノからの位置。 トリノから38k程の距離で、車で約45分と。

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橋の位置が間違っているわけではなく、右に見える大きな橋ではなく、ここに!

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住所 Parco del Ponte del Diavolo  10074 Lanzo Torinese TO



15. ポンテ・ディ・ピエトラ  ヴェローナ・PONTE DI PIETRA – VERONA

15-ponte_pietra_verona_shutterstock_159091679.jpg

もう一つヴェローナの美しい橋をここに。 ローマ期の石の橋で、長さ100m弱、
5つのアーチ。
スカリージェリ家によっても再架橋され、長い世紀の間に何度か崩壊、再建設。
が、現在もその美しさを保っている。



橋の位置を。 ヴェローナの旧市街のもひとつ古い地区にあり、この橋を渡り
サン・ピエトロの丘に。

15.jpg

ヴェローナ ・ 旧地区 探訪
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463417582.html


という、「イタリアの美しい橋 その1 」のご案内でした。

モダンな、如何にも現代の技術を感じる鉄の橋の姿も美しく大好きですが、
今回登場した石造りの、古く、美しいロバの背型のアーチも素晴らしいですよね?!

調べるのが大変だったのもありましたが、知る事も楽しいので、
イタリア再探訪という事で、次回も頑張りま~す!


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