・ 飛行機のお話、あれこれと、 ヴィデオのご紹介

本来ならば、ミラノのブレラ絵画館のご案内3回目なのですけど、

いよいよ明後日広島での個展に向け、早朝ヴェネツィアのマルコ・ポーロ空港から
出発するので、つい今さっき飛行場前の駐車場を予約した所、 という様子で、
やはり少しばかり気がワサワサしており、別の話題を!

で、飛行機はオーストリア航空でウィーンまで飛び乗り継ぎ、ANAで羽田まで、
そして広島まで行くという行程になります。

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3年前はルフトハンザ航空でのフランクフルト空港乗り継ぎで飛行機が
遅れたのでしたが、その時のANAの対応の素晴らしさには感嘆したものの、
またそのような事にならぬ様に願っています!

飛行機の旅と、ANAの対応の素晴らしさ!
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20161207-1.html



元々飛行機に乗るのは好きで、機内食に文句は言いつつも、ははは、ちゃんと頂き、
映画も往復で5,6本見て楽しみますが、
偶然何か検索していて見つけた飛行機関係のYotubeで、面白いのがありましたので、
それをご案内致しますね。


まずはエールフランスのBOEING 777機の羽田からの離陸の様子ですが、
今年1月11日に公開された、初の公開離陸という事で、4kの画面の様!

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今迄実際に飛行機の運転席なるものを見た事がなく、いつも映画の中でのみ見る機長室
ですが、それとは全然違ってディスプレイで埋まっていて、おまけに右のディスプレイでは
空港内のどこをタキシングしているのかもちゃんと出るのにも驚き!



進んでいく行路の緑のライトが美しく、

2-air france decollo 2.jpg



そしていよいよ離陸滑走路に入る所。

3-air france 3.jpg

この後ヴィデオの13分後辺りから離陸する様子も見れますので、どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=a9o-PE-DLNA



こちらは世界最大のカーゴ機というウクライナのアントノフ・Antonovが、イタリアの
ジェノヴァに飛来し、10m 500トン+&という様な大重量の荷物を積み込み、
飛び立つ様子を今年3月のヴィデオで。

4-antonov 7.jpg

これはアントノフ124というタイプですが、


もう一つアントノフ225というのも見つけ、どちらが新しく、古いタイプなのか、
またどちらが本当に世界一大きなカーゴ機なのか、shinkaiは知りませんが、

いずれにしても物凄く巨大!! よくあんなのが飛ぶよ、と思う程で、ははは、
タイヤの太さ、列を作って並ぶ数、どんな風にパカッと口を開け、詰み込むのかを、
こちらのヴィデオでしっかり見れます。

5-antonov 225.jpg

可笑しいのは、機体に電話番号とか、FAX、おまけにE-mailのアドレスまで、ははは。
https://www.youtube.com/watch?v=SHhSIh6T6UU



日本の福岡空港に移って頂き、滑走路当たりの離発着が日本一、という様子を!

こんな風に離陸した後、すぐ後ろから着陸態勢で迫って来たり、

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離陸する後ろには、右から滑走路に入る体制の飛行機が!

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これは管制官の方々も大変でしょうねぇ!
https://www.youtube.com/watch?v=ragnfCkyOHk



成田空港のすぐ近くに「さくらの山公園」というのがあり、飛行機も見れ、
桜の名所でもある様で、写真ファンも集まり、こんな風に桜と着陸態勢の
飛行機を待っていたのが、

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風が強く、しかも横風が強く、連続して8機が着陸寸前に再度飛び上がる、という
ゴーアラウンドが続いた、というヴィデオで、

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ついているコメントが大変愉快で、笑えます。 



連続して8機のゴーアラウンドが続いての、9機目。

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応援に応え、はは、見事着陸に成功、という当日の模様です。


という様な、飛行機関係の話題に関したヴィデオのご案内でしたぁ。


*****

◆ 新開志保展のお知らせ  ◆

10月29日(火)~11月4日(月)迄 広島三越7階画廊にて
新開志保展を開催させて頂きます。

今回もまたこちらイタリアの風景を主に、猫ちゃん、植物、静物など、
新作21点を含め約30点余の展示となります。
どうぞお出かけ下さり、ご高覧賜ります様、お願い申し上げます。

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今回もまたDMや、今回新しく三越店内に張り出されるポスターのデザインも
して下さった絵の師で友人でもある二木一郎さんが、
会場に置くチラシもデザインして下さいました。 いつも素敵なデザインで感謝!!

なので、絵の数がたくさん載っているチラシの方を見てやって下さいね。

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私は毎日会場におりますので、秋の素晴らしい広島で、
また皆様とお会い出来るのを楽しみにしております。


◆という事で、このブログを最後に、2週間+2日ほどお休みさせて頂きます。
 よろしくお願い致しま~~す!


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それもご了承下さいませ。

・ n.2 ブレラ絵画館  ミラノ 再訪

さて今日はミラノのブレラ絵画館再訪のその2、のご案内を。

これは意外な方のフレスコ画で、というのもルネッサンス期を代表する建築で
有名なブラマンテ・Donato Bramante(1445頃~1514)の作。

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ヴィスコンティ家の一番美しい回廊から、という説明ですが、ヴィスコンティの
どのヴィッラか、はたまた城なのか、ちょっと調べましたが判明せず。
が、ブラマンテは最初は画家を志しマンテーニャに師事したというので、納得。



こちらは有名な作品の様で、ギリシャ古代の哲学者2人で、左の泣いているのが、
涙が頬に落ちているのがヘラクレイトス、紀元前6~5世紀の方、
一方右の笑っているのがデモクリトス、紀元前4~3世紀で、2人は人類の運命について
それぞれ泣き、笑っていると。

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2人の間にある最新のヨーロッパ地図というか、ちょっと見に地球儀にも見えますが、
良~くご覧下さいね。 15世紀に既にこれほどの精密なヨーロッパ大陸についての
知識があったのにも驚きですが、アルプスの頂には白い雪が見え、最新の
スカンジナヴィア迄描かれ、この地図が描かれたフレスコ画により、
ブラマンテは地図製作者としても評判を取ったそう。



この絵は好きで撮ったのではなく、失礼、ミラノ公のイル・モーロについて調べると
見かける絵なので、ああ、ここにあったのかと。

名前不詳の画家ですが、ルドヴィーコ・イル・モーロが公爵になった後に注文して
描かせた絵の様で、

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玉座の聖母子の前に、イル・モーロと右に妻のベアトリーチェ・Beatrice、
フェッラーラのエステ家出身で、イザベッラ・デステの妹、がおり、その前に
彼らの2人の子供が膝まずき、子供のキリストがイル・モーロに祝福を与え、
彼の肩に手をかけているのが、ミラノの守護聖人サンタンブロージョ。

たくさんの金を使い、彼の威勢を示す、現在でいうと所謂、公式ファミリー・フォト、
という所でしょうか。

絵としては余り上等の出来ではなく、レオナルド式にも、ブラマンテ式にも新規を
打ち出そうとしたのだろうが成功していない、という説明もありました。



これは素晴らしいと思った絵で、画家はジョヴァンニ・アントーニオ、
またはボルトゥラッフィオ・Boltraffio(1467-1516) 作品名はジローラモ・カシオ・
Gilolamo Casio(1464-1533)という名の、冒険家、詩人で知られた人物の肖像。

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ボルトゥラッフォが1500年にボローニャで描いた祭壇画が大変に評判をとったそうで、
ペルジーノとヴェネツィア絵画の影響を受け、色も澄み垢抜けしたこの無名の若者の
肖像は、指輪と紙片を加えられ、上記の詩人の家の礼拝堂の祭壇画に加えられた
絵なのだそう!  こういう絵の由来も興味深くて楽しいですね。

この額も素敵ですねぇ!  
昔はこんな額に収まるような絵を描きたいものと・・、へへ。



こちらは仕切られてはいるものの、公開の修復場で、この時は何方も居られませんでしたが、

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こんな風に大画面で、様々なタイプの写真で細部を撮るとこういう風に見える、
という様な説明が写っておりました。 最新の技術を使っての修復の様で、
今写っているのは上の写真に見える、ロレンツォ・ロットの手袋を持った男の肖像。

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フランチェスコ・デル・コッサ・Fancesco del Cossa(1436-1477,78)の
「サン・ピエトロ、左と、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ 右」
この2枚はボローニャのサン・ペトローニア大聖堂のフロリアーノ・グリッフォーニ家の
礼拝堂の祭壇画の一部をなすものだったそう。

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で、shinkaiが見つめたのはこのサン・ジョヴァンニ・バッティスタの足元の、
この不思議な岩窟都市というか、見事にシュールな幻想というか、

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撮って来た絵の前の評を写真整理をして読みましたが、手に持つ細い棒の一番下に
黒いのがちらっと見えますね。 実はこれは黒い大きめのトカゲで、
評には、トカゲも驚いて見ている、とあって、笑いましたぁ。



ジョヴァンニ・アンジェロ・ダントーニオ・ダ・ボローニャ・Giovanni Angelo
d'Antonio da Bologna(1443-1476)の、「聖母子と聖人、天使」 
ウンブリアはグアルド・タディーノの教会祭壇画。

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これは上下ともで大変大きな祭壇画になっているのですが、これは別年に描かれた
同画家の絵を集め、上下に1900年代に配置したものなんだそう!

画家が描いたのは1462~1465なのでそう年代が離れたものではなく、
優しい雰囲気の絵ですが、良くご覧下さいね。 
下の段の絵は全身が入っているのに対し、上の段の聖人たちは腰の下までで、
光の当たり方も下は右からで、上は左からですね。

まぁ画家本人は既に何世紀前に亡くなっているので、抗議もなく無茶な寄せ集めも
出来たわけですが、教会というものは時に無茶苦茶ですねぇ、ははは。



さてここからshinkaiが大好きなカルロ・クリヴェッリの作品をいくつかご覧頂きますね。
ブレラに行こうと話が決まった時、ああ、クリヴェッリに再会できると喜んだのでしたが、
ここにある数点は本当に素晴らしい作品なのですよ。

まず「聖母子と聖人」。1482年作のこれは、「カメリーノのサン・ドメニコの祭壇画・
Polittico di San Domenico di Camerino」と呼ばれるもので、
板にテンペラ、金 

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一番左手前におられるのはカメリーノ、マルケ州のマチェラーラ県に位置する
カメリーノの町の守護聖人の聖ヴェナンツィオ・S.Venanzioで、その背後の
白黒の僧衣で百合を持っているのがサン・ドメニコ、右の奥に頭に鉈を乗せているのが
殉教者ピエトロで、手前の若者は盆にカメリーノの町を乗せ、聖母に捧げている所。

聖ヴェネンツィオの手に提げている鍵などは描かれたものではなく、現実味を増す為の
具体的な物体で、聖ピエトロの頭の鉈も、聖母の胸のガウンを止めている宝石も。



巧緻で、素晴らしく美しい聖母と、手に小鳥を持つ子供のキリスト。 何の鳥か
調べると、多分リゴゴーロ・rigogolo・キガラシコウライウグイスで、
未来のキリストの受難のシンボルと。

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カルロ・クリヴェッリ・Carlo Crivelli(1430-1495) ヴェネツィア生まれですが、
他人の妻との姦通罪で国を追われ、マルケ州でたくさん仕事をし亡くなっていて、

上の「カメリーノのサン・ドメニコの祭壇画」はですから52歳の時の作品で、
ずんずん巧緻な仕事に打ち込み、煌びやかな衣装、装飾になっているのが良く分かります。



こちらは同じく「カメリーノのドゥオーモの祭壇画・Polittico del Duomo di Camerino」
と呼ばれるもので、1490年作 板に油彩、金 340x442/474cm

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左に描かれている聖人は、サン・ピエトロとサン・パオロで、半分程破損しているのは
地震の為だそうで、右側の聖人はサンタンソヴィーノ・Sant'Ansovinoと
サン・ジローラモ(ヒエロニムス)

中央の聖母子像の部分は、「ローソクの聖母・Madonna della Candeletta」とも
呼ばれるそうで、玉座の手前にローソクが立てかけられている所からと。



聖母は周囲を果物付きの枝が絡まる玉座に座り、子のキリストは梨を手にし、これは
救世主のやさしさのシンボルだそうで、見事な筆致の装飾性豊かな画面。
 
聖母の衣服の赤はとてもシックで、ガウンはビロードの手触りが感じられる様な
柔らかな如何にも高価そうで、当時大変に貴重高価な布地だったそう。

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そしてこの玉座前に置かれた壺の花と、下にはバラの花とサクランボ。

この百合の花は原産がバルカンかアジアの産だそうで、純粋さと清純なマリアの
シンボルとなったもの。  

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かって古代エジプトではこの百合の花を押しつぶし香料をとったそうですが
現在は既に途絶え、一方フランスでは1970年代まで少量産出していたそうで、
香りはほんの少しでも素晴らしく強かった様子。水仙の香りに似ていていると。



この布は聖母の左の袖に使われたビロードの柄の布地で、15世紀の末にあって流行りで、
クリヴェッリは店の見本を取っておいたのだそう。

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「磔刑図」 聖母マリーアとジョヴァンニ2人のみが従っており、脚元には荒廃した
土地が示され、空はまるで抽象画の様に金色で塗られており、 
空にはまだ明るさがあるものの月が一日の終わりをつげる、聖書に語られる様に。

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最後にもう一枚、クリヴェッリの絵を。 下が「聖母の戴冠」で、上が「ピエタ」。
これは彼の最後の作品で1493年の物。 板にテンペラ、金  194,3x93,3cm

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全体に大変に装飾性が強く、少し硬い印象もあり、描けるだけの力を籠め描き上げた、
という感じの、63歳になったクリヴェッリの真骨頂の作品なのでしょう。

具材に、板にテンペラ、油彩+金、とある様に、金が本当に豊富に使われており、
こういった材量は注文主とどの程度使うかを相談し、それで絵の値段を決めたので、
きっと注文主も裕福だったに違いないと!

この絵は元々紙の製造で有名なファブリアーノのサン・フランチェスコ教会に
あったそうですが、町がきっと栄えていたのでしょうね。



金糸を折り込んだ布の表現ですが、こんな金色のタッチが見え、少し離れると
余り見えないものの、動いて光の当たり具合できらきらとほのかに光り、
きっと教会の暗さの中でも煌きを放ったことでしょう。

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こちらは上の「ピエタ」で、左の本の隣のロウソクの火が、風に揺らいで消えそう。

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それぞれのたくさんのシンボル的な物も織り込み、華麗な一幅の絵をしあげた
カルロ・クリヴェッリ。 

マルケ州のアスコリ・ピチェーノの教会の祭壇画も美しかったですが、周囲の
小さな町村のあちこちに彼の作品が点在している様子です。 
いつか訪問して見たいものですね。



こちらはジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ・Gentile da Fabriano(1370-1427)
の祭壇画作品で、中央に「聖母マリーアの戴冠」があり、周囲を聖人が囲むもので、
上の段は聖人の殉教やお告げを聴く、聖痕を受ける場面が。

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この祭壇画はマルケ州のヴァッレ・ロミータ・Valle Romitaの小さなフランチェスコ派の
隠遁所にあったもので、「ポリッティコ・ディ・ヴァッレ・ロミータ・Polittico di Valle
Romita」と呼ばれ、1410年から12年にかけての作品 
板にテンペラ、金  290x250cm



キリストとマリーアの周囲は天国で、星空の上にまるで地上の床の様に音楽隊の
天使達が座って音楽を奏で、

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聖人たちの足元は、なんとも素晴らしい可愛い花で覆われています。

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という所で、突然に現代絵画に代わりますが、 これはモランディ。

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額の周囲に金網が見えますが、こんな風に幅の狭いガラスかアクリルで全体が覆われた
陳列棚が引き出され、所々に展示されているのですね。



ピカソ、2点

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上の白とグレー、黒で線、の絵が素敵でしたねぇ。



ブラック、

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多分奥に見えるこの陳列棚すべてに、たくさんの展示されていない現代絵画が収まっていて、

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左上に「Aspettando Palazzo Citterio・パラッツォ・チッテーリオを待ちながら」

とあるので調べて見ましたら、ブレラ絵画館がある同じ道、ブレラ通り21番に、
ブレラ絵画館から南に1kmにも満たないと思われる場所に、
このパラッツォ・チッテーリオがあり、どうやらそちらにこういった現代絵画が移され、
第2のブレラとなるのか、一大ブレラとなるのか、
来年2020年の夏に一般公開の予定が進んでいる様子!

という事で、現代絵画がお好きな皆さん、もう少しお待ちくださいね!!

という所で今回もお終いで、もう一度ブレラ絵画館訪問を続けさせて頂きま~す。


*****

◆ 新開志保展のお知らせ  ◆

10月29日(火)~11月4日(月)迄 広島三越 7階画廊にて
新開志保展を開催させて頂きます。

今回もまたこちらイタリアの風景を主に、猫ちゃん、植物、静物など、
新作21点を含め約30点余の展示となります。

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・ n.1 ブレラ絵画館  ミラノ 再訪   (個展のお知らせ 追記を)

先回9月末に出かけて来たミラノ行きについてお話、見て頂きましたが、
今回からブレラ絵画館・Pinacoteca di Breraについてご覧下さいね。

何せ35年ぶり、3度目の再訪という事でやはり大変嬉しく、写真もOKなので
好きな絵、新しく目に留まった絵はしっかり撮ったので、見てやって下さい。

まずは絵画館入口。 

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元は大修道院だったという建物を、1776年オーストリアの女帝マリア・テレーザの
お声がかりで絵画館となったという始まりで、これはミラノでも一番面積の広い建物
の1つなのだそうで、24000平米以上あると。

とりわけヴェネト、ロンバルディーアの絵画展示に集中されているそうですが、
これはどうやらナポレオンの統治時代に区分けされた事に因る様で、
現在の年間訪問者が30万人以上という大絵画館。



正面も到底一枚の写真に納まらずで、古い図による建物の大きさをどうぞ。

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入り口を入って見える中庭。 正面に見えるのはカノーヴァ・A.Canova作の
ナポレオン像で、

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その上の2階の回廊正面に見えるのが、



この時計で、ここが絵画展示室の入り口。

3-2-s800px-Orologio_pubblico__1743.jpg



中庭から入りこの階段を上り、右上に見える時計の下の入り口に、と言う訳ですね。

4-brera_iStock-458305333-600x400.jpg



で、中庭を囲み、このようにぐるっと巡る展示室が続いているのですね。

5-spinacoteca-brera-patio.jpg



実は我ら2人は日本領事館にまず寄り、歩いてここ迄来たのですが、ミラノに
出発前から、お昼をどこで、と考え調べると、ブレラ絵画館の中に新しいバールが
出来ていてそこで軽食もOKというのを知り、持ち時間制限も考え、ではそこで、と
決めていましたので、真っ先にバールに行きました。

バールのカウンターがあり、

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かなり濃いブルーの壁で、落ち着いたイメージの部屋。

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フェルナンダ・Fernandaという名のバールで、ちょうど食事時間が始まる所で、
待つ間もなく注文でき、ブレラのビールがあるのというので注文。
かなりピリッとした味の美味しいビールでしたね。

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パン籠ならぬ、鉢に入ったぷっくり小さなパンと、フォルノで焼いた薄いパリパリで、
これがどちらも香味のある美味しい物でした。

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ジュリアーナが食べたのはパスタ・フジッリの、ジェノヴェーゼ・ソースに何か入っている、
と言ったパスタで、

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shinkaiは、カボチャのスープと、モジリアーニという名の、野菜とチーズを挟み焼いた、
暖かくて美味しいサントウィッチで、これは一切れの半分をジュリアーナに。

11-DSC03338_01_GF.jpg

という事で、以前絵画館近くの小さな公園風の木の下のレストランで食べた記憶も
あったのですが、少しお急ぎの方はブレラの中のバールでしっかり美味しい軽食が
食べられますよ、というお知らせも。

場所は最後の展示室の隣、つまり出口にあり、回廊沿いに我らは直行したのでした。



食べながらずっと眺め、光が美しいなぁ、と思っていた回廊の円柱の並び。

12-DSC03339_01_GF.jpg



という事で、落ち着いて展示室に入り、観始めたのでしたが、
想い出にしっかり残っていた、アンブロージョ・ロレンツェッティ・
Ambrogio Lorenzetti(1290頃-1348) 「聖母とキリスト・Madonna col abambino」 
板にテンペラ

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余り保存が良くないのも、19世紀末頃までこの絵についての記録がないのだそうで、
シエナの市で買い取られたのが初めで、20世紀初にコレクターの手からブレラ所蔵に
なったのが1947年と。

多分この作品は多翼祭壇画の中の一作品で、アンブロージョの30歳代の
作品と考えられ、素朴な中に暖かで優しい母子の雰囲気が伝わります。



こちらはルーカ・シニョレッリ・Luca Signorelli(1445-1523)の「授乳の聖母・
Madonna del latte」 板にテンペラ  

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シニョレッリがまだ若い頃の作品と思いますが、大変繊細なタッチで描かれ、
聖母の顔もまだ後年の独特な味が無く、とても気に入った作品です。



衣服の胸を開いてはいるのですが、胸元は細かいレースが覆っており、と同時に
聖母のお決まりの赤い衣服ではなく金色で、濃い青色の衣服に見える
襞の明るい部分には細かい金の点描が施されている、装飾的な面も。

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同じルーカ・シニョレッリの「キリストの鞭打ち・Stendardo della Flagellazione」
という作品。 板にテンペラ

16-s800px-Luca_signorelli,_stendardo_della_flagellazione,_flagellazione.jpg

「授乳の聖母」と対をなす作品という事だそうで、shinkaiはこれを見ておらずで、
ピエロ・デッラ・フランチェスカの「鞭打ち」の作品にインスピレーションを受けたのが
良く分かる構図と。



ペルジーノ、本名ピエトロ・ヴァンウッチ、ラファエッロの師匠として有名な
ペルジーノですが、これはどうやら彼の周辺画家の作品とみられるらしい、
「天使たちの輪の中の聖母子」

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ですが大変美しく、聖母子も、絵自体も素晴らしいものと思います。



ブレラ絵画館の宝のひとつ、アンドレア・マンテーニャ・Andrea Mantegna
(1431-1506)の「死せるキリスト・Cristo morto」68x81cm 
キャンバスにテンペラ

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マンテーニャが34歳から36歳頃の作品で、今回見た時の印象は、あれ、こんなに
優しいほのかな色だったっけ?で、色合いは最晩年の作品の
「サン・セバスティアーノ」ヴェネツィア・カ・ドーロ博物館収蔵のと似ていますが、
描き方はまだ大変力強いもの。



キャンバス地にテンペラで、布地にこすりつけ、塗り込んだような肌合いで、
所々の剥落もあり、布目も現在のキャンバスの様に均一でないのが逆に良い趣で、

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マリアの涙、顔の皺の表現にマンテーニャのまだ若い頃の表現の面影が見えますね。

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マンテーニャの最晩年のサン・セバスティアーノを。
ピエトロ・ベンボとルネッサンスの創造展 ・ パドヴァ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461921616.html



こちらは大変色も鮮やかで美しいジョヴァンニ・ベッリーニ・Giovanni Bellini
(1430-1516)の「聖母子・Madonna col Bambino」 85x118cm
板に油彩

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86歳の長寿を保ち描き続け、作品に駄作がないという事でも絵描きの鏡、の
様な存在のジョヴァンニ・ベッリーニの、これは1510年、亡くなる6年前、
80歳を過ぎての作品!

静謐な明るさが画面全体に満ち渡り、背景に描かれた風景も特別な意味を
持たせたものかどうか、そんな詮索は無用に思える静かな説得力を持ちます。



ただ左下に見える、作者名を描いた碑の上の猿が何かな、と。

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画面に見える青い小点は、何かの照明が写ったものと。



ジェンティーレ・ベッリーニ・Gentile Belliniと弟のジョヴァンニとの作品、
「エジプトのアレッサンドリアにおける聖マルコの説教」 347x770cmの大作
キャンバスに油彩

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絵の注文主は当時のヴェネツィアにあって最大の組合のひとつであったスクオーラ・
グランデ・ディ・サン・マルコで、制作年は1504~07となっている物の、実際は
約70年後のジョルジョーネとティントレットの手になったものと。

アレッサンドリアはヴェネツィアの守護聖人のサン・マルコが葬られていた遺骸を
盗み持ち帰った地でもあり、描かれている聖堂は両側の翼部分の張り出しを
除けて考えると、ヴェネツィアのサン・マルコ聖堂に大変良く似た形で、

偶々ミラノ行きの前日にちょっと見たTVにこの絵が出て、多分行った事のない
土地の風景を描くのにあれこれ工夫したのだろうと言ったのを聞きました。



ここから我が町コネリアーノ出身の、チーマ・ダ・コネリアーノ(1459頃-1517頃)の
作品3点で、

まずは「玉座の聖母子と(左から)聖セバスティアーノ、洗礼者ヨハネ、
マリア・マッダレーナ、聖ロッコ と注文者の信心会の人々」、
または「聖なる対話」と。 制作は1490年、板に油彩、301x211cm  

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チーマがまだ若い、30歳になった頃の作品で、周囲に空が見えるのは
自然というか、大気の明るさを取り込むためにヴェネトの作家の間で
好まれた趣向なのだそう。



こちらは「玉座のサン・ピエトロと、洗礼者ヨハネと、右はサン・パオロ」
1516年作 板に油彩 155x146cm

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初代教皇になったサン・ピエトロが手に十字のついた杖を持ち、脚元に
天国への鍵が見え、漁師の指輪も付けて。

色も明るく大変美しく、背景に風景と空が見えますが、
玉座に下に見える天使は、



こちらで、リュートかな、楽器を奏しているのですが、この目つきに笑いました。

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「殉教者サン・ピエトロと聖人サン・ニコロとサン・ベネデット」
330x216cm 1505年頃の制作 板に油彩 

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殉教者サン・ピエトロは頭に大きな鉈が乗った姿で表現されますが、ドメニコ会派の
白と黒の僧服で、右のサン・ベネデット、彼はヨーロッパにおける修道会の規則を
最初に制定された方で黒の僧服と、背後のアーチのすっきりさと、絵全体を引き締め、

一方、背後の風景の中で羊飼いが犬を相手に楽器を奏し、騎士が道を進む姿、と
一服の緩やかな情景を醸している様な、大変美しい絵と思います。



各展示室は大きくどっしりとしていて、訪問者もあまり多くなく、ゆったりと落ち着いて
鑑賞できます。

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こちらはマンテーニャの「聖母子と天使たちの合唱・Madonna col Bambino e
un coro di cherubini」 制作1485年頃  88x70cm 板にテンペラ 

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展示の下の説明に、マンテーニャはこの作品の中から天使達を、ケルビーノ・Cherubino・
青い羽、セラフィーノ・serafino・赤い羽、と描き分ける様になったとあり、
ケルビーニは歴史の順序の中で天使のタイプ、  セラフィーノは天使の特性を持つ、
または神々しい精神、と読みましたが、あまり良く分からず・・。
赤い羽のセラフィーノの方が少ないのは、やはり格として上なのかな?

この絵はずっとジョヴァンニ・ベッリーニの作として通っていたのが、古い写真の中の
この絵は現在の絵とまるで違い、1885年の修復により、ベッリーニらしき絵の下から
マンテーニャのこの絵が現れたのだそう!



ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子、またはギリシャの聖母・Madonna greca」
と呼ばれるこれも大変美しい聖母像。1460~64年の制作 板にテンペラ 82x62cm

31-M26_8635_01_GF.jpg

ギリシャの聖母・グレーカと呼ばれるのは、多分ニックネームと思われるものが
絵の上方の背景に描き込まれているのが見えるのだそうで。

子のキリストは少し悲しい雰囲気で、窓の下枠に足を乗せ、手にパッション・
フルーツの実を持っていて、これは後のキリストの受難を現すシンボルで、
パッションという言葉が受難を現し、ご存知の様に、花の(トケイソウ)中央に
十字に見える雌蕊がありますね。

ベッリーニの絵としては初めてブレラに購入されたものだそうで、ヴェネツィアの
ドゥカーレ宮からで、当時の状況から多分政治的な理由で実行されたのであろうと。



同じくジョヴァンニ・ベッリーニの、これもブレラの宝のひとつ「ピエタ・Pietà」像。
1455~1460年頃の作  86x107cm 板にテンペラ 

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制作年から見るとベッリーニはまだ25~30歳、マンテーニャは1つ年上で26~31歳。 
なぜかずっとベッリーニが年上と思い込んでいたのが、今回違っていたのを発見ですが、
資料によってそれぞれ生年が違うので、まぁ、大体同年だったと。

1453年にジョヴァンニ・ベッリーニの妹ニコロシジーア・Nicolosiaとマンテーニャが
結婚しているので、画家のベッリーニ一家とマンテーニャとの結びつきは一層近く硬く、
絵についても同主題「寺院へのお目見え」や「ピエタ」もあり、

この「ピエタ」はベッリーニがマンテーニャの影響を受けた事をよく物語っていると。

でもやはり、それぞれの持ち味が違い、ベッリーニの絵はマンテーニャと比べると
大変に優しく美しく、マンテーニャのは力強く大胆で、という事でしょうか。



何室にあったか、威風堂々の、カノーヴァ作の「ナポレオン像」。 中庭にある
青銅像はこれから型取りをしたのだそうで、1811年作。

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実は本物と言って良いのか、1803、06の作の大理石像は、現在ロンドンの
アプスリー・ハウス・Apsley Houseにあるのだそうで、

マルス紳をかたどったこの裸体のナポレオン像が手元に届いた時、一見したのみで
気に入らず、「オール・ヌードだ!」と倉庫に片付けさせたそう、ははは。

ナポレオンは自分の軍服姿の像を希望していたらしく、まぁね、そうなると背が低かった、
と伝わる彼自身の身長の問題もあったでしょうしにね。



不評のナポレオン像でも、こう見る横顔は、いつも見かける顔によく似てますよね?!

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これはちょっと毛色が違うのですが、陳列棚の横にあったマリーノ・マリーニ・
Marino Marini、(1901-1980)の「男の顔」

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正面からの顔は優しいのですけど、この横顔は凄いなぁ、と思い。



ブレラ絵画館のあちこちに彼の彫像がありましたが、どこか尖った、動きのある作品より、
こんな丸いズドンとした形が好き。

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という所で、ブレラ絵画館のその1を終え、また次回、よろしくお願い致します。



◆ 新開志保展のお知らせ の追記を ◆

10月29日(火)~11月4日(月)迄 広島三越7階画廊にて
新開志保展を開催させて頂きます。

今回もまたこちらイタリアの風景を主に、猫ちゃん、植物、静物など、
新作21点を含め約30点余の展示となります。
どうぞお出かけ下さり、ご高覧賜ります様、お願い申し上げます。

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私は毎日会場におりますので、秋の素晴らしい広島で、
また皆様とお会い出来るのを楽しみにしております。


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・ n.2 ルイーザの夏休み ・ ドロミーティ山間の村にて 「追記を」

友人のルイーザとレナート・Luisa e Renato夫妻が8月の末に1週間出かけた
ドロミーティ山間の、オーストリアとの国境に近い村の様子を2回に渡って
ご覧頂いてますが、

今日は彼らが基地にしたパドーラ・Padolaの隣村ドソレード・Dosoledoの様子と、
パドーラの村外れにある古くからのダムの様子、これは山で伐採した木材を
運び出す為のダムなんだそうで。
と、最後にオーストリアのリエンツ・Lienzの様子をほんの少しご覧頂きますね。

写真はドソレードから見たパドーラの様子で、ドソレードの方が少し高い様ですね。

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パドーラの背後に刈り込んだスキー用リフトかロープウェイの線が見えますが、
左側のは短いですが、右に見えるのは手前の山の上まで行き、そこから延々と
上に続き、多分真ん中に濃い色で見える山の上まで続いているのではないかと
思うのが地図でも見えました。



先回も見て頂いた一帯の地図をどうぞ。 パドーラとドソレードの位置関係と、
先回見て頂いたセストの位置、そして手前のサン・カンディド・San Candidoから
ずっと北東に続く道の先にオーストリアのリエンツがあります。

1-2-smap 1.jpg



で、もう一枚の地図ですが、パドーラとドソレードの位置と、パドーラの村は細長く
広がっていて、

1-3-sstua di padola.jpg

今日ご覧頂く16世紀からのダムの位置はストゥア・Stuaと言い、パドーラの村の名の
下に囲った位置に。



さて、ドソレードの村の教会と、教会前広場。 

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教会も周囲の建物も修復改修された様子ですっきりと見えますが、



村の中にはかなり古い、石造りの頑丈なのがしっかり残っている様子で、
この村のルイーザの写真の一番最初はこんな壁の家!

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そして、この左側にずらっと並ぶフィエニーレ・fienile・干し草置き場の、
この通りが有名な様で。

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一見すると、小さな小屋が並んでいるみたいな感じでしょう? 
でもそうではないのをぼちぼち見て頂きますね。



これは上の写真の右側に見えた家で、一番右端はすっきりと壁が塗り替えられ、
一見新しい様ですが、でも一番上は木のテラスが張り出し、元は古いのが分かり、
こちらに見える木製の張り出しのテラスなどをご覧下さいね。

5-135_01_GF.jpg



これがフィエニーレの一軒ですが、大きいでしょう?! 多分雪の重みに耐える様に
骨組みの壁はがっしりの石組で、2階分の上に屋根裏があり、それに木製のテラスや
張り出し部があります。

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手前に見える木彫は近年の観光地向け作品と思いますが、その背後にも
トーテムポール式の木彫品が見えます。



1軒1軒の間はこんな風に開いており、

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昔は1階部分は家畜小屋で、干し草などは2階以上に、だったろうと。
現在はこんな風に薪置き場になったり、ちょっとした作業場にも使っている様で、
右奥には鶏たちも見えます。

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こちらはまた別の小屋の様子で、薪や古い木材置き場にもなっているようですが、

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shinkaiが何度か行ったドロミーティ山系のもっと南の方では、こんな干し草置きの
小屋は、1階が家畜小屋で、2階には家族が住んでもいた様なので、
案外この一帯もフィエニエーレとはいうものの、そういう使い方もあったろうと。



ここは中を古家具売り場、つまり骨董品売り場にしていた小屋の様子で、

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扉のすぐ内側に見える輪が重なったのは何だったのかと尋ねましたが、
レナートもあれには目が行かなかった様で。



前に「タビエス・Tabies」と書いた案内が見えますが、タビアラ・tabialàとか、
タビーア・tabiaというのも干し草置き場を意味するのを聞いてますので、その事と。

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こちらに我が家の近くの、元干し草置き場を改築のレストランの様子を少し。
子供の絵本挿絵原画展 と、仲間との美味しいお昼
http://www.italiashiho.site/archives/20180116-1.html



何枚かかっての村人たちの写真がこうして表示されている様で、
これは鎌か何かの手入れ中かな?

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こちらは草刈り中?  ジェルマーナ・デ・マルティンという名前が見えます。

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これは「小さな刈り草の山」という説明が。 この一帯のかっての干し草作り
の様子なのでしょうね。

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扉に張り出した、「野菜、卵、等の農業品売店」の宣伝。

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これも古い、上が納屋、干し草置き場になっている家。

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これも大きな家ですが、2階真ん中に見えるのは人形のカップルで、

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1階の扉上に書いてあるのは、建設1807年、改修2007年、シルヴィオ.Z.C. と。
200年後に改修し、さてこれからまた200年は十分にでしょうね。



こちらはかなりモダンに改装されている家ですが、木の部分がかなり多いですね。

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薪の山。 せっせと夏の内に割って積み重ね、冬に備えるのでしょう。
飾りを入れる気持ちの余裕が見えます。

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谷に沿っての村の家々ですが、

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そろそろ高い山に夕方の陽が射しこみ、谷の村はうす闇に。

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さて、ここからはパドーラの村の外れのスゥトゥア・Stuaのご案内ですが、
上の地図でご覧頂いたスゥトゥア、16世紀に造られたダムの様子を古い写真で。

27-la-stua-torrente-padula.jpg



こちらが説明を写した写真で、
スゥトゥアというのは人工的に造られたダムで、木材を流す事が出来る様に造られ、
厳しく選別されたカラマツやモミの木を手斧での伐採の後、枝を払い、樹皮を剥いで
丸太にして谷を運ばれてきたのが、ここから木材運び用に一番効果的なこのダムを
使って流し下された、という物なのですね。

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谷を利用したダムでパドーラ川の水を貯め、暴力的勢いで流れる水で木材を流し、
パドーラ川からピアーヴェ川に出てずっと流れ下り、西のコルティナ・ダンペッツォから
下って来るボイテ川と合流するペラローロ・ディ・カドーレ・Perarolo di Cadoreまで。
そしてここで筏に組まれ、ピアーヴェ河をはるばると下りヴェネツィアまで!

なんとなんと、shinkaiはベッルーノ辺りから筏流しでヴェネツィアに、と読んで
知っていたのが、そうなんですね、もっともっと上流から最初は丸太で急流を流し、
そして筏に、という事だったのですね。

ペラローロ・ディ・カドーレのチドーロ・cidoloまで丸太で流す、という説明で、
どこかを地図で探していて、チドーロに「チドーロと木材の博物館」がある事も知り、
ああ、成る程なぁ、と納得で、チャンスがあったら見に寄ろう!と。

で、現在に残るこの下部が石組みで造られた物は1818~19年に、
ヴィットーレ・ジェーラ・Vittore Geraという方のデザインと出費で再建されたものと。

それ以前の16世紀頃にはすでにダムの存在が歴史に残っており、誰に売られ、
それから誰に、というのも他のサイトの記事で読みましたが、
当時の物は丸太で造られ、何度も再建された歴史があるのだそう。

で19世紀に再建された時は下部の石組部分だけだったのを、ヨーロッパに現在
唯一残るこういったダムの価値を高めるために、2000年に市が上部の木造部を
再建したものだそう。



でルイーザの写真で見る現在はこんな様子で、

28-1-20190820_104343_GF.jpg

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彼女の説明を聞き、一度読んだ位ではまるでピンと来なかったのですが、ははは、
何度か読み返し、地図も調べるうちにようやっと分かって良かったよぉ!

いや、きっとルイーザも、傍で聞いていたジュリアーナも、本当の所は分かっていない、
と思うshinkaiで~す、賭けてもいいっす、ははは。



それにですね、このダムの下を現在流れるパドーラ川というのがです、夏とはいえ、
このチョロチョロの流れで、ははは、ご理解下さいね、shinkaiが???だったのを。

31-017_01_GF.jpg

追記を:これを書いた後もまだあれこれ考えていて、ご説明するのに少し不足だったと
    思う部分を追記しますね。
上部に見える木製の廊下風なものについ気が取られ、肝心な点を見逃しそうですが、

最初の古い写真を眺めていて、両側の崖の間を塞ぐ形でかなり高い位置まで石組が
見えますね。 つまり細い川の水を堰き止め貯め、春先の雪解け水の多い時に
ダムの水を一斉に放流し、その勢いに乗せ、次々と列を作る様に丸太を流したのだろうと。

つまりこのパドーラ川の水量自体が少ないのを補うためのダムであって、
谷を下りピアーヴェ川に合流する所まで流し下すのが目的だったのだろうと。
で、ピアーヴェ川との合流点まで行けば、こちらはかなりの水流ですから、
かなり下流のカドーレ辺り迄は楽に勝手に流れて行ったのだろうと。

という様な事を考えましたが、春先の丸太流し等については、多分他の地区のあちこちで
同様な丸太流しが行われていたのだろうと想像しますし、また調べてみたいと思います。




では最後に、オーストリアのリエンツの写真を何枚かどうぞ。
街中の通りと、 木製の自転車!

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クネーデル・古いパンを水やミルクでふやかし、それにハム類や香草を入れたお団子で、
ヴェネトでも食べられる、元はドイツ、オーストリアの食べ物と思えるもので、
こんな風にスープと一緒とか、溶かしバターをかけたものもあり。

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鶏のから揚げと、ジャガイモ。

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リエンツは他の仲間も一緒に行ったようで、左2人がレナートとルイーザ。
そう、リエンツは大変綺麗な街だそうで、近いし、一度チャンスがあったらと!

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Grazie, Luisa e Renato!

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・ルイーザの夏休み ・パドーラ・イン・コメリコと、ヴァル・ディ・プステリーア

皆さま、お久し振りです!
あっという間に過ぎた1か月間のブログ休暇を終え、また頑張って
再開させて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します。

皆さまには良い夏でしたでしょうか?
大型台風があったり、今年の夏もかなり厳しい暑さが続いたようですが、
立秋も過ぎ、秋の気配になっている事と思います。

所で、ルイーザとレナート夫妻・Luisa e Renatoが8月下旬に1週間、
ヴェネトの北東の端、既にオーストリアとの国境に近い山間に出かけましたので、
出かける前に、ブログに載せるからしっかり写真を撮ってくるようにと、ははは。
という事で彼ら2人の夏休みの様子をご覧下さいね。

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出かけた場所はパドーラ・イン・コメリコ・Padola in Comelicoと言い、
後程地図をご覧頂きますが、ずっと以前に彼らの娘たちがまだ子供の頃
出かけた事もあったそうで、良い所だというので写真を頼んだのでした。

この湖はパドーラ到着前にあるのだそうで、余り大きくないようですが、
やはり水はエメラルド色!

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パドーラはどこにあるか、地図をどうぞ。 右上を斜めに横切るグレイの線が
オーストリアとの国境線で、赤い印が彼らが宿をとったパドーラ。

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そしてすぐ南隣に見えるドゾレーゾ・Dosoledoにも、リエンツ・Lienzにも出かけ、
また北に書き込んだセスト・イン・ヴァル・ディ・プステリーア・
Sesto in Val di Pusteriaの様子も今日一緒にご覧頂きますね。



これは既にパドーラの村内で、道端にあるニッキオ・壁龕というか、
ちょうど日本の道祖神的な、旅人の無事を願う物。

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ルイーザが撮ったのは2枚あり、どちらも三角屋根でかなり頑丈なもので、
やはり冬の雪対策の為だろうと。 でも可愛いお花模様が描かれていますね。



木材を使った飾り物、勿論家具類もそうですが、さすが山間の村と思う物が
目につき、これは木の根っ子を使ったものだそう。

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パドーラ・Padolaとルイーザも言い、地図にもそう出ていますが、ほら、
見える文字はPadulaで、aの上に点が2つあるドイツ文字ですね。
イタリア国内でも、既にこの一帯はドイツの文化圏である事が良く分かります。



こちらが彼らが1週間滞在したホテルで、一泊2食付き、1人70エウロだったそうで、
つまりペンション式。 部屋も特別な事は無かった、という事で、内部の写真は無し。

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ですがね、サイトで見るとシンプルではあるものの部屋も木の壁が如何にも
ドロミーティの宿で、町の風景に見える教会に近い、3星のなかなか良いホテルで。
ホテル・デラ・ヴァルダ・Hotel D'la Varda、様子はこちらで見れます。 



イタリアで良く見かける、とりわけ山に行くと良く見る、どの窓も花がいっぱい、
というのが園芸好きのルイーザは気に入ったようで、こんな写真が何枚か。

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文句たれshinkaiなどは、どの窓も同じ赤い花にせずとも、と思うのですが。



消防署。 

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山間部の主たる仕事はやはり木材加工でしょうしね、貯木所もあちこちにある様で。

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家の庭にも、これは冬の薪用かも。

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そして、こんな梟も。  そうそう、今年もルイーザの家の大きな樹には
梟のウーゴがやって来ていて、先日行ったら、木の上からしっかり覗いてくれて。

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これはポルチーニ茸を採取し、薄切りにし、乾燥ポルチーニにしている所で、

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干して、こんな風にね。 勿論スーパーの品よりもずっと美味しい事でしょうね。

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少し高台から見たパドーラの村。 村というよりもちょっとした町みたいですが、
見える教会はホテルから直の所にあったそう。

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お天気の良い日はこんな風に少し高台の野原を歩いたり、

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馬と一緒に出掛けたりも出来るのですね。

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この2枚は高台からの村の眺めが、左から右に続いています。

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草原にポツポツ見える小さいのは、草刈の後の貯蔵や道具置き場に使う小屋。



店仕舞いの為の在庫一掃セール中の店。 木製品、照明器具、小物類など。

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こちらはメルヘン的な子供用品で、孫を思い出し、ルイーザの目を引いたのね、きっと。

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農家の片隅のヤギさん。 尻尾も切らずに写してね。

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そう、こんな広い所で好きな草を、好きなだけ食べれるのね。

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やはり高山植物が目につく、パドーラの海抜は1215m、
これはジェンツィアーナ・Genziana・リンドウ。

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エーデル・ワイス・雪割草

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ボットン・ドーロ・Botton d'oro

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これは何と言いましたっけ、百合とリンドウのあいの子みたいな、清楚な花。

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これも名を知りません、ルイーザも。 ニンニクではありません。

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宿で朝食、夕食が出るので、お昼を出かけた先で。 フェットゥチーニとポルチーニ。

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右上はポレンタの上に蕩けたチーズが乗っていて、左は茸。 美味しそう!

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お肉ぅ。  そして、トウモロコシ、ポテト、ズッキーニ。

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ここから少し奥のセスト・イン・ヴァル・ディ・プステリーアに出かけた時の写真で、
自然公園トゥレ・チーメの図ですが、これは勿論セスト・イン・ヴァル・ディ・
プステリーアから眺めた図で、北から南を眺めているのに気が付きましたです、はは。

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図でトゥレ・チーメは右端の谷から奥に続く山脈の一番奥に、小さく見えます。
我ら、ヴェネトの南に住む人間が見るトゥレ・チーメは、一番手前ですものね。
そして、左側にずらりと並ぶ禁止事項! ははは。

トゥレ・チーメ・ディ・ラヴァレード ・ ドロミーティの大景観!!
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/468344876.html

ドロミーティ   トレンティーノ・アルトアディジェ州のご案内
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834798.html



平野でのんびりのお馬ちゃん。

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これは曲がりくねる木の枝の中をくり抜いている水飲み場の給水管。
ふむ、これだと冬も凍結しないのかも。

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これまた赤い花いっぱいのホテル。

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何となく小さな引っ付き虫みたいに見えますが、ははは、失礼、クライミング用で、
かなり高い建物内と。 ルイーザが試したけど、ダメだったと。 
うん、わかるわかる、はは。

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外の様々な遊具で遊ぶ子供たち。 ほらね、皆木製の遊具なのですよ。

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これ素敵でしょう?! バード・ウォッチング用だと言いましたが、役立つかな?

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屋根付きの橋。  少しお天気が下り坂になったようですね。

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お昼を食べたレストランの入り口。

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中はこんな様子で、相席しているのが分かりますね。

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食べたものは、ハムと、   木のお皿が可愛いでしょう?

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スープはグラーシュ。 ピリッと辛いお肉のスープ。

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中に香草類が入ったラヴィオリ・パスタ。

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最後は花咲き乱れる野原を。 春のポピーも、秋のコスモスも一緒に咲いて!

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という事で、もう1回、夏のドロミーティの山間の村のご案内をお楽しみに。


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