・ プラーリア修道院 ・ パドヴァ  その1

  
  すでに随分前の事になりますが、パドヴァの南西に位置する
  プラーリア修道院・Abbazia di Praglia に出かけました。

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  このヴェネト一帯に於いては大変有名な修道院で、
  11世紀の創設と言いますからすでに千年近くの歴史を持ち、
  内部装飾などに特別有名画家の収蔵作品などないものの、

  国の記念物指定を受けている素晴らしい図書館
  そして古書籍の修復 、並びに修道院の特製食品、
  化粧品、ワインなど、その活動でも大変有名な修道院です。

        
  プラーリア修道院のアップはまだなの?とかって友人から催促を
  受けた事もあったのですが、ヘっヘっへ、
  忘れただろう頃に整理し直す横着shinkai。
  改めて資料を読み、今回ご案内を!

  上の写真は、パドヴァの平野を行き、その姿が見えて来た所





  近くには大きなヴィッラも見える、
  気候温暖な土地柄でも知られるパドヴァの南西部

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  道を回り込んで近づき、正面の聖堂が見えてきた所

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  それにしても、素晴らしい威容でしょう?! 
  高い城壁を兼ねた建物群が、ぐるりと周囲をめぐります。





  プラーリア修道院はどこにあるか、地図をどうぞ。
  パドヴァの南西約15kmほど、パドヴァからの古道が南に下り
  エステ・Esteに至る、
  県の自然公園コッリ・エウガネイ・Colli Euganeiの北に位置。

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  少し南東には有名な温泉保養地アーバノテルメ・Abano Terme、
  南に下ると、イタリア文学史上ダンテと並ぶ14世紀の詩人・学者の
  ペトラルカ・Petrarcaが、晩年を過ごし亡くなった
  古い城のあるモンセーリチェの町も近く、大変長閑な美しい土地。       





  さてこちらが聖堂正面ですが、観光客は右奥の入口から。
       
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  入り口脇に咲いていたツツジの花、はい、ちょうど5月でした。
  内部参観は、僧侶のガイド付きで時間指定があり、
  この時はかなり待ちました。

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  待合室から内部の回廊が見え
      
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  壁にあった聖家族のフレスコ画、なんぞも時間待ちに写し・・、

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  部屋の一郭にあった修道院特産品のウィンドウなんぞも覗き!
  左に蜂蜜、真ん中薬草酒、右化粧品、

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  様々な薬草の詰まったのも見え、右は化粧品。

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  勿論販売もここの店でしているのですが、オンライン・ショップも有り、
  サイトはこちらに。





  待ち時間が長く、表にでて建物に沿って西奥に行ってみましたが、
  城壁のような背の高い壁に圧倒されます!

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  どこもきちんと整美され、ゴミなど勿論落ちておらず! はい。

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  軒下に見えた陶板飾り

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  1箇所、こんな風に壁の開いている場所がありましたが、
  手前に柵があり、近くまで寄れず・・。

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  山側には、養蜂の箱

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  待合室にあった、プラーリア修道院の全体の写真。
  サイトで見つけた平面図と見比べましたので、
  大体の位置をご説明いたしますね。

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  写真の下側が北向きで、聖堂はお分かりですね。
  その左に見える細長い煙突のある3階建ての部分、
  火のある一般の部屋(台所、食堂?)
  そしてその左に大きな回廊、キオストロ・ドッピオ
  回廊部分が2重になっているのだそう。

  その右側、聖堂の奥に小さな回廊が2つ並びますが、
  左はキオストロ・ペンシレ・屋上テラスになっている回廊で、
  左側の屋根がちょっと高くなっている部分はレフェットーリオ
  食堂・会議室。

  右の小さな回廊はキオストロ・ボタニコ・かっては薬草栽培を。
  一番右奥の大きな回廊は・キオストロ・ルスティコ
  かっては麦打ち場や煉瓦の乾燥場
  にも使われ、農機具置き場でもあったのだそう。
  外側の壁が開いていたのは、多分この部分ではないかと・・。

    
  所でこの修道院の創設は11~12世紀にかけてで、
  マントヴァの南サン・ベネデットポーにある大修道院
  に従属する形だったのが、  
  14世紀の初めに独立をしたものの上手くいかず、
  15世紀中頃パドヴァのサンタ・ジュスティーナ教会の下に入り、
  19世紀まで。

  1810年にナポレオン軍がやって来て修道院の開放をし、
  僧侶たちは追放されますが、
  4年後にオーストリア軍の下で再び修道院活動を再開。
  が1867年イタリア国となって後、再びすべての修道院廃止となり、
  当時は修道院の管理のために2,3人の僧侶が残ったのみで、
  他は殆どが当時まだオーストリアの下にあった現在のスロヴェニア、
  イーストゥリアの修道院に逃れたという混乱の時代が約1世紀間続き、
      
  1904年の春に2人の僧侶が戻ったのを始めとして、
  同年10月に再び現在のような活動が始まったのだそう。

       
  カンティーナも持つほどのワイン製造もしているので、
  この写真にも見える周囲の葡萄畑は
  多分すべてこの修道院のものと!


  サンタンティモ修道院
       
  サン・ガルガーノ修道院

  プロヴァンス  セナンク修道院 1と2





  さて漸くに見学の時間が来て、
  待合室から見えていたキオストロ・ルスティコの回廊を通り

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  聖堂の斜め後ろにある鐘楼も見えます。

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  見学時間前に外から見た建物の軒下の陶板飾りと同じですが、
  こちらに残るのはきっとオリジナルですね。
  適度に剥落し、とても良い色合いになっています。

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  ここがキオストロ・ボタニコ、薬草の栽培をしていたという
  回廊部分ですが、現在はきれいな植え込み風景に。

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  廊下に見えた「聖母子と天使像」
  多分これはテッラコッタ製と。

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  という所で今回をお終いにし、次回に続けます。



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