・ エンリコ・トーティ ・ イタリアの英雄、潜水艦と、その運搬  n.2


  英雄の名を冠された潜水艦について、 その2をどうぞ!

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  これは最初に彼の名が冠された1928年進水の潜水艦
  実習船、運搬を兼ねていた様ですが、
  1940年にイギリスの潜水艦の攻撃を受け沈没!
  イタリアの潜水艦で唯一敵艦に攻撃されて沈没したものだそう。


       
  それにしても、こういう艦にエンリコ・トーティという戦時の英雄の名が
  冠されるのが、如何にトーティがイタリアで親しまれた英雄であったかで、
  まして2代目の戦後初の潜水艦の名に受け継がれるというのも、
  何となく微笑ましい感じを受けるのは、私だけでしょうか?





  こちらが今回の主人公である、エンリコ・トーティ2代目
  第2次大戦後の平和条約により、イタリアは潜水艦造船を禁止され、
  漸くに造船を許され、自国の持つテクニックを最大権に活かし
  1965年に造った最初の潜水艦、エンリコ・トーティ S506.

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  長さ46m、幅4,75m、総重量536トン、潜水出来る深さ150m。 
  詳細については、日本語版ウィキペディアにありますので、どうぞ。   
  ただ名前が、エンリコ・トーチとなっていて、・・ちょっと切ない!
       

  所で、単純に「潜水艦」と書いておりますが、
  潜水能力によって2つに別れるのだそうで、
  このエンリコ・トーティは、Sommergibile・ソンメルジービレと
  呼ばれる型で、主に水上航海をし、潜水も出来る、というやつ。
  日本語ではどう呼ぶのでしょう?

  潜水艦・sottomarino・ソットマリーノ、
  英語で言うサブマリンは逆に、潜水航行が主で、水上航海も、
  という違いがあります。

  イタリアが戦後造船を許されたのは、そのソンメルジービレで、
  潜水進行の静かさが売り物で、NATOの共同演習等で大活躍だったと。
      
  約30年の現役サ~ヴィス、2万7千時間、137マイルの航海ののち
  トーティは1997年9月に退役となり、
  ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館に寄贈される事に。
     
  
  そしてここからの道のりが、長かったのです!!
       




  2001年潜水艦トーティは基地にしていたシチーリアの
  アウグスタ・Augustaから曳航され4月5日に出発

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11-Toti in viaggio_GF.jpg

  一旦ターラント・Taranto、ここに大きな軍港があり、に寄ってのち、
  85時間の航海後、ヴェネトのキオッジャ・Chioggiaに4月20日到着。
    




  5月4日、ここからこんな風に水門を通ったりしながら、ポー河を遡り、 

12-Il Toti uscito dalla conca di Volta Grimana_GF.jpg




  クレモーナの河の港に到着、5月6日。

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  こちらはクレモーナで水中から引き上げられたトーティの船体。
  写真でも見られるように、かなりあちこち草臥れている様子・・!  

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  ここでトーティはしっかりと整備され、余分は排除され身軽にもなり、
  第2の人生に向けてのお化粧直しもされますが、

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  ここでミラノへの、この超重量級運搬物の技術上の問題も含め、
  様々な問題解決が探られる間、トーティは4年間待ったのです!





  こうして遂に2005年8月8日トーティは陸路の航海を始めます。
       
  この写真で、どういう状態で運ばれたかがよく分かると思うのですが、
  この為に造られた2台のトレーラーと言ったら良いのか、
  700馬力、240のタイヤ付きに乗せられた458トンのトーティ、高さ7m。
  トレーラーは別々に向きを変えることが出来、これで道の角を曲がります。

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  艦橋というのか、上の部分は外され、後ろに別に積まれており、
  交通事情を考え夜の運搬で、昼間はご覧の通り大勢の見物人!




     
  興味が湧いて、どの道を通ったのか、ははは、地図を調べました。
  クレモーナからミラノの博物館まで大体95kmと思うのですが、
  車だと一般道路にしても2時間弱で走れる距離を、
  トーティは夜中の道を4日間かかって博物館まで運搬。

17-trasporto_GF.jpg

  ピッツィゲットーネ・Pizighettoneや、クレーマ・Cremaの地名が見え、
  懐かしかった。 
  この辺りも行き、写真も撮っていますが、そのままになっていて・・!

  ミラノ郊外Via Rogoredo・ヴィア・ロゴレードは、地下水の集合管が
  走ってて、重量を支えきれないだろうと、仮の移動橋を掛けた所。
  Via Toffetti・ヴィア・トッフェッティは、
  ミラノ市内通過前夜の宿泊場所で、見物人がわんさか集まった所と。
   
  最後の赤点を打ったカーブは、これはYoutubeでご覧いただけますが、
  ここも地下を運河が流れているので、
  仮橋を造り渡リ、そして左折した最大の難関地点





  この仮の駐車場は、多分クレモーナから出発して
  最初のコルテ・マダーマ・Corte Madamaという田舎と思うのですが、
  30キロの距離を6時間かかって到着。

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  ここで2日間を過したそうで、
  日中は見物人が引きも切らず、押しかけた事でしょう!


  11日にはクレーマを通過する時ロータリーがあり、中央分離帯を
  飛び越すのに、用意していた木の棒を敷き、無事通過。
       
  翌12日は出発時間の21時は本降りの大雨となったものの、
  見物人は傘をさし減る事なく、ずぶ濡れになりつつ満足の見物を。

  今や通り過ぎる潜水艦を見る、というのが流行病になった様に、
  と書いてありましたが、
       
  これはこのトレーラーを運転していたジャンニ・Gianniと
  フランコ・Francoのベテランの運転手の長い経験においても、
  自分達の仕事ぶりをこんなにたくさんの人々の中で行い、
  見つめられるのは驚きであった様子で、

  警察、技師、博物館関係、運転手、テクニコ、軍関係、見物人、
  今や皆が一段の集団となり、お互いが顔見知りになった感も、
  とありました。

  ミラノの地下を、1407kmに渡って流れる運河の集合管地点を、
  仮の橋を渡し無事に通過、9時間5分かかり、
  13日の朝6時10分最後の宿泊地ヴィア・トッフェッティに到着。




  14日、これがミラノ市中入りを前にしたトーティの晴れ姿
  イタリア国旗の真ん中の白地に、かっての海軍都市ヴェネツィア、
  ジェノヴァ、ピサ、アマルフィの紋章が入ったイタリア海軍旗を付け、
  大勢の見物人に囲まれた、晴れやかな姿。

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  14日の夜から15日の朝にかけ、最後の行程、
  いよいよミラノ市中を、15万人のミラノ市民が迎える中を通り、
  トーティは無事、博物館に到着。
   
20-Sottomarino_toti_trasporto_GF.jpg

21-Sottomarino_toti_all_GF.jpg
    
       
  Youtubeはあれこれご用意いたしましたので、ははは、どうぞ!

  潜水艦がタイヤの上に。 迎えた博物館のヴィデオ。

  運搬を請け負ったファジョーリ・Fagioliのヴィデオ。 総まとめ的。
  トーティ、ミラノに。 8月の夜の旅。   5分間

  潜水艦トーティがミラノに。 10分弱。 仮の橋造りの場面や、
   日中の通りの様子も。


       
  ヴィデオを見ていると、舳先が先になって進んだり、
  スクリューが先になったりで、
  最初はなんで?!と意味がよく分かりませんでしたが、
  トレーラー2台が分離し、角を曲がる時は途中迄カーヴを切った所で、
  今度は逆に後ろだったほうが頭になって進む、という事だと了解。

  それで昔TVニュースで見て記憶していた、
  街中の直角のカーヴを長い潜水艦が見事に曲がった時は、
  真夜中にも関わらず集まっていた大見物人から大きな拍手が起こった!
  というのも、納得した次第。・・今更ですが、ははは。
   
  トレーラーのタイヤがそれぞれに動き、潜水艦がかなりトレーラー本体から
  乗り出す、外れた感じに見える場面が幾つかあり、見ていてハラハラしたり、
  ははは、 ・・shinkaiは、こんなの見るのが大好き!!
  
  でも、やはりロマンでしょ?! 
  引退潜水艦が陸の上を、しかもミラノの街中を行く、なんてね。





  という事で現在は、
  ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館に収蔵され、
  余生を送る、イタリアの戦後初の造船、英雄名を冠された
  エンリコ・トーティ潜水艦の姿を。

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24-Enrico_Toti_Matricola_GF.jpg




  内部は大変狭いそうで、上が内部、下が魚雷の制御器。
  現在は内部見学も出来と

25-Enrico_Toti_(S_506)_interior_GF_GF.jpg

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  喋りっぱなしのヴィデオですが、内部の様子もちょっぴり見れるので、
  お暇な方どうぞ。 はは。




  と云うような、英雄と潜水艦、そしてその運搬のお話しでしたぁ。

27--Museo_della_scienza_e_tecnica_sottomarino_toti_GF.jpg

  いつかミラノで時間が取れる時は、博物館にトーティに会いに、
  まだ実際には見たことがない潜水艦内部も見たいもの!



◆ おまけ ◆
  トーティの運搬を請け負ったファジョーリという会社は、
  大物重量級運搬専門のようで、
  ヴェネツィアの大運河に掛かる第4の橋、ピアッツァ・ローマ前の
  橋の橋桁を運んだのもこの会社で、ヴィデオが見つかりました。

  大運河の南、デッラ・サルーテ聖堂の前から入り、アッカデミア橋、
  リアルト橋、そして駅前のスカルツィ橋を潜り、現場に到着し、
  橋桁を繋いでいく様子が見れます。

   

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