・ n.2 チェルタルド ・ ボッカッチョの故郷 博物館 城 結婚式


 先回からご覧頂いているトスカーナ州チェルタルド・Certaldo.
 麓に広がる現在の町の高台に、エトルスクの時代からの移殖地という
 長い歴史を持ち、中世からの建物がそのまま残っていて、

 そして14世紀のイタリアの大古典作家の1人、「デカメロン」を遺した
 ジョヴァンニ・ボッカッチョ・Giovanni Boccaccioの故郷でもある町
 なのですね。


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 今回は町の散策の様子をご覧頂きながら、坂道の途中にあった教会、
 小さな広場の奥の博物館の様子、そして結婚式でごった返す
 プレトーリオ宮の前庭を通り、いよいよ内部の見学に、をどうぞ!

 上の写真は、ボッカッチョの家の博物館を出て、坂道をプレトーリオ宮迄
 上って来て、振り返った所。
 目抜きのヴィア・ボッカッチョ通りの両脇に立ち並ぶ古い家々の感じが
 お分かりでしょうか?
 塔が幾つも見えますが、かっての時代の防御を兼ねた住宅でもあったのですね。


 右側の高い塔の奥側、あそこがボッカッチョの家博物館の塔で、
 上で我が友人mkちゃんがスケッチをしているのが見えます。




 プレトーリオ宮の前が道がT字型になり、小さな広場になり、
 一帯を古い建物が囲んでいますが、

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 まだプレトーリオ宮内は結婚式が済んでおらず、入れませんので、
 写真の一番左に見える通り、
 この一帯に集落ができ始めた当初からの一番古いリヴェッリーノ通り・
 Via del Rivallinoを行って見ます。

 壁に落ちる街灯の影。

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 壁の煉瓦の新しい部分と古い部分が見えますが、これは第2次大戦の
 爆撃でかなりやられた様子で、その修復の後なのですね。




 道は緩やかに下り坂で、古い道を猫ちゃんが急いで通り・・。

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 道の突き当りに古い町の門があり、そこを左に曲がりこんでいくと、
 町の中心通りの裏側に当たる部分に出て、

 古い造りのままの家々が並び、向こうにボッカッチョ通りの塔や鐘楼の先が。

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 ゆっくりと眺めながら進むと、雑木林の中にこんな小屋も見え、

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 これは町の南側の城壁沿いで、右に見える門がソーレ門・Porta al Soleで、
 一番左端が既にこの高台の町の西はずれに当たります。

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 ソーレ門はかっての中心的な門で、太陽門と呼ばれるのは南に面しているからで、
 上記したリヴェッリーノ門と共に南に向かう、から来る、門だったのですね。
 門の上はパトロール道も付いているのが見えますが、
 上に見える紋はメディチ家の6つ玉紋というので、(手振れご容赦!)
 このチェルタルドの町がフィレンツェの下に下って以降の物なのでしょう。




 こちらは城壁沿いの外の道に出て、近くまで行った所から見た門。

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 最初に下って来たリヴェッリーノ通りに戻り、ゆっくりとプレトーリオ宮の方に。
 共同の洗濯場の跡も見ながら行き、
 咲き乱れる窓べの花。

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 そして、古い道端に残る家の扉。

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 プレトーリオ宮が奥に見えた来た辺り、左に見える塔の家は13世紀の
 ルカルデージ・Lucardesiの塔。

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 これよりも坂道の下に幾つかの塔が残っていて、この通りが町で一番古い、
 というのも頷けます。




 まだ時間が早いので、ボッカッチョ通りを行き、中ほど右側にある教会、
 サンティ・ヤコポ・エ・フィリッポ・SS Jacopo e Filippo辺りに。
 ロマネスク様式の多分建設は12世紀の末とみられると。

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 shinkaiは中に入りませんでしたので、サイトからの内部の写真を。
 大変簡素なもので、ここに見える以外にもかなりの絵画装飾もあるようですが、

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 ここにはボッカッチョのお墓の碑が、見廊中央の通りにあるそうですが、
 ボッカッチョに敬意を表しての物で、19世紀から20世紀初めの物だそう。




 でshinkaiめは、この教会前の広場の奥にある、アゴスティーノ派の修道院
 でもあった、現在は聖美術博物館・Museo di arte sacraに。

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 回廊の円柱はこんな風に煉瓦を積み重ねたもので、それでも柱頭には
 中世風の質素な飾りも見られ、

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 この聖美術博物館の収蔵品がなかなかに素晴らしいものがあり!
 とりわけこの絵画部門ですが、

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 他に聖遺物類とか、祭祀の際の衣類とか、あれこれ・・。




 で地下にこんな部屋があり、かっての救急病院でもあった様子で覗きに。
 写真ではかなり明るく見えますが、実際にはたいへん暗くて、
 目に故障を持つshinkaiにはちょっと薄気味悪い位で、他の写真は手振れ!

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 で、隅に黒い衣装に黒頭巾(顔もすっぽり)の人形があったのですね、
 病人を運んでくる輿のようなものと一緒だったと思うのですが、
 暗い中にそれが見えた時、ぎゃぉえ~という感じで、ははは。

 出て来てから切符売り場のお兄ちゃんに、あの黒い衣装の人物は何?
 と聞きましたら、やはりかって緊急病人の運搬に当たっていた人々の衣服で、
 なぜ顔が見えないようになっているのかというと、
 運ばれて来た人が助からなかった場合など、お前が殺したんだろう、という
 親族の追及から逃れるために顔を隠していたのだと・・。

 で、確かフィレンツェの緊急移送に携わっているボランティアの服装が、
 現在もこんな黒子風だったのを思い出したのでした。




 陽の当たる外に出てきてホッと一息! ははは。
 細い坂道の間から、遥かに下の町が見えます。

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 再びプレトーリオ宮の前に戻ります。
 午前中この上の広場では何やら文学の授賞式のようなものが開催中で、
 たくさんの人々が集まり、挨拶やら拍手やら聞こえていましたが、

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 ちょうど結婚式が済み、出て来た新婚カップルを囲み、皆賑やかにお祝いを。

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 嬉しがりshinkaiは花嫁の左腕の刺青に喜び、ははは、
 そう、花嫁のお名前はアレッシアさん・Alessia。
 で、下右の見えない部分も後程見えましたので、お楽しみに、へへ。




 集まった中にいたワンちゃんも、ちゃんと結婚式にふさわしくリボンをつけて貰い、

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 でもね、このワンちゃん、ちょうど出会ったmkちゃんの話では、
 後ろの新婚カップル用の大きな黒塗り車のタイヤにおしっこをかけたそうで!
 連れていたシニョーレに怒られていたよ、って、ははは。




 結婚式も済んだし、ではプレトーリオ宮の見学OKね、という事で入ります。

 外壁に見えた彩豊かな紋章飾りも見事でしたが、内部はなお一層素晴らしく、
 この「キリストの復活」は入り口の間だったと思いますが、

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 とにかく壁一面、様々な紋章で埋めつくされ! 

 最初にこのプレトーリオ宮が建設されたのは、伯爵アルベルト家が領主として
 フェデリコ・バルバロッサに叙任された12世紀で、当時は居城でもあったのが、
 フィレンツェとの抗争が続き、徐々に力が縮小され、13世紀にはついにその下に下り、
 このプレトーリオ宮は代々の代理執政官の事務所、住居となります。

 チェルタルドは、下の平野を通るフランチージェナ街道・Via Francigena、
 中世の北の国々とローマとを結ぶ巡礼の道でもあり、通商道でもあった
 このフランチェージナ街道からの通行税の取り立て、
 そしてそれ以前からの農産物でも豊かだったのが徐々に町が栄える元となり、
 15世紀にはこの町の繁栄の頂点に達したと言われます。

 そしてこの一帯の司法の中心地ともなり、常に政治の中心でもあったのが、
 これがこのプレトーリオ宮の壁、天井を埋め尽くす紋章の数々なのですが、

 17世紀になり徐々に力を失い、ついに1789年には停止となり、
 これ以降この町の凋落が始まったのだそう。

 が、これはまた次回のご説明に。




 これは礼拝堂と思われますが、通常は代理執政官たちの私的な礼拝堂であり、
 そして死刑判決を受けた罪人たちの最後を過ごす部屋でもあったと。

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 この最後の夜には、上記した現在の聖美術博物館にかって併設されていた
 病院部門の信者会員たちが(あの黒い衣装の)付き添ったのだそう!




 今回プレトーリオ宮の内部説明をあれこれ読みながら、きちんと見ていなかった
 様々な事に気が付き、とても残念な気持ちなのですが・・!

 というのも、内部見学よりももっとわぁ~お!というのを見まして、

 この中庭なのです!!

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 皆さんに見て頂いて分かりやすいように、と写真の明暗を調節していますから、
 最初に一瞥した時の驚きの凄さが少し減るかもですが、

 この光と影に彩られた中庭の素晴らしさ、迫力は、本当に圧巻だったのです!!
 やはり数々の紋章が壁に埋め込まれ、屋根のある井戸があり・・。
 その見事さに驚きのため息が出たのでした。
 少しでもお伝えできると嬉しいのですが・・。

 という所で、また次回のご案内に続きます。



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