・ オルサンミケーレ教会 ・ フィレンツェ


 今日のご案内は、ルネッサンスは花の都フィレンツェの
 オルサンミケーレ教会・Orsanmicheleを。

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 フィレンツェの旧市街の中心、花のサンタ・マリーア大聖堂横すぐから 
 南に向けて抜けるカルツァイオーリ通り・Via dei Calzaioliを行くと、
 ヴェッキオ宮・Palazzo Vecchioのあるシニョリーア広場よりも手前の、
 右手にある大きな四角い建物で、 
 一見あまり教会らしくない、でも大変美しい装飾の教会。

 1階部分には、大きな3連の窓と、周囲を全部で14のニッキ・壁龕の聖人像と、
 それらの聖人を守護聖人とする各職人組合のシンボルを描いた彩色陶板が
 囲み、
 2階、3階部分には2連の窓が囲む四角い建物で、
 1階部分が教会で、2,3階部分は博物館になっているそうで、
 shinkaiはまだ博物館は見た事がありません。

 クーポラの上からの街の眺めの写真を整理していた時に、この大きな建物の
 屋根に気が付き、博物館もあるのを知り、それ以来いつか、と気になっており、
 以前に撮っていた写真も見直して、改めてあれこれ調べたのでした。




 上の写真で見える右側がカルツァイオーロ通りに面したいわば正面で、

 その真ん中にある上部の円形陶板はフィレンツェのシンボルの百合の花。
 陶板は残っている殆どが、デッラ・ロッビア工房の物で、
 この写真は以前に撮っていた朝日の当たる、お気に入り。

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 市の商人達の裁判所の円形メダルの下の壁龕には、ヴェロッキオ作の
 疑いを持つサン・トンマーゾが、キリストの胸の傷に触ろうとする姿が。




 という所で、まず最初にオルサン・ミケーレ教会の平面図をどうぞ。
 上側がカルツァイオーロ通りで、上でご覧頂いた部分は中央部分で、
 全体の壁龕の聖人たちの名前も分かりますね。

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 入口の印が隣にありますが、下側の入り口からも入れます。

 で、この図の左下に、主柱の中をくり抜いた様な形が見えますが、
 この位置に、というのをご記憶に。




 到底全部はご紹介できず、shinkaiは自分の好きなのを撮っていますので、
 へへ、こちらは建物北側の通りを入って来ての3番目と4番目の部分。
 3番目左のニッキの上には、斧のシンボルが見えますが、これは石工と木工職人の
 組合のシンボルで、

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 4人の聖人は3世紀頃の石工木工の親方たちで、殉教した方たちと。

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 で、下にある裳裾というのか、この右に木工職人、左に石工職人、
 を表した小さい浮彫がお気に入りですが、

 あ、そうそう、これらの聖人たちの像はすべてコピーでして、
 本物はこの建物の上の博物館に収まっているそうでして、
 後程上の博物館に行く方法も。




 そしてその横にある、ドナテッロのサン・ジョルジョ像。
 これは高校の美術教室の横に収められていて、デッサンをした、させられたので
 何となく昔からの知り合いのような、ははは、像でして、

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 今回これがどの職人組合の物なのか、古い写真から探したのがこれ。
 というのも、ウィキの説明では組合名がCorazzaiとあり、ここだけ記事が無く、
 でもこの裳裾部分は明らかにサン・ジョルジョがドラゴン退治の場面で、
 両横に甲冑が見えますね。 それで、ああ、甲冑造りの職人たちなんだ、と。

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 これらのニッキ・壁龕の聖人像たちは、フィレンツェの各職業組合が
 それぞれの守護聖人像を彫らせ、ここに取り付けたという事なのですが、

 最初に市にこの申し込みをしたのが、1359年の絹の組合、と言っても単に
 絹織物に限らず、商人、貴金属の細工師、帽子、靴下、胴着などなども
 含まれる大きな組合だった様子で、

 申請が通ったのが5年後の1404年で、既にいくつかの組合は準備を
 済ませていたり、どこにどの組合の物が来るか、とかの討議も勿論あり!
 まだの所は10年以内にというお達しにもかかわらず、実際はかなりの年月が。

 ご覧の様に、これらの聖人像を造った彫刻家たちの内には、
 サン・ジョルジョ像の様にドナテッロがあり、最初に名の出たヴェロッキオや、
 他にブルネッレスキ、ギベルティ、ナンニ・ディ・バンコなどの名も挙がります。

 大概の像は建物上の博物館に収蔵されていますが、
 このサン・ジョルジョ像は、バルジェッロ博物館に。




 そしてこのオルサンミケーレ教会の向こう側には、ラーナ組合、羊毛組合の
 建物があり、

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 間の道をぐるっと回って来た南側からの眺めで、2つの建物の間にアーチ型の
 橋が架かっているのが見えますね。 この橋は16世紀後半の物。
 これが現在オルサンミケーレ博物館、2階に上がる時に使われている橋で、
 入口は羊毛組合の左側が入り口になっているそう。

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 shinkaiは気を付けて見なかったのと、この写真の部分はかなり擦り減って 
 分かりにくいですが、壁龕の上に見える横線、
 ここには麦の穂と葡萄の枝が彫られているのだそうで、なぜかは後程に。




 で、端に見える聖人は、ヴェネツィアでお馴染みの、はは、サン・マルコ像で、
 こちらもドナテッラ作で、ちゃんと有翼のライオン君がお供を。

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 どの組合のかと思いましたら、麻織物、その商人、そして古物商の組合と。




 そして最後のご紹介は南側の壁カルツァイオーロ通りからだと2番目、
 サン・マルコの次の次の「薔薇の聖母・マドンナ・デッラ・ローザ」と呼ばれる
 美しい聖母子像。

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 で、上にはやはりデッラ・ロッビア工房の聖母子像で、
 これらは薬と香辛料の組合の物。




 これがどの聖人像の裳裾の物か覚えておらず、見つけられませんでしたが、
 どなたか聖人の斬首場面!、というようなのもありますです。

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 という事で、いよいよ内部に入って頂きますが、
 たくさんの観光客がいて、すっきりの内部写真はサイトから拝借を。

 ご覧の様にちょっと普通の教会の内陣、祭壇、後陣という形とは違い、
 長方形の建物の内部の真ん中に角柱が2本あり、2廊式になっていて、
 その右側にオルカーニャ作の素晴らしい礼拝壇があり、
 左側にも小さめの像のある礼拝壇が。

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 という所で、この教会の生まれ、由来ですが、あまりにも有名なので
 ご存知の方もたくさんおいでとは思いますが、

 この教会の名前オルサンミケーレ・Orsanmicheleというのは、
 元がSan Michele in Orto・サン・ミケーレ・イン・オルトから来ていて、
 オルトは菜園の事で、当時ここに女子修道院があり、その畑、菜園が広がり、
 その礼拝堂でサン・ミケーレを祀っていたのだそう。

 1240年頃教会が潰され、穀物蔵のロッジャが1290年に建設されたのが、
 1304年の火事で大きな損害を受け、再建設が1337~1350年にされ、
 これが現在の形になるのだそう。

 穀類の市、としてのロッジャが続きますが、もともとが教会であった事が
 やはり忘れられておらず、ついに15世紀になって元の教会に戻り、
 というので、このちょっと異質な教会の建物なのですね。

 上のサン・マルコ像の壁龕の所で書きました、壁龕の上の横の線に
 麦の穂と葡萄が彫りこまれている、というのも、こういう訳なのです。
 そうそう、葡萄というのは、ワインも貯蔵されていたからと。

 それにしても、今のフィレンツェの一番の目抜き通りの位置、
 それが当時は広い菜園が広がっていた、というのも愉快ですね!




 そしてこちらがオルカーニャ・L'Orcagna作の大理石の素晴らしい礼拝壇に
 納まったベルナルド・ダッディ・Bernardo Daddiの聖母子と諸聖人の
 黄金背景のテンペラ画。

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 ベルナルド・ダッディの祭壇画は、もともとあった祭壇画が1304年の
 火事で被害を受けたので取り換える為の物で、1347年頃から取り掛かり、
 1349年のペストの流行での中断があり、1360年から再度取り掛かり、
 1366年ごろの完成かと。

 オルカーニャの大理石の礼拝壇は、1359年に注文を受け、
 どうやら出来上がったのが1386年頃と。

 とにかくどちらも素晴らしい作品で、本当に綺麗、美しい!!




 これは礼拝壇の上の天井のフレスコ画。

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 礼拝壇の細部が見えますが、肝心の撮ったつもりの、ははは、
 周囲に立つ天使像がピンぼけ・・!

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 天井の交差アーチと壁画、

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 そして左側の祭壇にある、聖母子と聖アンナ像。

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 聖アンナという方は聖母の母、つまりキリストの祖母になる方で、
 毎年の7月26日がこの聖アンナの日と、カトリックのカレンダーに
 定められていますが、

 1343年の7月26日にフィレンツエから、専制的なアテネ公国の
 グアルティエーリ6世・ディ・ブリエンネというのが追放され、
 市民にとってはホッとした日なんだそうで、
 ・・と、読んだ言葉を並べていますが、チンプンカンプン!
 で、その感謝を込めて、ここに聖アンナ像があるのだそう、で~す。




 天井と、柱のフレスコ画装飾、

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 外側からは単純に窓の形しか見えないのですが、中から見るステンドグラスは
 色とりどりで本当に美しいのです。
 そして壁の隅から隅まで装飾が施されているのも見えます。

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 所で、これはサイトから拝借の写真で見て頂く、内部の左端にあるという、
 かっての建物の様子を残す、
 上の貯蔵所から投げ下ろされた小麦の受け取り口なんですって!
 次回のチャンスにはしっかり探して見ないとね。

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 こちらが表向かいにある羊毛組合の建物から入り、連絡の橋を渡って入る
 オルサンミケーレ博物館の、2階と3階の展示室。
 壁壇に収まっている聖人像の本物がこちらにあるわけですね。

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 黒い像がある、見えるのは、像が黒ずんできたのをブロンズ像の様に
 見せるために黒く塗ったのだそうで、・・何をかいわんや!

 で、この高さからだと、実際かなり高いのは、ひょこっと飛び出している
 街のパノラマが楽しめるのではないかと!
 そう思って写真を探しましたが、皆さん真面目なのか、残念、見つからず・・!


 オルサンミケーレ教会は毎日10時から17時までオープンしていますが、
 こちら博物館は月曜のみの、10時から17時、
 予定を合わせてお出かけ下さいね。

 ああ、次のフィレンツェ行きはいつになるかなぁ・・!!




 最後は、なかなか上まで撮った写真が無いので、
 夜間の写真でどうぞ。

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 以前のフィレンツェのご案内は



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