・ n.2 ベルガモ行き 世界遺産の街 ・ まぐさ市場~コッレオーニ礼拝堂

先回は突然の日本行きの件で、始めていたベルガモ行きの様子が中断しましたが、
お陰様で引きかけていた風邪も何とか大丈夫となりましたし、
1週間途絶えていたお絵描きもやみくもに再開し、夕方には草臥れ果て、
夕食の後は即ベッド行きの日が続いていたのですが、そんないわば禁断症状からも
無事抜け出し、以前の通りの平常生活の様子となりました。

お陰さまです、有難うございました! 今後ともよろしくお願いいたします。

で、今回はベルガモ・Bergamoの2回目、元のフランチェスコ修道院、地図13の
ベルガモ歴史博物館から、南にある「まぐさ市場・メルカート・デル・フィエーノ・
Mercato del Fieno」に。

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広場の周囲を取り囲む建物類は時代を示す古い家並なのですが、とりわけこの北側に
3つ並んだ塔の建物はひと際目を引きます。

高台に町が開け、周囲を城壁で取り囲み一層要塞化されると、増える住民たちの家を
確保する為にどうしても高くならざるを得ず、という所で、
右が4階までの様ですが、真ん中の塔に至ってはひょっとして6階か、7階にも
なったのではないかと!



町の地図をもう一度どうぞ。
下真ん中の太い緑線で囲った、ケーブルカーの駅から14の要塞へ、そして13の歴史博物館
迄を先回ご案内しましたが、13の前の左側に付けた緑の点2つが「まぐさ市場」の位置で、

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7の横に見える高い塔の横を通り、2、3、4、1辺り、ベルガモ・アルタの中心地に向かいます。



道はずっとこういった丸石舗装の、写真素材には良くとも、はは、歩きにくい道が続き、

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「まぐさ市場」は一旦建物でくびれ、また隣の広場に続きます。
左奥に見える高い塔が地図7にある塔で、道は少し上り道に。

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道の十字路、見事に十字が決まっているでしょう?! ここがローマ期の縦横碁盤目の
道が残っている所なのだそうで、直線が向こう側ヴィア・サン・ロレンツォ・
Via San Lorenzo、手前側がヴィア・ゴンビト・Via Gombitoで、左右に横切るのが
ヴィア・マーリオ・ルーポ・Via Mario Lupo.

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右側に見えるのが、



この高い塔で、トッレ・デル・ゴンビトと呼ばれ、現在はここに町のインフォメーションが。

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12世紀に建設の、この古い町の中世には中心であった通りの角で、名前のゴンビトの
由来はラテン語で十字路、ベルガモ訛りでゴーミト・gomito、肘の意味になるのだそう。

幾世紀にも渡る間に塔の所有者はたくさん変わったそうですが、常の塔の様に
所有者の名で知られるのではなく、存在する通りの名に関してが通称となっている、
というのも、もともとが町の重要な位置にあったからなのでしょうね。

かって町には30以上もの貴族の持つ塔があったそうで、勿論闘争防御の為で、現在の
高さ51,6m、元は64mあったのが19世紀に倒壊の危険から切り取られたそう。
19世紀に街に贈られ、長い修復の後2010年から一般公開されていて、
263段の石段を上ると、街で一番高い塔の上からの眺めが楽しめるそうで~す。



こちらがマーリオ・ルーポ通りの上り坂で、一番上に張り出して見える半円筒形が、
現在のベルガモのドゥオーモの後陣部。

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ちょうどこの4つ辻の所、高い家並が取り囲み、小さな広場は陰になるのですけど、
その分、こんな風にフレスコ画の残る2階の窓に、向かい側の空が煌いて映り込み・・。

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街のドゥオーモ、中心広場に続くマーリオ・ルーポ通りの家並。

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ゴンビトの塔の隣、少し高くなった所にかっての共同洗濯場・ラバトイオがあり、

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既に今は使われてはおらずですが、街のシンボルの一つ、観光の目玉となっている、
大理石の2列になった槽が並び、屋根も鉄薄板のリバティー風のモダンな物。

かって19世紀末にあった古い水道施設が老朽化し、1884年にチフスが蔓延した時に
新しい水道施設にすると共に、1891年衛生的な共同洗濯場を設けたのだそう。




さて坂道を上り切り、この半円の後陣部を回り込むと、

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こんな風に、サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の素晴らしい後陣部と鐘楼が見え、

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右側に続く長い壁が、街のドゥオーモの脇壁である事などまるで頭に浮かばず、はは、
早く前に進みたいばかりで、ガイドさんが説明している前を一応遠慮姿勢であちこちと!

後陣手前に見えるのは、確か貯水槽と。



奥のこんなくびれた小路を右に抜けると、

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サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の脇入り口があり、 右奥に見えるのは洗礼堂。

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正面に回ってくると、美しい聖堂主入り口の柱廊式玄関・プローティロがあり、1353年、
一番下の円柱の下にいるライオン像、ヴェローナ産の赤い大理石のライオン像に因み、
レオーニ・ロッシの扉・Porta dei Leoni rossi と呼ばれ、
その横にコッレオーニ礼拝堂が並びます。

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この入り口はドゥオーモ広場に面している、聖堂の左脇の位置ですが、常の正面入り口側に
司教館があるので、ここが主の入り口役をしていて、南西側にもう一つの入り口が。



柱廊式玄関は3層になっていて、一番上に真ん中に聖母子像と、サンテステーリア・
Sant'Esteriaとサンタ・グレータ・Santa Greta.

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中の層、中央に騎馬像のサンタレッサンドロ・Sant'Alessandoro、ベルガモの守護聖人、
そしてサン・バルナバ・San Barnabaと、サン・ヴィンチェンツォ・San Vincenzo
またはサン・プロイエッティツィオ・San Proiettizio だそう。

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下の天蓋部分の天井と円柱飾りの様子。

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一番下の両脇の円柱を支える、ヴェローナ産大理石のライオン像。 口元などかなり
擦り減り、お尻も長年さすられたかで、赤い色が良く見える様に!

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このサンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の内部も午後拝見し、外側のロマネスク様式
とはまるで違う、デコデコのバロック様式になっているのに驚きましたが、
これは次回にご覧頂きますね。



で、今回とても楽しみにしていた、「コッレオーニの礼拝堂・La Cappella Colleoni」.
写真も勿論自分が撮ったのがあるのですが、買って戻ったパンフレットに素晴らしく美しい、
光線を上手く使い、浮彫具合が良く分かるのがありましたので、それをご覧下さいね。

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このコッレオーニの礼拝堂と呼ばれる霊廟は、当時ベルガモの領主であった
バルトロメーオ・コッレオーニ・Bartolomeo Colleoni(1395-1475)が自分と娘の
霊廟とし、聖バルトロメーオ、聖マルコ、そして洗礼者ヨハネに捧げた礼拝堂として、

1472年から1476年にかけ、つまり彼の晩年に建設にかかりますが、亡くなった後も次々と
豪華な装飾を重ね、ジョヴァンニ・アントーニオ・アマデーオ・Giovanni Antonio Amadeo
の設計によるルネッサンス様式の素晴らしい傑作と言われる物。



四角な建築物の上部には、八角形の丸天井部分が重なり、

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正面の菱形の装飾は白と赤、黒の大理石、真ん中に薔薇窓があり、

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「幸運の輪」を現す薔薇窓の、周囲の細やかな装飾にも目を見張ります。

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これは薔薇窓の上部の左右にあるメダルの中の人物像で、シーザーと、こちら右は
トライアヌス帝だそうで、傭兵隊長として成功した彼の目指す人物でもあったでしょうか。

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それにしてもこの人物像の表現、首がぐっと長く大変モダンな感覚の物で、後世に
加えられたものにせよ、この礼拝堂の不思議さにも思えます。



さて内部は写真禁止でしたので、買って戻ったパンフレットの写真でどうぞ。

正面入り口を入ると四角な部屋があり、その真正面上部にコッレオーニの騎馬像の姿、
木製に金を塗ったもので、礼拝堂の中で一際目を引く素晴らしい物で、
この写真を撮れずにパンフレットを買ったのでしたぁ。

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騎馬像の下に見える石棺にはバルトロメーオの遺骸はなく、どこに?とあれこれ憶測が
あったようですが、1969年11月21日に、床下に安置されていたのが見つかっています。



これは正面に向かっての左手の壁にある、お気に入りの娘メデーア・Medeaの廟で、
1470年3月16日15歳没、と言うと、バルトロメーオが60歳の庶出の娘だった様ですが、
如何にも清らかな優しい少女だった様子が窺えます。
 
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こちらは礼拝堂の右に張り出した祭壇部分。

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そして霊廟部の天井の装飾で、1732年から33年にかけては
ジャンバッティスタ・ティエポロ・Gianbattista Tiepoloも加わっての物で、

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バルトロメーオが如何に豪華な霊廟を望んだかが良く分かる建築物に。



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所でこのバルトロメーオ・コッレオーニなる傭兵隊長ですが、ベルガモ近郊の生まれで、
既に彼の生まれた当時一帯では名の通った家柄、傭兵隊長の家系だった様子で、
ソルツァ・Solzaの城で生まれています。

が彼が9歳の時に父親パオロは従弟たちに殺害され、幼い時から苦労し、とはいえ、
14,5歳の騎士見習いから始めた軍事の仕事でメキメキ頭角を現し、遂には
ヴェネツィア共和国に雇われ働く様になり、後一時ヴィスコンティ家でも働いたものの、
やはりヴェネツィアの元に。

名声と共に大変豊かにもなり、遂には10万ドゥカーティを寄贈する代償に
サン・マルコ広場に自分の騎馬像を、と要求するまでになりますが、
ヴェネツィア政府は上手く丸め込み、同じくサン・マルコの名前を持つ
「スクオーラ・グランデ・ディ・サン・マルコ」の本部がある
カンポ・サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ広場に設置する事に。

この広場に、かのレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠ヴェロッキオ作の
「コッレオーニ将軍騎馬像」があるのは皆さんも良くご存知の事と。


所で「コッレオーニ・Colleoni」という姓ですが、もともと一族の姓であり、
コリオーネ・Coglioneと名乗っていた事もあり、これはまさに、ええとです、
お玉ちゃんの事でして、へへ、

彼はこの姓を大変誇りにし、兵たちにも戦の際に怒鳴らせ、敵を恐れさせたり、
複数系にしてCoglioniとなると、バカとか間抜けの意味にもなるのですが、

彼バルトロメーオはお玉を3つ持っていた、という事でして、はぁ、

礼拝堂の前面にある鉄柵には彼の家紋がはめ込まれているのですが、
家紋には3つのお玉と、上にある百合の花はアンジュー家の百合で、

お玉ちゃんの部分が「幸運を運ぶ」と皆に撫でられ、ピカピカに光っていて! あはは。

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こちらは前に位置するベルガモの街のドゥオーモですが、この様に改装され新しい正面で、
正面の石段には遠足の中学生たちがたむろし、

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その横には一階部分がロッジャになったラジョーネ宮・Palazzo della Ragione、
かっての政治の中心、があり、左に見えるアーチを潜るとベルガモ・アルタの
中心にあるベッキア広場・Piazza Vecchiaに抜けます。

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ヴェッキア広場側から見る、トッレ・チーヴィカ・市塔への上り階段と、塔。

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そしてヴェッキア広場の真ん中にある泉、コンタリーニの泉・Fontana Contarini.
周囲を鎖をくわえたライオン像と、ぐるっと巻き付く、何の動物かな、に
取り囲まれたスフィンクス。

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ラジョーネ宮に向かい合う形の白い大きな建物は、市の図書館アンジェロ・メイ。

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で最後は、ちょっと駆け足になりましたが、広場の石畳に映るカフェの席を。

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という事で、もう一度次回、ベルガモのn.3を続けま~す。


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