・ n.3 ベルガモ行き 世界遺産の街 ・ S.M.マッジョーレ聖堂~下の街に

ベルガモのご案内3回目、今回は上の町・アルタのヴェッキア広場から、
先回後陣の外側や、入り口のプローティロ・柱廊式玄関を見て頂いた
サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂の内部、そして下の街に歩いて下りつつ見た
古い教会2つなどをご覧下さいね。

まずはベルガモ・アルタの中心にあるヴェッキア広場を、サイトから拝借の
全体が見える様子を。

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ラジョーネ宮側から見ていて、向こうよりの位置にコンタリーニの泉があり、
奥正面に見えるのが、市の図書館アンジェロ・メイ。

この広場では様々は催しが行われる様子で、サイトで見ると、広場全体が
緑の植木や芝で埋められたりの写真も見えました。



図書館の建物は18世紀、ヴィンチェンツォ・スカモッツィ・Vincenzo Scamozziの
設計で、名前が冠されているアンジェロ・メイ・Angelo Maiは枢機卿の名と。

スカモッツィはヴェネト一帯に様々な著名な建築物を残したアンドレア・パッラーデオ・
Andrea Palladioの跡を継ぎヴィチェンツァのテアトロ・オリンピコを完成させた事でも
有名ですが、建築に関しての著作でも知られている様子。

1階の広場に面した部分はポルティチになっていて、昼食後の一時を過ごす人々でいっぱい。

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こちら側から見る正面のラジョーネ宮、一階のロッジャ部分を通して背後にある
コッレオーニの礼拝堂が見えますが、

正面アーチ3つの左側、2つ目のアーチとの間に見える白い石像は、

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こちら、16世紀の詩人トルクワート・タッソ・Torquato Tasso(1544-1595)だそうで、

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彼はソッレントで生まれローマで亡くなっているのですけど、彼の家系は
元々ベルガモ出身の貴族なんだそうで、この広場のすぐ彼の像の横にある15世紀からの
カフェ・デル・タッソの名も彼に捧げられたものと。

カフェ・デル・タッソで我らはカフェとオルゾを立ち飲みして出て来ましたが、
奥に部屋もあり、広場にもテーブル椅子があり、食事もできる様子で、




さて、午後2時半には約束があるので、昼食後2時20分には必ず泉の所に集合するように、
という事で見学に向かったのが、

サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂で、コッレオーニ礼拝堂横の柱廊玄関から入ります。

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入っての驚きが、今まで見た後陣や柱廊玄関ののロマネスクとは打って変わった
バロック様式で!

左に少し見える濃い茶の部分が玄関入り口の内部ですが、その横の壁辺りに残る
フレスコ画部分位が、残ったほんの少しの古い部分で、

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こちらが玄関内部の上部分で、絵も像も壁装飾もこれでもか、という様なバロック式で。

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こちらが天井部で、元々の聖堂は12世紀からの物が17世紀に大幅に改装されたのだそう。

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で、我らは脇の扉から入り、そこから広い幅で真っ直ぐに、左手に祭壇部、右手に身廊部
の間を抜ける空間があるので、なぜか位置感覚が一瞬おかしくなったのでしたが、

こちらが内陣、後陣に向っての身廊の位置からで、

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今中央に人が立っている両側に2つづつ赤く見える部分がある位置をご記憶に。



内陣と後陣上部の装飾と、手前に天蓋式に覆われた中に十字のキリスト像。

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後陣のマリアの姿と、キンキラの装飾!

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そしてクーポラ・大屋根の内部装飾。 中央の図は聖母被昇天ですね。

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普通は丸天井で内部も丸い形が多いのですが、写真を確かめて見ましたら、
ここの大屋根部分はやはり四角く2重になっているのが分かりました。



中央祭壇の両脇に、この形の説教壇があり、

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その上にぐるっと綴れ織りで飾られたパイプ・オルガン席があり、下が合唱隊席と。
この綴れ織りは古そうですね。

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そして17世紀末作の十字架のキリスト像。 肋骨や、脚の傷跡などかなり生々しい表現で。

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こちらが上に表記した、内陣との境を仕切る囲い、合唱席でもあると思うのですが、
その下の板壁部分が左右に2つづつ、4枚あり、

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普段はこんな図柄の、木製象嵌と言ったら良いのか、各種木材の色を使ってのはめ木細工
になっていて、このデザインがロレンツォ・ロット・Lorenzo Lottoなんだそう。

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上にかかっている4枚はいつも見れる図なのが、外すと旧約聖書の逸話が描かれていて、
ユダヤの民のエジプト脱出の際の、モゼの紅海を渡る図。

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 映画「十戒」での見せ場、だ~つと海が割れ、こちら側には渡り切った民がいて、
中程に海が元に戻り溺れる兵士たち。右手の突き出した岩の上で祈るモゼが見えますか?



こちらは大洪水のノアの箱舟。 右手に並んで箱舟に入って行く動物たちが見え、
左に荒れる海を漂う箱舟、中央上の雲の中から指し示す神かな、下に祈るノア。

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私はノアの箱舟のお話、多種多様のたくさんの動物たちが箱舟の中でどうやったんだろう、
喧嘩したり、食べたり、また排泄はどうしたんだろう、と半ば本気で心配していたのが、
はは、ラッセル・クローの半分SF映画の中で、薬草を燃やして眠らす場面があって、
そうなのか、と何とか説明を頂いたようで安心したのでした、はい、素直でして!



ユディスとホロフェルネス。 ホロフェルネスの率いる軍に囲まれたベツリアの町の
ユディットが、ホロフェルネスに攻略方法を教えると近づき、彼女の美貌に惹かれた彼が
酔いつぶれるのを待ち構え、召使と共に首を切り落とした、という場面。

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ダヴィデとゴリーア。 中央まだ子供みたいなダヴィデがパチンコでゴリーアの額を
石で打ち、左で倒れたゴリーアの上に跨り剣を振るい、首を落とす場面。

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中央の館の中が大変に遠近感が強く出ていて、ここだけ本当に飛び出している様に
見えますね。
ロレンツォ・ロットという画家は、構図をちょっと一ひねりするというか、少し突飛にも
見える作品がありますが、これらが彼のデザインというのは、大きな動きとか、如何にも
その場面を想像させる背後の様子とかで、大いに納得できる気がします。

1522年から1555年にかけての作品なんだそうで、はめ込み細工師の
ジョヴァンニ・フランチェスコ・カポフェッリ・Giovan Francesco Capoferriの名が
挙ります。

何種類もの木肌の色を使う訳ですが、ぼかしとか景色の深さなどを現すには、
つまり1片の中での変化が欲しい時には草を煎じたり(液に浸すのかな?)、
砂を熱くしたものを使うのだそう。

ガイドさんが2時半の約束がある、と言ったのは、これらを見る為の物で、別の方が
来て表板を外し説明し、済むとまたさっさと嵌めて行かれました。

クリスマスとか復活祭などの時には、特別に御開帳になるのでしょうかね?



古い石像があり、

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14世紀初めの、枢機卿グリエルモ・ロンギ・Gulielmo Longhiの墓碑、

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ベルガモ出身の音楽家ガエターノ・ドニゼッティ・Gaetano Donizetti(1797-1848)
の記念墓碑。 50歳の短い生涯だったのですねぇ。

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70曲ほどもオペラ作品があるそうですが、有名なオペラ・ブッファ「愛の妙薬」の中から
「人知れぬ涙」をどうぞ。 彼の作品では唯一知っているものでして・・。



バロック様式の豪華な木製の告解室、1704年。 どなたが懺悔したのですかね? 

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背後に見えるいずれも大きなつづれ織りは、フィレンツェで16世紀に織られたものだそう。

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聖堂全体が余りにも豪華絢爛で、凄いねぇ、という声と、こういうの好き?というのが
仲間での囁き声でした。 余りにも、だと敬虔な気持ちにはなれそうもないshinkaiで。



聖堂の南西側の扉。ドゥオーモ広場側の「赤いライオンの扉」に対し、
「白ライオンの扉」と呼ばれれるそう。

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一番上の装飾も見事な物。

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裏道を通り、こんなお屋敷前の装飾を見たりしながら、

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サンタ・マリーア・マッジョーレ聖堂は3.で、本日最初の出発点、真ん中下の太緑の
ケーブルカー駅前の広場まで戻り、

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歩いてケーブル駅の下まで下りつつ、16.サン・ミケーレ・アル・ポッツォ・ビアンコ教会 
17.元サンタゴスティーノ教会と見学し、8.ポルテ・ヴェネツィアーネ・ヴェネツィア門を。

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16.サン・ミケーレ・アル・ポッツォ・ビアンコ教会・San Michele al pozzo bianco.

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元は8世紀、ロンゴバルドの時代に出来た古い教会で、名前の由来の「白い井戸」は
多分白大理石の井戸が教会前にあったのだろうという事ですが、今はなく、

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教会内祭壇部のフレスコ画は16世紀の物で、

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それ以前の古いフレスコ画の名残が周囲にたくさん残っているのですが、

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この頃になるともう既に頭の中は満杯で、余り受け付けなくなっており・・!



またまたこんな風な丸石舗装の坂道を下ります。

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じきに地図の16.の上に見える野球のベースの様な形の広い公園に出て、

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午後遅めの陽を浴びる、白い満開の花。

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街を囲む城壁が境で、

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ゆったりと傾斜地が広がり、下ります。

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広場の向こう側にあった13世紀から18世紀の、元サンタゴスティーノ・
San’Agostinoの教会跡は、

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現在、大学の一部として使用されておりました。

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ぐるっと城壁内を辿る形で下って行くと、かっての8.ポルテ・ヴェネツィアーネ・
ヴェネツィア門。 流石威容で、サン・マルコのライオン君が、
おお、頑張ってるねぇ、という感じ、はは。

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ベルガモの城壁の中でも、ヴェネツィアの壁、ヴェネトの壁と呼ばれる
ヴェネツィア共和国が16世紀中頃から築いた城壁で、

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6km以上に及ぶ城壁がそのまま残っているそうで、14の堡塁、2つの台座(細長い部分?)
100もの銃眼、2つの弾薬庫、4つの門とあり、上の8.の門はその一つ。
とりわけ下の街に面する部分になるので、夕方の散歩などロマンチックなんですと。



下への坂道が開いた場所も通り過ぎ、

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見事に続く城壁ですがこれは内側の壁で、道の左手下にヴェネツィアの壁が聳えます。

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という所でベルガモの一日の見学が済み、バスでコネリアーノに向け帰りますが、
どの辺りだったか、ヴェローナ辺りかな、夕陽が始まり、

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後続のトラック群の影になる、電線が多い、木々が邪魔などの障害と戦いつつ、ははは、

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ジュリアーナと何枚も撮り続け、遂に落日。

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日没後の素敵な空の色。 今日も素晴らしく素敵な、良い一日でしたぁ!

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という所で、我らの見学場所はお終いですが、ベルガモにはまだまだ見るべき素晴らしい
場所がありますので、それらをサイトからのご案内でもう一回どうかな、
落穂ひろいを次回に、と考えています。


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