・ n.2 ヴェネツィア行き ・ カナルグランデをヴァポレットで その2

13日久し振りの快晴の日に出かけて来たヴェネツィア。
コロナヴィールスでの封鎖ほぼ全面解除、の2日前だったのですが、
久し振りの、しかも大快晴のヴェネツィア!
まだ人出も少なく、のんびりゆっくり楽しみ、久し振りにたっぷり撮って、
そちらの不満解消も晴らして来ましたので、はは、

今日はカナルグランデ行き、リアルト橋からサン・マルコ迄の様子をどうぞ!


こちらはリアルト橋を過ぎ、右手に見える細長い広場と建物。
サン・ポーロ広場を過ぎ、もうそろそろリアルト橋、という頃に右手に
曲がって来ると出る場所ですね。

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今回のカナルグランデの写真は、ヴァポレットの中の席が社会的距離で
座れる場所が少なく、乗った乗降口付近にいる事になり、自由に動けず、
ずっと進行方向に向かい右側にいましたので、写真は運河の右側を、と
思い込んでいましたら、

建物の名を探すのに見つけたサイトで、なんとこちら側は大運河の左側
つまりサン・マルコ広場から見て、左側、という事になるのを知りましたぁ!


4階のテラスの垂れ幕を見ましたら、アンティーカ・ロカンダ・ストゥリオン・
Antica Locanda Sturion、つまりホテルですね。

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外から見るのとは違う内部の様子はこちらで。 日本語もありまする。
https://www.locandasturion.com/it



こんな風に、リアルト橋を振り返り。

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ほら、驚きの大運河の眺め!! 突き当り角のカ・フォスカリ、現ヴェネツィア大学
前まで、船は端っこのヴァポレットとモーター・ボート一艘のみ!

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こんなに広々の大運河は、30年の滞在にして初めてで~す!!



大運河の右側、もとえ左側の、近くのパラッツォ・ドナ・Palzzo Donà.
16世紀末に建設されたもので、ヴェネト・ビザンティン様式の5連の美しい窓と、
大理石の窓の周囲に埋め込まれたイコンと。

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パラッツォの名に見えるドナ家・Donàというのは大変に古い家柄で、
9世紀の初め頃にリアルト島に新しいヴェネツィアを建設した時にも多分
含まれていたろうという家柄だそうで、現在もご健在との事。



これはパラッツォ・ベルナルド・Palazzo Bernardo.
こちらも大変古いヴェネツィア貴族の家柄で、あちこちに名を冠した
建物が残ります。

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このパラッツオには1442年に、ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァが
ヴェネツィア訪問の折に滞在したそう。

19世紀にどうやら跡継ぎが欠けたのか、暫く後に最終的に持ち主を
替える様にという遺言を残したそうで、この辺り、意味がよく分かりませんが、
この後あれこれと問題が起こった様子。



運河に面した左側の船着き場。 ボートが見えるのでお住まいなのですね。

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我らのヴァポレットの後ろからくる、サンドロと呼ぶ舟の変わったシニョーレ。
あれこれ飾り付けていて、これで客引きをしているのかも!

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振り返ってみるリアルト近辺。 カナレットの絵で、このモチーフがありましたっけ。

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少し下って来て、サン・トマの渡し・San Tomà. 

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奥に見える橋の、もう1つ奥の橋の右脇にカルロ・ゴルドーニの生家博物館
があり、橋の左にはサン・トマ教会が。

ヴェネツィア ・ ゴルドーニの家博物館、サン・トマ広場周辺
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463330953.html

カルロ・ゴルドーニの家博物館 ・ ヴェネツィア
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20190307-1.html



サン・トマのヴァポレットの停留所の窓に映る、大運河のパラッツォの並び!
本当に良いお天気でしたものぉ!

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そして大運河の西の曲がり角、手前にある白い大きなパラッツォ・バルビ・
Palazzo Balbi.  16世紀末。

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2階の窓の間に見える大きな紋章とか、上の2本の角(建築用語では何と?)
とか、如何にもですが、はは、
現在このパラッツォは、ヴェネト州の行政府となっていて、
ほら、停泊中のモーター・ボートのお尻にも「Regione Veneto」とね。



さて、大運河の西の曲がり角、右側がカ・フォスカリ・Ca' Foscariと、
左に続くのはパラッツォ・ジュスティニアン・Palazzo Giustinian.
左のは2つに見えますが、同じジュスティニアン家のパラッツォ。

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フォスカリ家も、ジュスティニアン家もいずれも著名なヴェネツィア貴族で、
この様に大運河に並ぶ様子は、色も素晴らしく、優美で、その大きさからも
如何にも大運河に魅力的な趣を添えていますね。



これはカ・フォスカリの3階部分の浮彫装飾。

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所で今回このパラッツォ・ジュスティニアンについて読んでいて、大変に興味深い、
好奇心を刺激するお話を知りましたので、皆様にもお裾分けを。

ジュスティニアン家のパラッツォというのは、あちこちに分家のも含め存在しますが、
この並びの分は1452年に当時ヴェネツィア総督であったフランチェスコ・フォスカリが
買い取り、1457年にここで亡くなりますが、2世紀後1699年に、その同じ部屋に
ポーランド女王マリーア・カシミーラ・Maria Casimiraが滞在したそうで。
つまり、それ位の御もてなしが出来る部屋だったという事ですね。

というのはさて置き、ジュスティニアン家のニコロ・Nicolò Giustinianについて。

ヴェネツィアの著名裕福な貴族ジュスティニアン家ですが、1171年には一家の
男性陣すべてビザンティン皇帝との戦争で、ペストで、亡くなったのだそうで!
で、1人だけ残ったのが、修道院に、つまり僧籍に入っていたニコロで、

彼は時の教皇アレッサンドロ3世に、貞節の誓いを免除してもらう事を嘆願し、
許され俗世に戻り、時のドージェの娘アンナ・ミケーレ・Anna Micheleと結婚。

はぁ、めでたく子をもうけ、しかもです、9人の男子、3人の女子、という!!
見事ジュスティニアン家が絶える事を防ぎ、子供たちが成長し家系が上手く
継続するのを見届け、ニコロはまた修道院に戻り!
奥方のアンナは、彼女自身が創設した修道院にと。 可哀そうに!

こういうお話は、はぁ、厳粛というか、お偉いというか、どこか可笑しいというか、
感想を述べるのに困りますので、興味あるお話という事で、はい。



さて、カ・レッツォーニコ・Ca'Rezzonicoの前に。 18世紀に出来たパラッツオで、
現在18世紀当時の芸術作品をメインとした美術館に。

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ここには様々な著名人達が滞在した事でも有名ですが、ロバート・ブラウニング、
コール・ポーターなど、以前内部見学で、素晴らしいティエポロの天井画とか、
その息子のフレスコ画をみた、大変見所のあるパラッツォだったと。



この建物の名が分からず残念ですが、こじんまりとした大変可愛い建物で、
如何にもヴェネツィアのパラッツォで、少し大運河から引っ込んでいるのも良いですね。

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何のニッキ・壁龕かと思いましたら、ドラゴン退治のサン・ジョルジョで、
窓枠の装飾、小さな碑とか、大変に心のこもったパラッツォのイメージですね。

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お隣はパラッツォ・ロレダン・デッランバシャトーレ・Palazzo Loredann
dell'Ambasciatore、15世紀後半。

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ゴシック建設の後半、ルネッサンスのイメージが始まっている建物だそうで、
カ・フォスカリに似た優雅なイメージもあり、2階の美しいテラスの脇に、窓の間に
挟まれている像、従者、盾持ちの像は15世紀のロンバルディア風なんですと。



大運河が大きく再度左にカーヴを切る所にある小運河、奥に辿ると、
ヴェネツィアで唯一残るというサン・トロヴァーゾのゴンドラの製作所・
Scuero di San Trovasoがある運河。

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少し時間差の違いで、へへ、右奥に見える赤い建物が良く見えませんが、ここは
ペンシオーネ・アッカデミア・Pensione Accademia、そう、映画「旅情」で、
キャサリン・ヘップバーンが宿泊した宿で、綺麗に修復されているのが見えました。



アッカデミア美術館の、元サンタ・マリーアデッラ・カリタ教会・修道院の
建物正面がこんな風に見えて来て、 ああ、また正面で何か工事中だぁ!

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こちら正面の白い建物が美術館の入り口になりますが、

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考えてみると、もう何年も修復でいつも教会側も覆われていて、入り口も変わったりで、
それで、カリタ教会の建物が珍しく目に入った事に気が付きましたぁ!



美術館前のアッカデミア橋の下から見える、サンタ・デッラ・マリーア・
デッラ・サルーテ聖堂。

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橋を渡る人もまだ少なく。

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アッカデミア橋の袂にあるカフェ、そして岸に停まるゴンドラ。

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そしてサン・ヴィオ広場・Campo San Vio. 正面の建物の間に挟まっている
小さな教会はヴェネツィアに唯一ある英国国教会セイント・ゲオルグ。

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大運河に面して華やかなモザイク画の正面が見えるパラッツォ・バルバリーゴ・
Palazzo Barbarigo. 16世紀建設の物ですが、現在は19世紀末から
ヴェネツィアとムラーノの硝子とモザイク制作業者の協同組合の事務所に。

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という訳で、その素晴らしい見本でもあるモザイク画が正面にあり、
2階に見える左の絵はこちらで、神聖ローマ帝国皇帝カルロ5世が
ティツィアーノのアトリエを訪問した所。 
元の絵はジューリオ・カルリーニ・Giulio Carlini(1826-1887)が描いたものと。

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そう言えば、カルロ5世が、ティツィアーノの工房で、ティツィアーノが落とした
筆を膝まついて拾った、というエピソードが、子供向けの図鑑に載っているのを
読んだ事がありましたっけ。

で、上の写真に見える右の場面は、フランスのアンリ3世がドージェの
アルヴィーゼ・モチェニーゴに伴われ、ムラーノのガラス工房を見学している所と。

はい、このアンリ3世についての面白い逸話はこちらに。
ちょっぴり歴史に名が残る、 我が町コネリアーノの様子を
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467229891.html



続いて並ぶパラッツォの、窓から顔を出している方。
凄い場所に住んでおられますねぇ!

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そしてペギー・グッゲンハイム・コレクション、パラッツォ・ヴェニエール・
デイ・レオーニ・Palazzo Venier dei Leoni.

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そう言えば、大運河に面してライオン像が2頭いたっけ、と思い出し。



そしてもう1つ、正面にモザイク画を持つパラッツォ・サルヴィアーティ・
Palazzo Salviati.

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19世紀にガラス制作のマエストロ、著名なサルヴィアーティ家の
展示会場として建設されたのだそうで、1924年2階が増築された時に、
現在の正面のモザイクが作られたものと。



前を行くゴンドラ、家族連れがのんびりと。

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大運河もそろそろお終いに近づき、デッラ・サルーテの渡しのゴンドラが
横切って行きます。

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サンタ・マリーア・デッラ・サルーテ聖堂が見え始め、
手前に見える大きな煌びやかな建物はパラッツォ・ジェノヴェーゼ・
Palazzo Genovese.

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1892年に建設されたネオ・ゴシックで、ジェノヴェーゼ家の住居として、
背後にあったサン・グレゴーリオ教会の第2の礼拝堂を潰しての
大きなもので、サンタ・マリーア・デッラ・サルーテの大運河からの
景観を見えなくし、この一帯のバランスを壊したと。

はぁ、まぁ、そう言えばそうですねぇ、ははは。

正面真ん中あたりのデザインは、まさにゴシック・ヴェネツィアーノで、
ドゥカーレ宮や、パラッツォ・フランケッティを彷彿とさせます。



大運河の建物の影を抜け、

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正面扉。  右にちらっと見えるのが、サン・グレゴーリオ教会の後陣。

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上部。  ここの渦巻き模様が大好きで。

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税関・ドガーナの先端と、正面に見えて来るサン・ジョルジョ島と聖堂。

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ドガーナの上の金色球体の上の風見鶏の女性。

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ヴァポットと家並の隙間に見えた、サン・マルコの鐘楼。

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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島と聖堂前を横切り、
サン・マルコ広場に到着ぅ!!

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ああ、久し振りにヴェネツィア、サン・マルコにやって来ましたぁ!!  
嬉しぃぃ!  皆さま、ヴァポレットの1時間、ご苦労様でしたぁ!

空気の澄んだ快晴のヴェネツィア、海の煌く色、風のそよぎを
感じて頂けると嬉しいです。

という事で、次回はサン・マルコ広場の様子を。


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この記事へのコメント

  • mitsu

    こんにちは!
    最新のヴェネツィアからのリポートありがとうございます。
    美しい写真に私もゆったりとヴァポレットに乗ってカナーレグランデをめぐっている気分で懐かしい風景を辿り、とてもしあわせでした。
    晴天のいい日にお出かけでしたね!
    やはり人の群れは見当たりませんね。
    運河の水がきれいになったとか、すぐにも行きたくなります。
    その日の訪れが早くありますように願っています。
    つづきがとても楽しみです。よろしくどうぞ!
    2020年06月26日 10:26
  • pescecrudo

    shinkaiさん、こんにちは。
    Finalmente a Venezia ! コロナ騒ぎ中、ヴェネツィアをYouTube等で見ていました。やっとですね。ぶり返さない事を願ってます。
    その一で、カ・ペーザロ館の水面上にある魔よけの顔々。日本でも同じようにお寺等の柱下に天邪鬼があるのを思い出しました。あんな処に目配りのあるshinkaiさん! 私は無理です。面白かったです。
    その二で、バルビ館の2本の尖塔は、海軍長官の館という名誉を示すもので、gli obelischi di ammiraglioと言うのだそうです。レッツォーニコ停留所で降りてバルナバ広場広場に向かう時、このPalazzetto Sternがホテルに変わっていることに気付き、入ってチラシを貰ったことがあります。21世紀になってからのことでした。
    『旅情』のペンスィオーネってどこだろうってずっと思っていました。やっと肩の荷が下りました。映画で見た館からの運河の様子を、私も見てみたい思いです。サン・ヴィーオ広場のセイント・ジョージ英国教会は、エズラ・パウンドが詩で歌っていたこともあり、入ってみたことがあります。
    と、少し感想を述べさせて頂きました。
    2020年06月26日 12:31
  • shinkai

    ★mitsuさん、こんにちは! お久し振りです、コメント有難うございます!

    お天気で本当に素晴らしかったのですよ。 あの1週間前の日曜にマルゲーラの墓地に行ったので、そのついでに寄ろうかと最初思ったのでしたが、お天気が良くない予想で、実際午後から大雨になりましたが、
    そんなこんなで天気予報を睨みながらお天気を待ったのでした。

    まだまだ観光客は少なく、少しガランとした感じでしたが、でもやはりね、ヴェネツィアはヴェネツィア、独特の空気と街ですね。

    観光客もヨーロッパ圏は国境も開き、航空便も少ないとはいえ動き始めていますが、イタリア人観光客が多かった感じですね。

    次回にはフロリアーンの様子もね、お楽しみに!!

    2020年06月26日 15:04
  • shinkai

    ★pescecrudo様、こんにちは! お久し振りです、本当に、finalmente a Venezia! でした。 今回もまたあれこれ書いて下さって有難うございます。

    いやぁ、今回は我ながら、初めてヴェネツィアに来てワクワクしている女の子と同じだなぁ、と思う程にあれこれきょろきょろと見まわしているのに気が付きました。
    それに、船の行き来が少ないので、見通しが良いというのか、どこか一昔前のヴェネツィア、というイメージを持ちました。

    バルビ邸2の本の尖塔は、そうですか、提督のオベリスクなのですね、
    と、あの可愛い建物はパラツェット・ステルンという名前で、ホテルなのですね。 なる程、有難うございます。

    あの「旅情」のペンシオーネは、アッカデミアから真っ直ぐ来て、一旦角を曲がってほんの少し南に下り橋を渡りますよね、あの辺りから大運河の角にあるのが見えます。
    やはりアメリカ人に大変人気のあるペンションだと読んだ事がありますが。

    ペーシェクルードさんでもご存じない事がある、と分かって、嬉しいで~す、はは。

    サン・ヴィーオ広場のセイント・ジョージ教会、成る程そうなんですね、セイント・ジョージというのですね、パッと出て来ませんでした。
    エズラ・パウンドもヴェネツィアに住んでいた事があるのですよね? 何かで読んだ事がありますが、彼の詩は知らないままです。

    2020年06月26日 15:25