・ n.2 ルイーザの夏休み ・ ドロミーティ山間の村にて 「追記を」

友人のルイーザとレナート・Luisa e Renato夫妻が8月の末に1週間出かけた
ドロミーティ山間の、オーストリアとの国境に近い村の様子を2回に渡って
ご覧頂いてますが、

今日は彼らが基地にしたパドーラ・Padolaの隣村ドソレード・Dosoledoの様子と、
パドーラの村外れにある古くからのダムの様子、これは山で伐採した木材を
運び出す為のダムなんだそうで。
と、最後にオーストリアのリエンツ・Lienzの様子をほんの少しご覧頂きますね。

写真はドソレードから見たパドーラの様子で、ドソレードの方が少し高い様ですね。

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パドーラの背後に刈り込んだスキー用リフトかロープウェイの線が見えますが、
左側のは短いですが、右に見えるのは手前の山の上まで行き、そこから延々と
上に続き、多分真ん中に濃い色で見える山の上まで続いているのではないかと
思うのが地図でも見えました。



先回も見て頂いた一帯の地図をどうぞ。 パドーラとドソレードの位置関係と、
先回見て頂いたセストの位置、そして手前のサン・カンディド・San Candidoから
ずっと北東に続く道の先にオーストリアのリエンツがあります。

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で、もう一枚の地図ですが、パドーラとドソレードの位置と、パドーラの村は細長く
広がっていて、

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今日ご覧頂く16世紀からのダムの位置はストゥア・Stuaと言い、パドーラの村の名の
下に囲った位置に。



さて、ドソレードの村の教会と、教会前広場。 

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教会も周囲の建物も修復改修された様子ですっきりと見えますが、



村の中にはかなり古い、石造りの頑丈なのがしっかり残っている様子で、
この村のルイーザの写真の一番最初はこんな壁の家!

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そして、この左側にずらっと並ぶフィエニーレ・fienile・干し草置き場の、
この通りが有名な様で。

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一見すると、小さな小屋が並んでいるみたいな感じでしょう? 
でもそうではないのをぼちぼち見て頂きますね。



これは上の写真の右側に見えた家で、一番右端はすっきりと壁が塗り替えられ、
一見新しい様ですが、でも一番上は木のテラスが張り出し、元は古いのが分かり、
こちらに見える木製の張り出しのテラスなどをご覧下さいね。

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これがフィエニーレの一軒ですが、大きいでしょう?! 多分雪の重みに耐える様に
骨組みの壁はがっしりの石組で、2階分の上に屋根裏があり、それに木製のテラスや
張り出し部があります。

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手前に見える木彫は近年の観光地向け作品と思いますが、その背後にも
トーテムポール式の木彫品が見えます。



1軒1軒の間はこんな風に開いており、

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昔は1階部分は家畜小屋で、干し草などは2階以上に、だったろうと。
現在はこんな風に薪置き場になったり、ちょっとした作業場にも使っている様で、
右奥には鶏たちも見えます。

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こちらはまた別の小屋の様子で、薪や古い木材置き場にもなっているようですが、

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shinkaiが何度か行ったドロミーティ山系のもっと南の方では、こんな干し草置きの
小屋は、1階が家畜小屋で、2階には家族が住んでもいた様なので、
案外この一帯もフィエニエーレとはいうものの、そういう使い方もあったろうと。



ここは中を古家具売り場、つまり骨董品売り場にしていた小屋の様子で、

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扉のすぐ内側に見える輪が重なったのは何だったのかと尋ねましたが、
レナートもあれには目が行かなかった様で。



前に「タビエス・Tabies」と書いた案内が見えますが、タビアラ・tabialàとか、
タビーア・tabiaというのも干し草置き場を意味するのを聞いてますので、その事と。

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こちらに我が家の近くの、元干し草置き場を改築のレストランの様子を少し。
子供の絵本挿絵原画展 と、仲間との美味しいお昼
http://www.italiashiho.site/archives/20180116-1.html



何枚かかっての村人たちの写真がこうして表示されている様で、
これは鎌か何かの手入れ中かな?

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こちらは草刈り中?  ジェルマーナ・デ・マルティンという名前が見えます。

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これは「小さな刈り草の山」という説明が。 この一帯のかっての干し草作り
の様子なのでしょうね。

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扉に張り出した、「野菜、卵、等の農業品売店」の宣伝。

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これも古い、上が納屋、干し草置き場になっている家。

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これも大きな家ですが、2階真ん中に見えるのは人形のカップルで、

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1階の扉上に書いてあるのは、建設1807年、改修2007年、シルヴィオ.Z.C. と。
200年後に改修し、さてこれからまた200年は十分にでしょうね。



こちらはかなりモダンに改装されている家ですが、木の部分がかなり多いですね。

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薪の山。 せっせと夏の内に割って積み重ね、冬に備えるのでしょう。
飾りを入れる気持ちの余裕が見えます。

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谷に沿っての村の家々ですが、

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そろそろ高い山に夕方の陽が射しこみ、谷の村はうす闇に。

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さて、ここからはパドーラの村の外れのスゥトゥア・Stuaのご案内ですが、
上の地図でご覧頂いたスゥトゥア、16世紀に造られたダムの様子を古い写真で。

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こちらが説明を写した写真で、
スゥトゥアというのは人工的に造られたダムで、木材を流す事が出来る様に造られ、
厳しく選別されたカラマツやモミの木を手斧での伐採の後、枝を払い、樹皮を剥いで
丸太にして谷を運ばれてきたのが、ここから木材運び用に一番効果的なこのダムを
使って流し下された、という物なのですね。

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谷を利用したダムでパドーラ川の水を貯め、暴力的勢いで流れる水で木材を流し、
パドーラ川からピアーヴェ川に出てずっと流れ下り、西のコルティナ・ダンペッツォから
下って来るボイテ川と合流するペラローロ・ディ・カドーレ・Perarolo di Cadoreまで。
そしてここで筏に組まれ、ピアーヴェ河をはるばると下りヴェネツィアまで!

なんとなんと、shinkaiはベッルーノ辺りから筏流しでヴェネツィアに、と読んで
知っていたのが、そうなんですね、もっともっと上流から最初は丸太で急流を流し、
そして筏に、という事だったのですね。

ペラローロ・ディ・カドーレのチドーロ・cidoloまで丸太で流す、という説明で、
どこかを地図で探していて、チドーロに「チドーロと木材の博物館」がある事も知り、
ああ、成る程なぁ、と納得で、チャンスがあったら見に寄ろう!と。

で、現在に残るこの下部が石組みで造られた物は1818~19年に、
ヴィットーレ・ジェーラ・Vittore Geraという方のデザインと出費で再建されたものと。

それ以前の16世紀頃にはすでにダムの存在が歴史に残っており、誰に売られ、
それから誰に、というのも他のサイトの記事で読みましたが、
当時の物は丸太で造られ、何度も再建された歴史があるのだそう。

で19世紀に再建された時は下部の石組部分だけだったのを、ヨーロッパに現在
唯一残るこういったダムの価値を高めるために、2000年に市が上部の木造部を
再建したものだそう。



でルイーザの写真で見る現在はこんな様子で、

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彼女の説明を聞き、一度読んだ位ではまるでピンと来なかったのですが、ははは、
何度か読み返し、地図も調べるうちにようやっと分かって良かったよぉ!

いや、きっとルイーザも、傍で聞いていたジュリアーナも、本当の所は分かっていない、
と思うshinkaiで~す、賭けてもいいっす、ははは。



それにですね、このダムの下を現在流れるパドーラ川というのがです、夏とはいえ、
このチョロチョロの流れで、ははは、ご理解下さいね、shinkaiが???だったのを。

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追記を:これを書いた後もまだあれこれ考えていて、ご説明するのに少し不足だったと
    思う部分を追記しますね。
上部に見える木製の廊下風なものについ気が取られ、肝心な点を見逃しそうですが、

最初の古い写真を眺めていて、両側の崖の間を塞ぐ形でかなり高い位置まで石組が
見えますね。 つまり細い川の水を堰き止め貯め、春先の雪解け水の多い時に
ダムの水を一斉に放流し、その勢いに乗せ、次々と列を作る様に丸太を流したのだろうと。

つまりこのパドーラ川の水量自体が少ないのを補うためのダムであって、
谷を下りピアーヴェ川に合流する所まで流し下すのが目的だったのだろうと。
で、ピアーヴェ川との合流点まで行けば、こちらはかなりの水流ですから、
かなり下流のカドーレ辺り迄は楽に勝手に流れて行ったのだろうと。

という様な事を考えましたが、春先の丸太流し等については、多分他の地区のあちこちで
同様な丸太流しが行われていたのだろうと想像しますし、また調べてみたいと思います。




では最後に、オーストリアのリエンツの写真を何枚かどうぞ。
街中の通りと、 木製の自転車!

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クネーデル・古いパンを水やミルクでふやかし、それにハム類や香草を入れたお団子で、
ヴェネトでも食べられる、元はドイツ、オーストリアの食べ物と思えるもので、
こんな風にスープと一緒とか、溶かしバターをかけたものもあり。

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鶏のから揚げと、ジャガイモ。

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リエンツは他の仲間も一緒に行ったようで、左2人がレナートとルイーザ。
そう、リエンツは大変綺麗な街だそうで、近いし、一度チャンスがあったらと!

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Grazie, Luisa e Renato!

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