
今回のご案内はクレモーナの街のドゥオーモと洗礼堂を。
上に見る様に、まさに街の中心の中世の面影を残す広場にあり、
美しいロマネスクの正面壁の白い装飾と、その左に立つ高い鐘楼、
そして聖堂の右に位置する洗礼堂。
こうして見ると街の通りが放射線状に、この広場に向かって
集まって来ているのが良く分かりますが、
手前の、ドゥオーモに向かって建つ塔が2本、
内庭2つの建物がコムーネ・市役所。
10年前の訪問では内部を見なかったドゥオーモと洗礼堂ですが、
今回内部を見てとりわけ驚いたのがドゥオーモ!
街の繁栄の豊かさをたっぷり注ぎ込んだ装飾の豪華さ、素晴らしさで、
たくさん撮った写真のどれを省くかで苦労したので、じっくりご覧下さい!
先回の予告編で見て頂いた様に、訪問した日は一日中靄で、
写真の発色がよくありませんので、
欲しいアングルのを以前にあったらそれを使うことにしました、のと、
右下に当ブログのサインの無いのは、サイトからの拝借です。
ドゥオーモ、正確にはサンタ・マリーア・アッスンタ・
Santa Maria Assunta聖堂の正面を。
建設は12世紀、正確には1107年8月26日に最初の石が置かれ、
全部の完成は1491年の、ロマネスク様式の美しい正面壁。

正面扉の色が鶯色っぽいですが、塗り直したのでしょう、
今回は濃いグレイになっておりました。
と云うようなご説明はおいおいに、という事で、
広場が狭い上、鐘楼も聖堂も高く、どうしてもどこかが切れるので、
サイトから拝借のこの写真でドゥオーモ前広場の、
正確にはコムーネ広場・Piazza Comune、全体の様子を。

左の鐘楼とドゥオーモ前をひと続きのロッジャが繋いでいますが、
これらは13世紀末から14世紀にかけての物で、
ドゥオーモの左側(北)には家々が迫っていたらしいのを
20世紀の前半に取り壊し整備、現在はすっきりと美しい広場。
このドゥオーモが建設されたここは、街で一番高い位置だそうで、
理由は街のすぐ南を流れるポー河の氾濫から逃れるためで、
現在はかなり街から離れている河も、かってはもっと近かかったと。
そして広場の西側を占める、ドゥオーモと向き合うのがコムーネ、
市役所の建物。 1206年建設ですが、現在見る
真ん中の白い帯や、窓の周囲の飾りは19世紀の改装と。

クレモーナの街のシンボルの、この高い鐘楼ですが、13世紀、
トラッツォ・Trazzoと呼ばれ、高さは111m、イタリアで2番めに高く、
壁・レンガ、石積みの鐘楼としてはヨーロッパで一番高いのだそう!

ではイタリアで一番高いのは何処に?と思いましたら、
リウーリ州ウーディネ県のモルテリアーノ・Morteglianoという
小村にある、細くて趣のない、失礼、戦後の1950年代に造られた、
という鐘楼が見つかりました。
高さは113,8mだそうですが、
教会関係者でもこういう数字を競う方がおられるのですねぇ!
鐘楼には、天体、星座表の付いた16世紀の時計があり、
この種の時計としては世界で一番大きなうちの一つだそうで、
直径8,2m、縁を入れると8,4m。
ちなみにロンドンのビッグ・ベンの直径は6,85m。 イェ~イ!

クレモーナに行ったのは2月22日で、これを写した時間は14時45分。
水瓶座から魚座に移った所で、上の尖った針が星座を注しているのが見え、
で、14時45分というのは現在の冬時間で、本来は13時45分となると、
上に見える丸いイガイガから出ている細い黒い針が、
時間を示しているのでしょう。 ふ~む、かなり正確!!
2月、というのも何処かに出ているのかな? これが分かりません。
そして中心の黒い円の中に小窓が開き、白く見えるのが多分月齢。
下の赤と白の横縞は、現在の紋章の一部に使われており、
当時のクレモーナの街の紋章と。
鐘楼の頂上部、四角い塔の上に更に8角形の塔が乗り、
頂上まで502段!
フィレンツェのドゥオーモへの上りは463段で、あれより高い訳!

鐘楼頭頂記はこちらに。
ハァハァと、全部自分の足で上るだけの価値ある眺めが楽しめます!
ところでこの鐘楼の上にある鐘は現在8つ、そのうちの7つは
1744年に鋳造のメロディを奏でる鐘で、
もう一つは1581年鋳造の時を告げる鐘。
7つの鐘で奏でるメロディは素晴らしかろうと想像するのですが、
残念なことに、現在は鐘楼自体の安定性の問題があり、
奏でられるのは少しの機会に限られていると。
高上り大好きshinkaiの頭頂リスト
フィレンツェのドゥオーモ 463段 http://italiashio.exblog.jp/22133931/
々 ジョットの鐘楼 414段 http://italiashio.exblog.jp/12472245/
々 ヴェッキオ宮の秘密のコース http://italiashio.exblog.jp/10363693/
サン・ジミニャーノのトッレ・グロッサ 54m http://italiashio.exblog.jp/21296860/
ラディコーファニの山上の要塞の塔 http://italiashio.exblog.jp/9701524/
シエナのマンジャの塔 ちょっぴり http://italiashio.exblog.jp/8296168/
ローマのヴァティカンの上がまだ未経験! 脚の丈夫な内に・・。
ドゥオーモの正面細部を、向いにあるコムーネ宮からの
写真でご覧頂きますと、

大理石の白い石はカッラーラ産、赤い石はヴェローナ産、
真ん中の正面扉の前、2頭のライオンの背に乗せられた
柱廊式小玄関の上に
聖母子像と、2聖人像、そして2層になったロッジャがあり、
大きなバラ窓は13世紀のもの。
正面入り口の、柱廊式小玄関部と、

柱廊式の円柱を背中で支える、両脇のライオン像。

そして、これは入り口扉の左の壁上にあった碑。
右に禁断のリンゴを食べるアダモとエヴァ、左に楽園追放される図で、
左のアダモのお尻がエヴァのより大きくて、ははは。

柱廊式入り口上のテラスの3像、中に聖母子、
左に聖イメーリオ・Sant'Imerio、
右にクレモーナの街の守護聖人オモーボノ・Sant'Omobono.

中央の聖母の首が、少し奇異な感じがするほど長く、
下から見上げた時にちょうど良い感じに、と思ったのですが・・!
この3像の下には、農民たちの月の作業、仕事具合でしょうか、
様子を表す浮き彫りがあり、
この左側には、葡萄を摘んで搾ったり、豚を屠殺したり、
の秋以降の作業が。

大きなバラ窓、13世紀。

この頂部に、1491年4つのニッキ・壁龕を持ったルネッサンス風が追加。
他にもたくさんの細い塔が追加されていますが、
正面壁は有難い事に、はは、ロマネスク風のオリジナルがしっかり残り。

では、内部をご覧頂きましょうか。
3廊式の内部、身廊部と、内陣、後陣の様子。

大変に暗く、曇り日だっただけでなく、建物の構造基本が古いので、
照明器具で照らされにくい上部は本当に暗く、写しにくかったのですが、
写真整理でかなり明るく見えるように訂正しています。
後陣の祭壇画部分と、

その上部にある大きなフレスコ画、救世主キリストと聖人達と、
手前上部に、受胎告知。

ついでに内陣部分、左にあるオルガンは1984年製で、
収められている箱部は、16世紀半ばの物。

内陣から後陣に向けて、半円形を型どります。

こちらは内陣の右側部分。

内陣の下に、我々は拝見せずしたが、クリプタ・地下礼拝堂があり、
サイトからの写真でご覧を。

見事な装飾ですが、サイトで見つけた記事には、
湿気から様々な問題が出ているそうで、早急の決着を、と。
ポー河も近く、この一帯はとりわけ冬の霧が問題となっている様で、
先に訪れたサン・シジスモンド教会でも、床石がかなり濃い柄になっており、
これは長年の湿気による石の変化だと聞きましたので、
さもありなん、と思ったことでした。
こちらは内陣の横、左右にある礼拝堂。 左と右。


そして翼廊部分の通路、右と左。
いずれもどっしりと太い円柱に支えられ、脇に礼拝堂が並びます。


という所で、この回を終え、その2に続きます。
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