・ パドヴァ観光で、これだけは見るべき 10の物

昨2019年に、ヴェネト州の特に主要観光地であるヴェネツィア、ヴェローナの、
そしてロンバルディーア州のベルガモについても、
見落とせない場所、1日で回る時には、食事処のお勧めは、等など
ご紹介をしましたが、

今回は3回に分け、4回になるかもですが、ご案内を致しますね。

で、まず今日は「10 Cose da vedere assolutamente a Padova
パドヴァで絶対に見るべき10の物」のサイトを参考にご紹介を。
例によりサイトの写真以外に、より分かり易くなると思われる写真追加も。
ではどうぞ!

パドヴァを表す言葉は、芸術、大学の伝統、そしてスプリッツ・Spritz!と。

芸術はまずジョットーの素晴らしい壁画の残るスクロヴェーニ礼拝堂があり、
大学となると、ボローニャ大学に継いでイタリアで2番目に古い1222年創立の
大学、かのガリレオ・ガリレイも教鞭を取っていたパドヴァ大学がありますが、

最後のスプリッツは、皆さんご存知でしょうか?
ヴェネトでとりわけ好まれ、食前酒として飲まれる綺麗なオレンジ色の、
ちょっとにが甘いというか、プロセッコとビターを混ぜた飲み物で、
こんな感じのもの。

1-1-sSPRITZ-A-CHIOGGIA.jpg

オーストリア治世下にあった19世紀からヴェネツィア、パドヴァで始まった、
というので、パドヴァ紹介の1つの言葉になるのかもで、
昼食前、夕食前にも友人たちとおしゃべりしながら飲むと、頭の中がほんわかと、
ああ、美味しいなぁ、嬉しいなぁ、となるshinkaiで~す、ははは。


さてパドヴァの見るべきものの本主題に戻りまして、まず、

1. スクロヴェーニ礼拝堂・Cappella degli Scrovegni

1-padova-cappella-degli-scrovegni.jpg

ジョットのインスピレーション、天才的な美的感覚などがすべて調和した、
この驚異的なスクロヴェーニ礼拝堂の一連の壁画は、パドヴァで見るべきものの
第一に置かれるべきものと。

ジョットはこの仕事を1303年に、父親レジナルド・スクロヴェーニ・Reginaldoの
為の礼拝堂を建設した息子エンリーコ・Enricoから依頼され、2年間で仕上げたそうで、
ジョットの絵画スタイルの発展を示し、より現代的は絵画の基礎となったもの。



こちらはスクロヴェーニ礼拝堂の空からの眺めで、右下に見えるのが隣接の
市の博物館で、まずこちらの切符売り場に行き見学コースに加わります。

2-scrovegni_Aerea.jpg

どの様に行くか
 国鉄パドヴァ駅前からトラムがあり、SIR1で2番目の停車エレミターニ・
 Eremitani迄
 6分、料金 1,3エウロ 
 
 ですが、国鉄駅からはいつも歩く距離でして、この後ご案内の中心街までも
 歩いて回れる距離です。
 これについては、また予定している行程ご案内、の時にでもご説明を。
 
公開時間 
 月曜から日曜、つまり休館なしで、 9時から19時

切符、入場料金
 ここの見学には、電話かオンラインによる予約が必要で、予約サイトはこちら
 
 電話でのコンタクトは +39 049 2010020 
 
 値段は13エウロですが、これには隣接のエレミターニ博物館と、道の真向かいにある
 パラッツォ・ズッケルマン博物館・Zuckermannの見学も含まれ、
 学生たちは6エウロ。

 見学時間は30分ですが、このうち15分間は滅菌された部屋でのヴィデオ説明を見、
 そののちに15分間の礼拝堂内見学を。

スクロヴェーニ礼拝堂 ・ パドヴァ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463179334.html

市博物館の南隣に、マンテーニャの壁画で有名なエレミターニ教会があります。



という所で、まずはパドヴァの地図をどうぞ。

パドヴァ駅が一番北にあり、駅前から真っ直ぐに南に抜ける道があり、
ここをトラムも通り、駅下に囲った枠にスクロヴェーニ礼拝堂と博物館があり、
その斜め左に囲った中に、パドヴァ大学、パラッツォ・デッラ・ラジョーネ、エルベ広場、
ドゥオーモ、洗礼堂、後にご案内の時計塔のある建物などが。

3-mappa_padova.jpg

そして今回のご案内の最後にあるMUSME・薬の歴史博物館が、一番の中心街の
右下赤点の位置にあり、街の南にサンタントーニオ聖堂、プラート・デッレ・ヴァッレ、
そしてその間にオルト・ボターニコ・植物園が。

パドヴァ ・ 聖アントニオの街
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462329045.html



2. サンタントーニオ聖堂・Basilica di Sant'Antonio

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パドヴァの街の守護聖人である聖アントーニオを祀った「聖人のお住まい」が
このサンタントーニオ聖堂で、ロマネスクからゴシック様式混在の華麗な物。



内部には聖人の聖遺物が保存され、7つの礼拝堂、後陣周りの周歩廊など、
そして素晴らしいフレスコ画装飾があり、

5-pano_tomba_di_sant_antonio_di_padova[1].jpg



聖堂前にはドナテッロの秀作「ガッタメラータ将軍騎馬像」も。

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どの様に行くか
 中心街から聖堂迄歩いて10分程。 
 
公開時間
 3月26日から10月28日迄  月曜~金曜 06:20 - 19:45
 10月29日~3月24日迄   月曜~金曜 06:20 - 18:45
              土曜、日曜 06:20 - 19:45

・切符、入場料金
 無料、見学自由



ここでパドヴァのまさに中心街、あれこれ重要な建物がある部分の地図をどうぞ。

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1 ドゥオーモと洗礼堂     3 パラッツォ・デッラ・ラジョーネ、建物の北側に
ピアッツァ・デッレ・フルッティ  南側にピアッツァ・デッレ・エルベ
4 時計塔のある、パラッツォ・デ・カピターノ   7 カフェ・ペドロッキ
8 パラッツォ・デル・ボ、パドヴァ大学   9の下 MUSME 薬の歴史博物館



3. パラッツォ・デル・ボ・Palazzo del Bo

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パラッツォ・デル・ボ、の「ボ」はブエ・bue・牛のヴェネツィア訛りだそうで、
ここにパドヴァ大学があり、大勢の著名卒業者を輩出しましたが、

一番有名なのが「テアトロ・アナトミコ・Teatro Anatomico」と呼ばれる
解剖学教室、世界で一番古い物。

というのも、ボローニャ大学の方が設立1088年と古い物の、学問に対する自由さを
求めパドヴァに逃れて来た教授、学生たちによって大学が設立され、
この解剖学教室はジローラモ・ファブリチ・ダクワペンデンテ・ Girolamo Fabrici
d'Acquapendente・外科、解剖学者、16世紀、によって建設されたもの。



こちらがパラッツォ・デル・ボ。パドヴァ大学建物入り口。

9-img_2614.jpg


どの様に行くか
 住所は Via VIII Febbraio, 2   パラッツォ・デッラ・ラジョーネの東にある
 市役所の斜め向かい側。 カフェ・ペドロッキの南斜めに。

公開時間
 11月1日~2月28日 月、水、金曜 14:30-15:30  火、木、土曜 10:30-11:30
 3月1日~10月31日 月、水、木、金 14:30 - 15:30 - 16:30
          火、木、土  09:30 - 10:30 - 11:30

切符、入場料金
 ガイド付きの見学で、7エウロ  (割引 2エウロ)



4. ピアッツァ・デッレ・エルベ・エルベ広場と、ピアッツァ・デッレ・フルッタ・
  果物広場・Piazza delle Erbe e Piazza della Frutta
  
エルベ広場 南側 と、

10-mercato piazza erbe-2.jpg



フルッタ広場 北側、
いずれも背後に見える大きな建物がパラッツォ・デッラ・ラジョーネ。

11-piazza della frutta1be42146cbc61fa7c.jpg

どちらの広場もパドヴァの人々の日常の買い物で賑わい、南のエルヴェ広場の野菜類、
北のフルッタ広場では食品のみならず、様々な品の屋台が並びます。

広場の端の市役所とを繋ぐアーチは、ヴォルト・デッラ・コルダ・Volto della Corda、
またはカントン・デッレ・ブジーエ・Canton delle busieと呼ばれ、
かっては嘘つきや詐欺師に対しての刑罰が与えられた場所。

どの様に行くか
 これはもう、道の名を記す方が難しく・・! 一番の中心街を目指し。
 
公開時間
 エルベ広場の野菜市はほぼ午前中で、午後2時頃には無くなりますが、
 ついでに言いますと、パラッツォ・デッラ・ラジョーネの1階には常設市場が。

・切符、入場料金



6. パラッツォ・デッラ・ラジョーネ・Palazzo della Ragione
  ここでは距離的に見て、5.のオルト・ボターニコと掲載順を変えますね。

12-palazzo_della_ragione_di_padova_04.jpg

エルベとフルッタの2つの広場に挟まれた巨大な建物がパラッツォ・デッラ・ラジョーネで、
ご覧の様に巨大な船底天井の大広間となっていて、周囲の壁は全面フレスコ画
装飾された、パドヴァのシンボルの1つともいえるもの。
ただ残念な事にジョットの壁画もあったものの、1420年の火災によって失われたそう。




内部にはこんな木製の巨大な馬の像があり、大広間の広さと共に見惚れます。

13-cavallo-di-legno-padova.jpg



そして、かって市民裁判所として使われていたラジョーネ宮には、shinkaiはまだ
見てませんが、負債者に対しての刑罰に使われたヴィトゥペーリオ・votuperioの石。

14-Padova-Palazzo-della-Ragione-La-pietra-del-vituperio-anno-1231.jpg

ラジョーネ宮、ヴィトゥペーリオの石 n.2 パドヴァ ・ 黄金の世紀 の 1   
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462330115.html

ラジョーネ宮、パラッツォ・デル・ボ n.3 パドヴァ ・ 黄金の世紀 の 2  
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462330356.html


どの様に行くか
 広場へのご説明同様で・・、書く方が難しく!
 ラジョーネ宮の東南にある階段を上り、上の大広間に。
 
公開時間
 火曜から日曜 2月1日~10月31日 09:00 - 19:00
        11月1日~1月31日 09:00 - 18:00

切符、入場料金
 6エウロ、  割引 4エウロ、 ハンディの方 無料



5. オルト・ボターニコ・Orto Botanico・植物園

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1545年に創立されたこの植物園は、まさに世界で一番古い物で、1997年に
世界遺産に登録を。  現在はパドヴァ大学に付属し、7000種の植物が生育。

内部には2014年に設立の「生物多様性の庭」もある、と。 どんなものか
読んだまま分からずに書いていますが、済みません。



背後にサンタントーニオ聖堂が見える位置に。 

16-Orto-Botanico-di-Padova.jpg

この植物園は友人達と「行こう!」と言っていて、今年はトライしたいと。


どの様に行くか
 駅前からのトラムSIR1が、パドヴァの街中をほぼ真っ直ぐに南下していて、
 5つ目のサンタントーニオ聖堂近くの「サント・Santo」で降りると、歩いてすぐの位置。
 駅から約15分で到着と。

公開時間
 11月~3月 火曜~日曜 09:00-17:00    4月~5月 毎日 09:00-19:00
 6月~9月 火曜~日曜 09:00-19:00    10月 火曜~日曜 09:00-18:00

切符、入場料金
 10エウロ、 シニア 8エウロ、 子供、学生 5エウロ  ハンディの方 無料



7. プラート・デッラ・ヴァッレ・Prato della Valle・谷の草原、とでも。

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モスクワの赤の広場に次いで有名な公園、というよりは庭園と思いますが、
8万平米以上の敷地に運河が通り、78体の過去の著名人の彫像があり、中央に
メンミア島・Isola Memmiaと呼ばれる島があり、これは1775年に改築を命じた
行政官に献呈したもので、ここには十字に運河を横切る4つの橋を渡って行けます。

現在パドヴァにおける調和とリラックスに満ちた広場であり、
グループやカップルの集合場所でもあり。



上空からの全景写真。 こうして見ると、さすが大きいのが良く分かりますね。

右上に見えている聖堂は、サンタントーニオ聖堂ではなく、
プラート・デッラ・ヴァッレの南に位置するサンタ・ジュスティーナ修道院聖堂で、
コメントでご指摘下さったシニョレッリさん、有難うございました。


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どの様に行くか
 駅前からのトラムSIR1の「サント」駅の次が「プラート・デッレ・ヴァッレ」停留所。
 街の見学行程をお考えの時に、この点もご検討を。

・公開時間
・切符、入場料金



8. トッレ・デッロロロージョ・Torre dell'Orologio・時計塔

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エレガントなピアッツァ・デイ・シニョーリに面している時計塔。
元は14世紀の中世の塔が15世紀中頃に高くされ、時計が設置されたもので、
時刻のみでなく、月、日付け、月相、の分る天文学的な時計と。

修復を経て、時計塔内部のガイド付きグループ見学が予約すると出来るそう。

何となしに背後の建物の一部の様に思っていましたが、どうやら背後の建物は
後の別物らしく、下に見える大きなアーチは1531年に開けられたものと。



で、こちらがその美しい時計。

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どの様に行くか
 エルベ広場を通り、徒歩5分。
 
公開時間
 ガイド付きグループで予約の内部見学は、水、金、土曜の 09:30-11:45
 サイトはこちらに https://fuorifierapadova.it/visite-guidate-alla-torre-e-allorologio-astrario-di-piazza-dei-signori/

切符、入場料金
 外から見るのみは、無料



9. ドゥオーモと洗礼堂・Duomo e Battistero

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写真でご覧の様にドゥオーモ広場に並んでいドゥオーモと洗礼堂。
サンタントーニオ聖堂に比べ、ドゥオーモは有名ではありませんが、
とりわけ12~13世紀建設の洗礼堂の見学は一見に値します。



洗礼堂の壁全面のフレスコ画は、ジュスト・デメナブオイ・Giusto de' Menabuoiの
1375~76年の素晴らしい作品。

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どの様に行くか
 エルベ広場を通り、ドゥオーモ広場に。 徒歩で5分。

公開時間
 月曜~日曜 10:00 - 18:00

切符、入場料金 
 2,8エウロ

洗礼堂のご案内  n.1 パードヴァ、 でございます!   
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462329871.html



10. 薬の歴史博物館・MUSME・Museo della Storia della Medicina

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薬に関する「ワンダーランド」とでもいえる、2015年に新しく設立された博物館で、
子供も大人も満足できるように、古代から今に至る薬に関する歴史を語るもので、
現代技術のハイテクニックを大いに活用した、まさに宝の博物館。

上の写真で内部の様子が分かりますが、手前に見える大きな人体を触ると、
内部の様子が表示される様子で、



サイトを見ていて、子供のこの顔写真を見つけた時は思わず笑いました。
きっとshinkaiもこの博物館に行き、あちこち触りながら目の目にこんな風に見れたら、
きっと同じ様に口を開けて驚くだろと、ははは。 MUSME・娘と読んだshinkaiです。

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地図に場所は示しましたが、住所は Via San Francesco, 94
長いポルティチの続く道中にあり、入口はこんな風に。 

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サイトはこちら   https://www.musme.it/  これを見るだけでも楽しめます。

お金がない、資金がない、といつも問題提供のイタリア国ですが、
創る時はこんなアイディアで、凄いものを造るんだなぁ、と大いに感心した次第です!

どの様に行くか
 中心部から徒歩で4分。
 
公開時間
 火曜~金曜 14:30 - 19:00   土曜、日曜 09:30 - 19:00

切符、入場料金
 10エウロ、 シニア 8エウロ、 子供,学生 6エウロ、 誕生日は無料


という様な、「パドヴァで見逃せない10の場所」のご案内でした。

ヴェネツィアからだと、電車で30分程で行けるパドヴァです。 
歴史、芸術、科学とそして美味しいものがいっぱい詰まったパドヴァですが、
ここは物価はヴェネツィアなどよりずっと安く動き、楽しめます。
どうぞお出かけのチャンスを見つけて下さいね。


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・ 当ブログ総目次  n.4

当ブログの年次ごとの総目次ページです。
古い記事でも、宜しかったらコメントをお願い致しま~す。

 2020年

  7月

31日 n.2 ピサで何を見るか ・ 見逃せない10 後半  と、夏休みを
    https://www.italiashiho.site/archives/20200731-1.html

27日 n.1 ピサで何を見るか ・ 見逃せない10の魅力あるもの
    https://www.italiashiho.site/archives/20200727-1.html

23日 ヴェネツィアのコルティジャーナ ・ ティツィアーノの絵と周辺あれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200723-1.html

19日 ヴェネツィア ・ その美しさに、数を添えて見ましたぁ!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200719-1.html

14日 n.2 スコミーゴ村パトロール  夏の盛りに近づく葡萄畑と
    https://www.italiashiho.site/archives/20200714-1.html

11日 n.1 スコミーゴ村 葡萄畑の様子は、 パトロール
    https://www.italiashiho.site/archives/20200711-1.html

 7日 アーニョロ・ドーニの肖像画 ラファエッロ作 の周辺事情を
    https://www.italiashiho.site/archives/20200707-1.html

 3日 n.4 ヴェネツィア行き ・ サン・マルコ広場 その2
    https://www.italiashiho.site/archives/20200703-1.html


  6月

29日 n.3 ヴェネツィア行き ・ サン・マルコ広場 その1
    https://www.italiashiho.site/archives/20200629-1.html

25日 n.2 ヴェネツィア行き ・ カナルグランデをヴァポレットで その2
    https://www.italiashiho.site/archives/20200625-1.html

21日 n.1 ヴェネツィア行き ・ カナルグランデをヴァポレットで その1
    https://www.italiashiho.site/archives/20200621-1.html

17日 ナルニの 「聖母の戴冠」図  ギルランダイオ作
    https://www.italiashiho.site/archives/20200617-1.html

13日 「聖母戴冠」 または 「聖母被昇天」図のあれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200613-1.html

 9日 サンタルヴィーゼ教会 ・ ヴェネツィア
    https://www.italiashiho.site/archives/20200609-1.html

 5日 n.2 カステッロ・ディ・ドンナフガータ・逃げた女の城 ・ 
    シチーリア、ラグーザ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200605-1.html

 1日 n.1 カステッロ・ディ・ドンナフガータ・逃げた女の城 ・ 
    シチーリア、ラグーザ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200601-1.html


  5月

28日 春満開、花盛り ・ ルイーザんちの庭
    https://www.italiashiho.site/archives/202005-1.html

24日 n.2 イタリアの 「ラビリント・迷路」のある庭園10 のご案内
    https://www.italiashiho.site/archives/20200524-1.html

20日 n.1 イタリアの 「ラビリント・迷路」のある庭園10 のご案内
    https://www.italiashiho.site/archives/20200520-1.html

16日 n.2 モンテファルコ ・ ワイン、オリーヴ油、B.ゴッツォーリの町
    https://www.italiashiho.site/archives/20200516-1.html

12日 n.1 モンテファルコ ・ ワイン、オリーヴ油、B.ゴッツォーリの町
    https://www.italiashiho.site/archives/20200512-1.html

10日 懐かしい映画を、もう一度DVDで! いや、2度も3度も、ね。
    https://www.italiashiho.site/archives/20200510-1.html

 7日 n.2 べヴァーニャ ・ 紀元前からの歴史が残る、ウンブリアの町
    https://www.italiashiho.site/archives/20200507-1.html

 4日 n.1 べヴァーニャ ・ 紀元前からの歴史が残る、ウンブリアの町
    https://www.italiashiho.site/archives/20200504-1.html

 1日 「第4階級・イル・クワルト・スタート」 ・ 5月1日のシンボル
    https://www.italiashiho.site/archives/20200501-1.html


  4月

28日 N.3 イタリアの美術・博物館 ランキング 2019
    https://www.italiashiho.site/archives/20200428-1.html

25日 N.2 イタリアの美術・博物館 ランキング 2019
    https://www.italiashiho.site/archives/20200425-1.html

22日 N.1 イタリアの美術・博物館 ランキング 2019 
    https://www.italiashiho.site/archives/20200422-1.html

18日 麦畑の色 ・ シエナのクレータ、 トスカーナ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200418-1.html

16日 オルチャの谷、 緑の春を偲びつつ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200416-1.html

12日 復活祭・パスクア 2020 おめでとう!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200412-1.html

10日 イタリアは ・ n.5 シエナのプッブリコ宮 内部の2
    https://www.italiashiho.site/archives/20200410-1.html

 7日 イタリアは ・ n.4 シエナのプッブリコ宮  内部の1
    https://www.italiashiho.site/archives/20200407-1.html

 4日 イタリアは ・ n.3 シエナのプッブリコ宮 と カンポ広場
    https://www.italiashiho.site/archives/20200404-1.html

 1日 イタリアは ・ n.2 マンジャの塔 シエナ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200401-1.html


 3月 

29日 イタリアは ・ n.1 シエナのプッブリコ宮 ・ ロッジャ・ディ・ノーヴェ
    https://www.italiashiho.site/archives/202003-1.html

26日 イタリアは ・ n.2 巴里 1550年 にようこそ!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200326-1.html

23日 イタリアは ・ n.1 巴里 1550年 にようこそ!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200323-1.html

20日 イタリアの現在・ フェデリコ・ダ・モンテフェルトゥロの聖書
    https://www.italiashiho.site/archives/20200320-1.html

17日 イタリアの現在 ・n.4 パオロ・ウッチェッロ「サン・ロマーノの戦闘図」
    周辺あれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200317-1.html

14日 コロナヴィールス ・ n.3 パオロ・ウッチェッロ「サン・ロマーノの戦闘図」
    周辺あれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200314-1.html

11日 コロナヴィールス ・ n.2 パオロ・ウッチェッロ 「サン・ロマーノの戦闘」
    周辺あれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200311-1.html

 8日 コロナヴヴィールス ・ n.1 パオロ・ウッチェッロ 「サン・ロマーノの戦闘」 
    周辺あれこれ
    https://www.italiashiho.site/archives/20200308-1.html

 5日 イタリア・コロナヴィールスの現状 と、 スコミーゴ村 春の兆し
    https://www.italiashiho.site/archives/20200305-1.html


 2月

25日 n.2 春、初夏の旅行計画 ・ スペイン・マドリッド周辺
    https://www.italiashiho.site/archives/20200225-1.html

21日 n.1 春、初夏の旅行計画 ・ オルタ湖と、スペイン・マドリッド周辺

19日 n.2 パドヴァ・チェントロ の レストラン お勧めと評価と
    https://www.italiashiho.site/archives/20200219-1.html

16日 n.1 パドヴァ・チェントロ の レストラン お勧めと評価と
    https://www.italiashiho.site/archives/20200216-1.html

12日 パドヴァ 土地の伝統料理 のご案内を
    https://www.italiashiho.site/archives/20200212-1.html

 7日 パドヴァ観光 美味しく安く食べられる 10のレストラン
    https://www.italiashiho.site/archives/20200207-1.html

 2日 パドヴァ観光、 一日で、有効に見て回る行程は
    https://www.italiashiho.site/archives/20200202-1.html


 1月

28日 パドヴァ観光で、これだけは見るべき 10の物
    https://www.italiashiho.site/archives/20200128-1.html

22日 学校へ通う! どんなに道が遠くとも、そして危険があっても!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200122-1.html

17日 n.2 久し振りに訪問の ポルデノーネの街 ・ フリウリ州
    https://www.italiashiho.site/archives/20200117-1.html

12日 n.1 久し振りに訪問の ポルデノーネの街 ・ フリウリ州
    https://www.italiashiho.site/archives/20200112-1.html

 7日 1月6日は エピファニーア、またはベファーナの祭日
    https://www.italiashiho.site/archives/20200107-1.html

 2日 新年の初笑いをお届けします!
    https://www.italiashiho.site/archives/20200102-1.html

・ 学校へ通う!  どんなに道が遠くとも、そして危険があっても!

このブログを訪問して下さり、これを読んで下さる皆さんは、
ご自分のが子供の時、小学校に通うのにどの位の時間がかかりましたか?
きっとご自分の子供さん、またはお孫さんたちが現在通う時間よりも
ずっと長い時間を掛けて通われた事と。

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私は長野市で生まれ、長野の芹田小学校に通いましたが、住んでいたのは
七瀬町で、多分校区の一番外れに近かったのではないかと思います。

が、これを書くのに一体どの位の距離だったのかグーグルのストリート・ヴューで
調べましたら、なんと1,6km、20分と出ました!

当時は30分以上の時間がかかりましたし、記憶の中ではもっと遠かった気がしており、
勿論戻る時は友達とあちこち回り歩き、遊んで帰ったりで、もっと長い時間でしたが。

そんなこんなを今日ご紹介の記事をサイトで見つけた時に懐かしく思い出したのですが、
I 10 TRAGITTI PIÙ INCREDIBILI AL MONDO PER ANDARE A SCUOLA
学校に行くのに、信じられないような世界の10の道のり」を。

トップの写真は最後にご紹介する映画「学校に行く」のポスター、
子供たちの生き生きした笑顔が可愛く、美しいですよね。



・ さてまず、中国 Lhari州 Naggu の Guluでは
多分まず世界で一番遠い学校の1つで、山の通れない程の小径を
5時間ほどかけて行きます!!

2-scuola-gulu-cina.jpg

3-scuola-gulu-cina-2.jpg



なんとまぁ!  一体どこにあるのかと調べましたら、最初何とか赤点が付いた場所、
以外にはディスプレイには他に何もなく!引いて、引いて、ず~~引いてやっとこれ!
すぐお隣はチベット、今は中国下になっているあの一帯なのでした。

4-gulu cina.jpg

5時間、というのは多分往復に要する時間なのでしょうけど、
雨の日も、雪の日もありますものねぇ、偉いなぁ、子供達!!



・ 同じく 中国 Zhang Jiawan Village
ここでは子供たちは絶壁を木の梯子を使い、よじ登らないといけません!

5-scuola-Zhang-Jiawan-Village.jpg

これを帰り道には降りないといけないのですよね? 怖そう!!
これは場所が見つからずで。



・ インド領 ヒマラヤ地区
子供達は岩山と氷河の厳しい道を渡らないといけません。 寒い季節を想像して!

6-scuola-himalaya.jpg



ヒマラヤの位置を確かめました。

7-himalaya.jpg



・ インド Lebak
ここでは大河にかかる半分壊れた吊り橋を、綱と板につかまって渡ります。

8-scuola-lebak.jpg

なんとまぁ、雨で板が濡れた時など、一層危険ですねぇ!



・ 南米のコロンビア
リオ・ネーグロの河を越えるのに、このコロンビアの子供たちはロープウェイを、
800mを吊られて行きます。

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リオ・ネーグロ河で検索をかけましたら、お隣のブラジルが出ましたから、
きっと川上がコロンビアなのでしょうね。
強風の時など怖いでしょうねぇ!

10-rio negro colombia.jpg



・ インドネシア  Riau州 
ここでは子供達だけで学校に通うのにカヌーを漕ぎ、干潟や湿地帯の中を、
常に鰐が待ち伏せている危険の中を行きます。

11-scuola-d-riau.jpg

美しい写真ですが、恐ろしい実態ですねぇ!



Riau州で検索の写真は、美しい湿地帯の様子ですが、そう、鰐がいるのですねぇ。

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・ インド
この地域では何kmか続くいくつかの森を通り過ぎ、学校に通います。

13-scuola-india-foresta.jpg

傍目には芸術的な程の素晴らしい橋に見えますが・・!



・ もう一度 中国  Sichuan県 Dujiangyan
冬の寒い時、学校に行くのに、凍り付いた、壊れた橋を渡らないといけない・・。

14-scuola-Dujiangyan.jpg

うっかり滑ったら、と想像するだけで恐ろしい!



ここも中国西部の山岳地帯の様で。

15-Sichuan, Cina.jpg



・ インドネシア スマトラ
子供たちは学校に行くのに、文字通り、壊れた橋の鋼鉄のロープを掴み、
ロープの上を歩いてパダング河・Padangを渡らないといけない。

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17-scuola-Sumatra-2.jpg

これは一体、低学年の子に出来る事?!



上に出た、カヌーで湿地帯を漕いでいくRiau州のお隣でした。
インドネシア辺りは台風の被害で、しょっちゅう橋が壊れたりするのでしょうね。

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・ フィリッピン Rizal県
子供たちは学校に通うのに、毎日何キロもの道を往復しないといけなく、
おまけにトラックのタイヤ・チューブを膨らませた物を持ち運び、
一緒に乗って川を渡って行く。 信じられなく、想像もできない程の事!

19-scuola-rizal.jpg

20-scuola-rizal-2.jpg

毎日の事で子供たちは慣れているのでしょうね、余り怖がっている顔ではないのが
せめてもの事ですが・・。



首都マニラに近い場所の様ですが、もっと奥地では・・?

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最初にご覧頂いた映画「学校に行く」は、2013年のドキュメンタリー映画で、
原題は「Sur le chemin de l'école・学校へ行く途中」。

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ザヒーラ 12歳 女子 荒々しいモロッコの山中の道を丸一日かけて学校に行く。

ジャクソン 11歳 アフリカのケニアの少年、毎日15Kmのサヴァンナの
野生動物たちのいる中を学校に通い、

カルリート 11歳 パタゴーニアの平原を馬に乗り、18kmの道を学校に行く。

サムエル 13歳 2人の弟のお供で、車椅子で4kmの砂道、川、マングローヴの
道を毎日学校に通う。

彼らを取り巻く環境は、女性の大多数が読み書きを知らず、子供たちは
狩りをして食物を調達しなければいけず、

学校に通う女の子たちは、書く事、読むことを覚え、仕事を得、将来に向け
自立した女性になる夢をかなえる為に頑張っている、と。

こちらでYoutubeが少し見れます。


我々の生きている環境では、有り難い事に学校に通うこと自体は既に
当たり前な状態で、自分の夢を目指すのも自分次第ですが、

こういう子供たちが世界にはまだまだたくさんいる事に改めて気が付くと、
ふっと自分の姿を振り返らずにはいられませんね。

こういう想いをやはり時に思い出し、感謝しつつ、
今年も元気で頑張って参りましょう!!


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・ n.2 久し振りに訪問の ポルデノーネの街 ・ フリウリ州 

クリスマスの日の午前に本当に久し振り、10年ぶり位になるのかな、
友人と訪れたポルデノーネ・Pordenoneの街。
フリウリ州になるのですが、我が町コネリアーノからだと電車で30分弱で到着の
いわば東のお隣で、でもあまり詳しくどころか殆ど知らないし、で、

先回ご案内した街の中心通りのコルソ・ヴィットリオ・エマヌエレ2世に
立ち並ぶ、ロマネスクからゴシック様式の壁画装飾のある建物類、
あんなのがずらっとあった、というのも頭にまるで残っておらずで!
何度も行ったのに一体何を見ていたのでしょうね、この馬鹿はぁ!!

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という事で改めて、まるでブログで初めてご案内みたいになったのでしたが、へへ、

古いフレスコ画装飾の立ち並ぶコネリアーノの南にあるオデルツォ・Oderzo、
ローマ期のモザイクもしっかり残る町のご案内は、
オデルツォ ・ 3000年前、既にヴェネトの中心地
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462784598.html

夏の夜、広場でオペラを ・ オデルツォ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461685683.html



で、ポルデノーネの2回目、コルソ・ヴィットリオ・エマヌエレ2世の最後にある東側の
建物と、突き当りのパラッツォ・コムナーレ・市役所、そして街の聖堂のご案内を。

トップの写真ともども、こちらが通りの東側の最後の建物パラッツォ・リッキエーリ・
Palazzo Ricchieriで、現在は市の美術博物館。

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最初は町の端に位置する要塞的な建物として13世紀に建設されたのが、
ヴェネツィア共和国治世下において、リッキエーリ家に提供されたものと。



で、掛かっている幟に見えるのが、この街出身の16世紀の画家、街の名を冠され
イル・ポルデノーネ(1483-1539)と呼ばれる画家の自画像。

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ジョルジョ・ヴァザーリの「画家・彫刻家・建築家列伝・Le Vite delle più eccellenti
pittori, scultori, e architettori」の第4部に、
「歴史中の物語の発明、構図、技術の優秀さ、色の実践、フレスコ画、スピード、
大きな浮彫、その他すべての芸術において、大変にまれで優れた・・」と評しているそうで、
「ルネッサンス期におけるフリウリで最大の画家」と見なされます。

実際この一帯において彼の名と、彼の娘と結婚した弟子のポンポーニオ・アマルテオ・
Pomponio Amalteo(1505-1588)の作品には良くお目にかかりますし、
大変に達者で饒舌、ちょっと庶民的な雰囲気を醸す絵の作家、という感じでしょうか。

ヴェネツィアにも勿論、クレモナのドゥオーモにも、ピアチェンツァにも彼の作品が残り、
フェッラーラにエルコレ・デステ2世に注文された綴れ織りのデザインを届けに行き、
謎の死を遂げています。



このポルデノーネ市の美術博物館は、ジュリアーナもshinkaiもまだ一度も訪問
しておらず、開館時間を間違えない様に写真を撮って来ました。

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つまり、見に行きにくい筈でして、はは、
水曜から日曜 の 午後3時から7時まで  が開館時間 で!
チャンスを見つけてお出かけ下さいね。



コルソ・ヴィットリオ・エマヌエレ2世通りを塞ぐ位置にあるパラッツォ・コムナーレ・
市役所で、ゴシック式の13~14世紀にかけての建物。

42-P25_9223_GF.jpg

前部の時計塔部分は16世紀に、上に出た画家イル・ポルデノーネの弟子で婿の
ポンポーニオ・アマルテオの設計だそう。



時計と、塔の一番上の鐘突きの2人のアップを。

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むか~~し初めてポルデノーネに来た時に見て、いささか舞台設計じみた場所と
姿に驚いた事をよく覚えていますが、
街の栄えている時期の市民の意気と財力が窺えますね。

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斜め背後にある街の聖堂の横から撮った、時計塔と小塔の後姿。
盾を持ってる鐘付きの2人がどこか大人しい印象で、天使かな、と思ったのでしたが。

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時計塔の下がこのようにロッジャになっていて、ちょうど木彫のプレゼーペ展示中。

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で、こちらが少し可笑しかった、時計塔の前のポルデノーネの像で、

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体と脚の関係が微妙にずれていて、おまけに足元にあれこれ道具が散らばり、
蹴っ飛ばしたり踏んずけたりはしないかと、見る方が気になるのですがぁ、ははは。

いくら絵描きだとハッキリ分からせる為とは言え、こんなにパレットに絵の具を
ちりばめると、一体どこで色を混ぜるのかと心配になるやんかぁ。



で、この像は聖堂内にある柱に描かれた彼の絵を元にしていると分かったのですが、
こちらが聖ロッコを模しての自画像で、眼光鋭く、絵は断然の迫力でしょう?!

48-2-sPordenone_G.A._sec._XVI,_San_Rocco.jpg

折角フリウリ最大の画家を模すのなら、も少しお金を払っても良い作家に頼み
良い像を作らないと、画家本人が泣くよねぇ、ははは。



笑ったのは、ふと見ると像の脚元に猫がいて! ポルデノーネは猫好きだった?!

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これは現在の市美術博物館となっているパラッツォ・リッキエーリの
建物の角を南から見ている所で、

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街の要塞替わりの建物だった、というのが分かる、街の塀、城壁にすると
大人しい、それに続いていて、奥に見えるのが塔なのかも。

で、右に切れて見えるのが、



街のシンボルでもある聖堂の美しい鐘楼。 オリジナルは13世紀ですが、
何度か地震や雷の災害で再建、修復されたりの様で、現在の姿は19世紀末修復の物。
煉瓦使用の高さ70mを越える、細身ですらっとしたエレガントな姿。

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駅前からもすぐに見渡せる高さと、通りを歩きながらも徐々に近寄り、屋根越しに
近くから見えた時は、ああ、美しいねぇ! というエレガントな姿で、
ちょうどクリスマスの朝のミサが終わって皆さんが出て来られる所に行き合わせ、
暫く後6つあるという鐘が鳴りだした時は聞きほれました。



こちらが街の聖堂の、ポルデノーネのドゥオーモと呼びならわしておりますが、正式名は
コンカッテドラーレ・ディ・サン・マルコ・エヴァンジェリスタ・サン・マルコ聖堂。

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13世紀から建設が始まり14世紀に完成のロマネスク・ゴシック様式ですが、
内部はネオクラッシック調、というのも、何せ地震の被害が何度もで、とりわけ最後の
1976年の大地震の被害が甚大で、現在の正面や壁は鋼鉄で内部補強されていると。



ご覧の様に小振りな聖堂で、入口扉にかっての様子が残ります。

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内部はご覧の様にネオクラシックに修復され、一廊式、左右に礼拝堂が
3つづつあります。

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これは右側最初のミゼリコルディア礼拝堂・Misericordiaで、祭壇画はイル・ポルデノーネ。
(1515-16作)聖母がマントを広げ、慈悲を求める人を庇い、右にキリストを抱く養父の
ジュゼッペ・ヨゼフ、左に見える川渡しの大男はサン・クリストフォロ。

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これは力のこもった素晴らしい絵と思い、逆にティツィアーノがヴェネトの
地元に残した絵の事などもちらっと思い出したりで、はい。

ヴェネトの春、 そして ティツィアーノの家 n.1 
http://www.italiashiho.site/archives/20170404-1.html

ヴェネトの春、 そして ティツィアーノの家 n.2
http://www.italiashiho.site/archives/20170405-1.html



説教壇。

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そしてあれこれお世話で働いているのか、それとも神父さんなのか、
これはマルタ騎士団の赤十字ではないのかな、どういう関係?と思いつつ。

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壁に残る古いフレスコ画。 やはり真ん中に聖クリストフォロがいて、
両脇の司教様は?

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この天井画は、確か祭壇右脇、翼廊にある礼拝堂の物だったと。

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やはり右脇奥にあった、洗礼堂。

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主祭壇の祭壇画。 

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手前にある、これなんと言いましたっけ、大きなのに隠れ、肝心の絵が見えずで、
サイトを探しましたが見つからず、作者の名も分からず・・。
で、どうやら街のロザーリオ・Rosarioにあった古い教会、1812年に解体された、
からこちらに移されたものの様子、と分かりました。



こちらは左側の真ん中の礼拝堂にあったドメニコ・ティントレット、ヤコポ・
ティントレットの息子、の作品「聖シローラモ・ヒエロニムス」(1594-95)

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信者の捧げるお灯明。

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shinkaiはお灯明はつけませんが、教会内部で写真を撮らせて頂いた時は、
いつも心ばかりのお布施を捧げます。

ポルデノーネの市の、ドゥオモのヴィデオをどうぞ。 細部も良く分かります。
https://youtu.be/caC2xg7ILh8



聖堂のある位置は高くなっていて、市役所の後ろに広がるこの広場が見晴らせ、
こちらが実際にコルソ・ヴィットリオ・エマヌエレ2世通りのお終いですね。

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敷き詰められた煉瓦模様に射し込む、クリスマスの朝の光。

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広場にある泉。 夏の暑い日には、この泉から落ちる水で
鳩たちが頭を冷やすのを何度か見ましたっけ。

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西側に繋がる最後の建物、装飾の壁。  名前謂れも見つからずで残念。

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西の斜め奥の広場に見える大きなクリスマス・ツリー。

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この左奥が大きな駐車場だったと。



広場を少し南に下ると、街の南を流れるノンチェッロ川・Nondello、
かっては川の港があり、街に繁栄をもたらしたという川が流れますが、

橋を渡って行くと、今見える小さな教会があります。 入った事なく残念ですが、
この時も電車の時間が気になり行かずじまいに。

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市役所の横にパトカーが何台か止まりお巡りさんも。 1人細身の若いお巡りさんが、
と思っていて、近づいてみたら女性でした、失礼をば!

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この時間、クリスマスのミサが終えて聖堂から出て来られた人々で通りが賑わい始め、
そろそろと道を戻り始めると、向こうからカラビニエーレの正装姿の3人が。
やはりとても煌びやかなのですよね、黒と赤、そしてマント。 左2人の帽子もね。

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2枚ほど撮り、通りすがりに会釈しましたら、左の方がにっこりとね。



人の姿が見え始めた通りを戻りますが、

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こうして見ると、結構道の高低差がありますね。



ヴィットリオ・エマヌエレ通りの最後の角に、こんな車が! カッコいいィ!!

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さて駅に向かって戻りますが、大きく伸びた木々の枝。 快晴の空に美しく。

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という、久しぶりのポルデノーネの街行き、ご案内でした。
フリウリ州の底力を感じさせる古い歴史の街、チャンスを見てお出かけ下さいね。


◆ 個展のお知らせ ◆

広島の絵の友人でもある 田谷行平先生が 1月25日から2月2日まで
ギャラリーたむら にて個展を開催されます。

IMG_20191219_211552_195_GF.jpg

どうぞお出かけご高覧下さいます様、ご案内申し上げます。


*****
  
記録庫ブログには、 ヴェネツィアを 5記事 アップしています。
これで漸くにヴェネツィアも完了し、やれやれ。 全部終了を目指しま~す。
ご訪問よろしくお願い致しま~す。

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色鉛筆+水彩画ブログには、
クリスマス・ローズ 詰めに向けて と、 鬼のいぬ間の猫のダンス を
アップしています。
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・ n.1 久し振りに訪問の ポルデノーネの街 ・ フリウリ州

今回から2回に渡り、12月25日、はい、クリスマスの午前中に訪問した
フリウリ州はポルデノーネの街の旧市街の様子をご覧下さいね。

ポルデノーネ・Pordenoneは、我が町コネリアーノから東に約35km程に
位置し、以前は何度も訪れ写真も撮っていたのが、なぜかブログでは一度
載せただけで、最近はずっとご無沙汰になっていました。

でこのクリスマスの前に、午前中お天気の様だしどこに行く?、と例により
クリスマスのお昼を一緒に我が家での友人ジュリアーナと相談すると、
彼女が、最近ポルデノーネのビットリオ・エマヌエレ2世通りが整備され、
改めて評価されているらしい、というので、では久し振りだし行ってみようという事に。

距離的にもそう遠くありませんが、ポルデノーネの駅から旧市街の通りには
すぐ近い事もお互いに知ってますので、では電車で行こう、という事になり、
ちょうど30分足らずで行けますし、25日の朝早めに出かけました。

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古い古いご案内 夏の夕、ベルサリエーレの吹奏楽演奏会 ・ ポルデノーネ
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/462967431.html

フリウリ・ヴェネツィア=ジューリア州全体のご案内
http://italiashinkaishi.seesaa.net/article/460834526.html

天気予報通り快晴のお天気となり、おまけにイタリア全土が、はは、祭日の為
町中もひっそり、電車もガラガラ! 気持ちよくゆったり座り景色を眺め、お喋りを。


上の写真同様、北の平野の向こうにくっきりと姿を見せる山の姿。
これはモンテ・カヴァッロ・Monte Cavallo、アルプスの山の流れで標高
2251mの高山で、お天気だとヴェネツィアからもアドリア海からも見えるそう!

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平野に残された大きな農家の廃屋。 

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背後の山の中腹に村落が長く続いて見えますが、どこだろ?



あっという間にポルデノーネの駅に到着し、これは駅前から真っ直ぐ出てきた所。

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この道は、記憶には真ん中が確か地道だった記憶がありますが、
綺麗に煉瓦が敷かれ、薄い色の柄が入り、まるでちょっとした公園の様。



ポルデノーネの街の地図をどうぞ。 左に国鉄駅があり、まっすぐ駅前から東に
ヴィア・ジュゼッペ・マッツィーニ通り・Via Giuseppe Mazziniが通り、
突き当りの4叉路を右に。 この通りがコルソ・ヴィットリオ・エマヌエレ・セコンド・
Corso Vittorio Emanuele IIで、ポルデノーネ一番の繁華街。

4-2-smap pordenone.jpg

一般車は通行禁止で、ゆっくり散策が楽しめ、一番突き当りに街の一番の
聖堂サン・マルコがあり、その斜め前に見える筋の入った広場が大きな駐車場。

駐車場の位置に、ピアッツァーレ・フィランダ・マルコリン・Folanda Marcolin
と見えますが、かってはこの位置に紡績工場があったようで、

下を流れる川がノンチェッロ川・Nondello. この川はも一つ東から流れ下る
メドゥーナ川・Medunaと合流し、再び下りリヴェンツァ川・Livenzaと合流し、
フリウリ平野を流れるリヴェンツァの大河となり、アドリア海に注ぎこみます。

かってのポルデノーネの繁栄は、この川を使っての運搬の港としてだそうで、
ローマ期からずっと続いていた様子。

ゴルガッツォの湧き水 ・ フリウリ、リヴェンツァ川の水源は
http://www.italiashiho.site/archives/201808-1.html

聖所と、リヴェンツァ川湧き水の流れ
http://italiashinkai.seesaa.net/archives/20180911-1.html



さて駅前からの真っ直ぐの道を右手に、ヴィットリオ・エマヌエレ2世通りに。
この通りの名前は、初代イタリア王国の国王の名が冠せられていますが、

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写真は振り返っての眺めで、奥の赤い建物が駅からの道角で、
こんな風に道の両側にずっとポルティチが続き、古いロマネスク、ゴシック様式の建物
が続き、1階は殆どすべて店が入り、クリスマスの祭日とあって店は閉まり。



これは大学に卒論を提出し、遂に学士号を獲得、卒業した、のお知らせ。

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詳しくは知りませんが、日本の様に期日までに卒論提出、とかいう事はないのかな、
各自それぞれの目安なのか、指導教授の期限なのか、一斉に卒業というのは
ない様で、OKとなるとこんな風に友人達が描いたりの似顔絵付きのお知らせが
張り出されます。



ヴィットリオ・エマヌエレ2世通りの左右に並ぶ古い由緒ある建物は数が多く、
名前やそれぞれの由緒が記された市の優秀なサイトを見つけました。

西側と東側とに分けて、赤枠で囲い、付いている番号をクリックすると、
説明の各ページに飛びます。
https://www.comune.pordenone.it/it/citta/scopri/facciate-del-corso/esiti/corso-vittorio-emanuele-ii

という事でshinkaiも大いに利用させて貰いまして、

このゴシック風の窓2つ、真ん中にしっかり紋が入った家は、カーザ・シモーニ・
Casa Simoni.

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こちらは東側、左がカーザ・ベルナルディ・Casa Bernardiですが、
2つの建物が一緒にされていて、15世紀の物に左の屋根に見える建て増しは
19世紀末の物だそうで。

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見えるフレスコ画装飾は、2004年に修復された時に壁の下から見つかった物で、
紋章入りの盾の断片、多分市民の紋章と、赤と白の縞の紋章はオーストリアの
物だろうと。

その隣の細高い白の建物は不詳で、
隣の全体が茶系の幾何学模様装飾のは、パラッツォ・デ・ルベイス・
Palazzo De Rubeis、元は中世の建物で、装飾柄は絨毯柄。



こちらにルベイス邸をアップで。  アーチの間の装飾は交互に人間と動物の
幻想的な姿が描かれているのだそう。 

9-1-P25_9164_GF.jpg



という事で、市のサイトに載っていた写真から細部を1枚、どうぞ。

9-2-spalazzo-de-rubeis-part-04.jpg

これは動物たちが翼を持っている物ですが、顔が人間の物もあり。



曲がりながら、上り下がりしながら緩やかに続く道の先、建物の上に突き出す
街の聖堂サン・マルコの鐘楼。

10-P25_9168_GF.jpg



化粧品店は閉まっていたのですが、ショウウインドウには灯が点いていて、
ディールの口紅の宣伝とか、

11-P25_9171_GF.jpg



暫く前からTVのCMで見る、ディオールの香水ジュー・ド・ロウ。

12-P25_9174_GF.jpg

この名は俳優のジュー・ド・ロウと同じで、以前彼をCMに使い、
男性用の香りも売られていた様で! 彼がとても若く、いつの事?!

今のこれは、女性用ですよね?! どなたかおせ~て。



アックワ・ディ・パルマ。 人間用香水ではなく、部屋の香りみたいですね。

13-P25_9175_GF.jpg



今年のクリスマス前からずっと流れていた、シャネルの5番。

14-P25_9176_GF.jpg



道の両脇の建物の下は、ずっとこんな風にポルティチが繋がり、どこも柱の形は
違っても幅が同じですから、かなり昔からの都市計画の一部だったのでしょうね。

15-P25_9177_GF.jpg



西側の大変に大きな建物で、パラッツォ・コルトーナ・オーヴィオ・フロレアーノ・
Palazzo Cortona-Ovio-Florenano、正面に植物柄の装飾。

16-P25_9179_GF.jpg

17-P25_9178_GF.jpg

shinkaiは撮らず、目も行かなかったのですが、へへ、1階部分のポルティチの
3本の柱の内、2本は花柄の間に紋が刻まれた柱頭で、右側の柱頭には
子供の頭がフレスコで描かれているそう。



東側の、カーザ・ピッティーニ・Casa Pittini. ちょうど通りの中程にあり、
元はゴシック様式だったのが、歴史経るうちに上が増築されたのが17世紀。
フレスコ画装飾は壁の幾何学模様と、ゴシックの窓周囲の花柄。

18-P25_9181_GF.jpg



これも東側の建物に出ていた碑で、ジュゼッペ・ガリバルディがこの館に逗留し、
敵と戦った、という記念碑。

19-P25_9183_GF.jpg



緩やかに通りが曲がりつつ進みます。

20-P25_9185_GF.jpg

ポルデノーネの街は、元々川の港として既にローマ時代から農作物や商品の
集散地として栄えたと上記しましたが、お隣に接するスラブの文化も受け、
オーストリアの貴族、後にハプスブルグ家の治世下にありましたが、

16世紀初頭になり、ヴェネツィア共和国の傭兵隊長であったバルトロメーオ・
ダルヴィアーノ・Bartolomeo d'Alvianoによりオーストリアから奪取し、
暫くの間彼が統治、その後息子の代まで続きますが、やがて直接統治に。

ヴェネツィア共和国は新しく港を建設したり、製造業を強化させたりで
街の繁栄を築いたと。

バルトロメーオ・ダルヴィアーノについてはこちらに。
ある傭兵隊長のお話と、 名画に描かれた、または名画の謎 
http://www.italiashiho.site/archives/201702-1.html


今回こういう事を改めて知ると共に、電車で来た時に感じた事、どこか街が
すっきりと整い、例えば駅のトイレの清掃なども我が町コネリアーノ等よりずっと
行き届いていた事などなど、町の人口もコネリアーノの3万5千人に比べ、
5万1千人と多く、繁栄している、という言葉が良く理解できたのでした。

何となしにフリウリの街としては皆さんの頭にもウーディネ・Udine、そして東の、
イタリアの端でもあるトリエステ位しか頭に浮かばないだろうと思うのですが、
つまり何となしに「田舎」という雰囲気がすると思うのですが、

地味に見えるものの、実際の富の蓄積はかなりの物ではないかと、言う気がします。
何せ駅からこの通りに曲がるまでの直線3,400mだと思う通りに、なんと幾つもの
銀行があり、ジュリアーナと2人で驚いたのでした!

実際、堅実な働き者という評判のフリウリの人々ですものね、ははは。
そういえばジュリアーナもフリウリの北、トルメッツォ・Tormezzoの出身ですが、
長い事ポルデノーネに住んでいた事もあり、懐かしがっていましたが、
そう、そういえば、やはり堅実ですねぇ!   とちょっと脱線でしたぁ。



これは西側の建物で名前が見つかりませんでしたが、如何にもクリスマスらしい
可愛い飾り付けが気に入ったので撮ったもの。

21-P25_9186_GF.jpg



これも見つからずの建物ですが、古い紋が2つ見え。

22-P25_9190_GF.jpg



東側の中程、パラッツォ・ティンティ・palazzo Tinti. この高い細長い入口風の
塔の建物に続き、右に大きな建物が続きますが16世紀の物と。
ティンティ家というのはベルガモ辺りから17世紀頃にポルデノーネにやって来た家系、
といい、どうやらその後この建物を購入したもの。

23-P25_9191_GF.jpg



東側、パラッツォ・クレシェンドロ・ミラーニ・Palazzo Crescendlo-Milani.
クレシェンドロという家系はポルデノーネで既に1447年に貴族となった家系が、
既にずっと前に絶えていると。

24-P25_9194_GF.jpg

名の並ぶミラーニ家は信頼される商人家で、説明に「かってのティンティ家の
小路を発見し、正面壁のフレスコ画や装飾品を発見した」とあるので、
建物を購入した、という事かと。



西の、建物の間を抜け、谷の様に低くなり、林の続く住宅街に出る道で、
この一帯は再開発されたか整備されたかで、かってとまるで様子が変わっていると、
ジュリアーナの言葉。

25-P25_9195_GF.jpg



一方こちらは東側の建物の間を抜ける小路で、なかなか良い雰囲気だったので。

26-P25_9196_GF.jpg

我らはこの日旧市街の通りを1本通り抜けただけですが、西にも、とりわけ東側に
新市街が広がります。



西側の大変大きな18世紀頃の建物でしょうか、ふ~んと思って撮ったのでしたが、
サイトでは名が見つかりませんでした。  

27-P25_9197_GF.jpg

28-P25_9200_GF.jpg

大分陽が射してきているでしょう?



西側、カーザ・グレゴーリス・バッサーニ・Casa Gregoris-Bassani.
装飾は色の美しいダマスコの織柄と3つの帯装飾。
上の壁の真ん中に見える白黒の紋章はグレゴーリスの物で、リボンで壁の釘に
結ばれたようになっている。

29-P25_9201_GF.jpg

30-1-P25_9203_GF.jpg



というので、サイトにあった写真でお確かめを。

30-2-simmagine_home_facciate.jpg



ポルティチの上に見える帯状装飾に見えるのは、マスケラ・仮面、イルカ、シレーナ・
人魚、トリトン、ヒッポグリフィ・馬体にグリフィンの頭と翼を持った怪物。

30-3-gregoris-bassani-part-04.jpg



コルソ・ヴィットリオ・エマニエル2世通りの突き当りにあるコムーネ宮・
市役所が見えてきた所。

31-P25_9205_GF.jpg



西側の、パラッツォ・マンティーカ・Palazzo Mantica. 左に続くもう一つの
建物と一緒になっているそうで、3階の中は広いスペースになっていると。

32-P25_9207_GF.jpg

33-P25_9206_GF.jpg

窓の間に描かれたフレスコ画は2人の騎士の戦闘場面で、ヴァレーリオ・コルヴィーノ・
Valerio Corvinoがガッロ・Galloを殺害する場面。 

ポルデノーネ出身の16世紀の画家、ポルデノーネの発想だそうで、
彼については次回に。



東側、パラッツォ・ヴァルモ・ポーモ・palazzo Varmo-Pomo.カーザ・デイ・
カピターニ・Casa dei Capitaniと命名されたもので、通りが横切る角にある。
壁のフレスコ画は絨毯柄で埋められ、交互に盾形の大きな紋章があり、
3つ目の物はサン・ダニエーレ・ディ・ヴァルモの貴族であることを示す。



カーザ・デイ・カピターニというのは、治世官、ヴェネツィア共和国から
遣わされる代々の治世官が済み、統治する館の事ですね。

34-1-P25_9212_GF.jpg

角を曲がり道に面する側には煙突の形が見え、北国のイメージのあるテラモン像・
男性像がある。  これは多分煙突のでっぱりの下にあるものと。



で、サイトより、テラモン像を。

34-2-spalazzo-varmo-pomo-casa-dei-capitani-part-03.jpg



また少し進んでの東側、こちらも交差する通りに面しての壁画が良く残った、
パラッツォ・ポラッコ・バルバリケ・スカラムッツァ・Palazzo Polacco-Barbariche・
Scaramuzza. 元は14世紀の建物で、現在残るのは修復後の16世紀の姿と。

35-P25_9213_GF.jpg

フレスコ画は花柄の帯状装飾と、中世に使われた煉瓦状のもので全体が
埋められている。 色も優しく美しいものでしたよ。



これは西側の建物の下を抜け、少し下って行く道。 素敵でしょう?!

36-P25_9214_GF.jpg



という所で、一休み。 このクリスマスの日に、この通りで店を開けていた2軒の
バールの内、市役所の斜め前の古くからの歴史を持つバールに入りカフェを。

37-P25_9217_GF.jpg

いや、shinkaiはカフェではなくオルゾで、クロワッサンを一つ食べました。
大きなというか、幾つもの部屋が繋がっているバールで、お馴染みのお客が
次々と入って来て、皆クリスマスの挨拶を交わしておりました。

という事で、次回にサン・マルコ聖堂などのご案内を。

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・ 1月6日は エピファニーア、またはベファーナの祭日

キリスト教徒にとってクリスマス後の12日、つまり1月6日は、エピファニーア・
Epifania、またはベファーナ・Befanaの祭日として祝われます。

クリスマスと違って、我ら日本人には、キリスト教徒でない人間には
ちょっと馴染みのない祭日ですが、こちらイタリア、またヨーロッパ圏では
かなり重要な祭日なので、今日はちょっとご紹介を。

こちらはパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のあるジョットの壁画で、
「マギの3博士の礼拝」図で、聖母とその膝の上のキリストの前に額づく
「マギの3博士」が、エピファニーアの祭日の主人公達、という事になります。

1-Giotto_-_Scrovegni_-_-18-_-_Adoration_of_the_Magi.jpg

つまり登場人物はほぼ同一なのですけど、「クリスマス」はキリストの生誕日で、
飼い葉桶の中にキリストがいたのが、「エピファニーア」には聖母の膝の上で、
マギの3博士の礼拝を受けている、公の前に姿を現した、という様子。
日本語ではこの日は「主の御公現の祝日」というそうで、分かり易いですね。

生まれてたったの12日で?!とは仰いますな。 我らがお釈迦様も生まれて
7日目には1人で歩み「天上天下唯我独尊」と仰ったそうですのでね、はい。



ちょっと横道にそれますが、素晴らしい彫り物を見つけましたのでご覧下さいね。

こちらはエミーリア・ロマーニャ州のフォルリ・Forlìのサン・メルクリアーレ聖堂・
San Mercurialeの入り口扉上にある「マギの3博士の夢と礼拝」像で、

2-Maestro_dei_Mesi,_sogno_e_adorazione_dei_magi,_1200-10_ca._02.jpg

左端に眠っている3博士の上に天使が現れ、あちらに、と行き先を示し、
右側に玉座の聖母子の前に礼拝を捧げる3博士の姿。

作者はマエストロ・デイ・メージ、つまりフェッラーラのドゥオーモに残る「歴月像」
と同一人物とみられる13世紀の浮彫作家との事。



で、この夢を見ている3博士の素晴らしい像がこちら。 

3-rE_mAGI.jpg

これはフランスのオータン・Autunにある、サン・ラーザロ聖堂にある柱頭像で、
素晴らしく細かい装飾柄の掛け布に出た手の指輪に天使が触れながら、
もう片方の手は星を指さし、行方を示していますね。

この聖堂は1120~1146年のロマネスク様式の建設が後に改装されているそうで、
このオータンの聖堂に残る装飾浮彫、タンパンの「最後の審判」像も
Gislebertus・ジスルベタスと、当時にあっては大変珍しく署名入りだそうで。



という所で、マギの3博士の登場のエピファニーアの祭日の様子を見て頂く事に。
参考にしたサイトは「LA FESTA DELLA BEFANA NEL MONDO


チェコ共和国、スロヴェキアの国々では、子供たちは3博士の様に衣装をまとい、
地域の各家を回りつつお菓子を貰う習慣があるそうで。

4-immagine-befana-1024x639.jpg

この写真はどの国のか記してないのですが、上の説明があるので、この一帯のかも。



ラテン・アメリカでは「Los Reyes Magos・賢者」として祝され、子供たちに贈り物を
持ってくるのはサンタ・クロースではなく3賢者で、贈り物に何が欲しいかを子供達が
ねだるのも3賢者なんだそう。

5-latina.jpg

以前はイタリアもそうだったのが、戦後クリスマス、サンタ・クロースの大普及で、
ははは、今の子供たちはプレゼントを両方の日に貰う、という事になり、
とはいえ、大きなプレゼントはクリスマスで、エピファニーアにはお菓子を貰う、と
いう所でしょうか。



フランスでは「王の日・Le Jour des Rois 」と呼び、祝されるそう。
この日に作られ食べられるお菓子は「王様のガレット・Galette des Rois」で、
丸く平べったいトルタ。

各地のお菓子については、下に纏めますね。


スペインでは、子供たちが3賢者を迎えるのに、馬(ラクダ?)の為に靴の中に
藁や穀物を入れて入り口やテラスに出しておくと、翌日にはお菓子やキャラメルに
変わっているという訳。

6-cavalieri-spagna.jpg

3博士たちの行進は、各地で軍楽隊や中世風衣装の太鼓隊のお供で
パレードが繰り広げられるそう。



スペインの統治を受けたメキシコでもエピファニーアは祝われ、大勢の人々が
味わうお菓子は「ロスカ・デ・レイエス・Rosca de Reyes」と呼ばれる甘いパンの
一種で、中にキリストの姿をした小さな像が隠されていると。

7-rosca.jpg


エピファニーアのお祭りは勿論他のヨーロッパの国々オーストリア、ドイツ、
クロアチア、ギリシャ、イタリア、スロヴァキア、スペイン等でも祝われますが、
キプロス、ポーランドでは1月6日とは決まっておらず、毎年日が変わるそう。

キリスト教正教会ではエピファニーアの祝日は毎年1月19日だそうで、
何百年か前まではエピファニーアの食事はキリストとマギの博士の訪問を祝う
子羊のローストが伝統的なご馳走だったのだそう。

で、この日が祝日とならないのは、オーストラリア、カナダ、イギリス、
そしてアメリカと。


アメリカのニューヨークでは、「マギの3博士の日」を祝うのを広めようと、毎年の
パレードを30年ほど前から行っているそうで、
何千人もが参加して、ラクダや人形たち、山車が練り歩くと。

13-natale_.jpg



こちらはギリシャのオルトドッソ・正教会の司祭が正装を纏い、守護兵に囲まれ、
レスボス島のミティレーネ港から、水と十字架をエピファニーアの祝福の為に
運んで行く所。

10-ortodosso.jpg



チェコのプラハでは毎年伝統的に、氷の張ったモルダヴァ河で、エピファニーアを
祝う水泳が行われるそうで!  皆さん、お元気で結構ですねぇ!!

8-befna-moldava.jpg

9-epifania-praga.jpg



こちらブルガリアでも、東方正教会の司祭が海に十字架を投げ込み、それを
最初に拾おうと男たちが競争して飛び込むのだそうで。

11-croce.jpg



ロシアでは1月6日はオルトドッソのカレンダーで、クリスマスを祝うのだそうで。
伝統的に贈り物は、パードレ・ジェーロ・凍える父さん、とでも、が運んで来て、
バーブシュカ・お祖母さん、つまりベファーナですね、がお供をして配るのだそう。

12-babbo-natale-russo-epifania.jpg



最後はヴェネツィアで、1970年代に冗談的に始まった「ベファーナの競艇」が
しっかり伝統となり、1月6日のエピファニーアの日に行われます。

14-1-regata-della-befana.jpg



イタリアでは一般的に「ベファーナの日、お祝い」とも言われますが、元々
ベファーナとは魔女というか、草臥れ破れた靴、継ぎはぎだらけの服の年寄り女性を
指し、こんな様子で、箒に跨って飛ぶのですね、ははは。

15-befana_italia.jpg



なので、上の競艇の漕ぎ手は皆中年以降の男性で、年寄り女性風に装っている
のですけど、今回こんな写真をサイトで、まだ若い女性も、しかもイタリア女性
ではない人が参加し漕いでいるのも見つけました。 
まぁ、それだけ人気がある競艇という事なのでしょうね。

14-2-sbefana-ven3.jpg



で、ここからエピファーニアの伝統のお菓子、になりますが、

現在のエピファーニア、ベファーナの歴史についてもほんのちょっと、
多分紀元前10~6世紀に遡る異教徒の農作業に繋がるもの、昨年の収穫に感謝し、
新しい年の豊作を願う事に繋がっての事だったろうと。

1月5日の夜にはこちらイタリアでは、日本のトンド焼きに似た風習もあるので、
それらも含めての事と思いますが、

それがどうしてベファーナ・魔女に繋がったか? これは紀元後5世紀頃から
ローマの教会ではすべての異教徒的な行事を、背後には悪魔的な影響があると
恐れ、否定したのだそうで。

そこから悪意のありそうなベファーナ、醜くもある姿が浮かび上がったのだろうと。
でも同時に「良い年寄りの女性」でもあるのですよね。

なので民衆伝説の中では、1月5日と6日の夜には、古着を身に着けた年寄り女が
箒に跨り空を飛び、良い子にはお菓子を、昨年良くなかった子には炭を配る、
という話が今もしっかり根ついているのですね。

という事で、
イタリア全体で、ベファーナのお菓子、炭・カルボーネ

16-dolci-befana-carbone-italia.jpg

リチェッタは載っておらず、黒くするのは何か分からず残念ですが、
「炭」はやはり異教徒が土地を新しくする儀式で燃やす焚火に
繋がるのであろうと。



スペインの、ロスコン・デ・レイエス・Roscòn de Reyes 

17-Dolci_Befana_Roscon_de_reyes-1024x768.jpg

上に出たメキシコの「ロスカ・デ・レイエス・Rosca de Reyes」と同様で、
丸い柔らかいパンで、砂糖漬けの果物で飾られたもの。

やはり子供達への贈り物はマギの博士が運んでくるもの、と。



イタリアのピエモンテ州、 フォッカッチャ・ピエモンテ風

18-dolci_befana_focaccia_piemontese-1024x683.jpg

長い時間を掛けて熟成させたパン生地の中に1枚の硬貨が入れてあり、
勿論しっかり洗っていて、はは、これは当たった人に幸運を運んでくるものと。 
気を付けてかぶりつかないとね。



ギリシャ、 バシロピタ・Vasilopita 

19-Dolci_befana_Vasilopita.jpg

新年か、エピファニーアに準備されるギリシャの伝統的なお菓子だそうで、
上のピエモンテのフォッカッチャに似て、こちらも生地の中に幸運を運ぶ印の硬貨が
入り、ブリオッシュのパンに似て、アーモンドと胡麻がはいっていると。



トスカーナ、イタリアで、ベファニーニ・Befanini

20-Dolci_befana_befanini-1024x678.jpg

粉、バター、卵、砂糖を使って準備する生地はパスタ・フロッラ・Pasta Frollaと
呼ばれ、この生地で作ったビスコットで、エピファニーアのお祭りにはラム酒が
入っていて、形は人間、靴下、帽子、星などクリスマス用と同じで、彩豊かなもの。



スイス、ドライクーニスクーヘン・エピファニーケーキ・Dreikönigskuchen 

21-Dolci_befana_Dreikonigskuchen-1024x840.jpg

スイスのエピファニーアの伝統的なお菓子で、名前が既にそうでして、
ブリオッシュの丸いパンの周囲に小さな丸いのが10個ついていて、他の
エピファニーアのお菓子同様に中に小さなプレゼント、小物か硬貨が入っているそう。
当たった人はお祭りの王様となり、この事からもしばしば上に小さな王冠が乗るそう。



ヴェネト州、 ピンツァ・デ・ラ・マランテーガ・Pinza de la Marantega

23-Dolci_Befana_Pinza.jpg

これは確かにヴェネトにあり、単純にピンツァと呼んでいますし、ピンサ・Pinsaとも
いうそうで、マランテーガとはベファーナの事なんだそう。

ポレンタ、つまりトウモロコシの粉を使い、余り発酵させず、干し葡萄、グラッパ酒、
干したイチジク、松の実、オレンジの砂糖漬けを入れた、ちょっと湿った感じの
お菓子で美味しいもの。

伝統的にヴェネトの農民たちは、新しい年の初めとエピファニーアを祝う時の
焚火の熱い炭の下に、キャベツの葉に包んだピンツァを置いていた、という
興味深い歴史を持っているお菓子だと。



フランス、 ガレッテ・デ・ロア・Galette de Rois 

22-Dolci_Befana_Galette_des_Rois.jpg

上にも名前が出ましたが、パイ生地を使った中にジャムや果物が詰められた
エピファニーアの祭日に準備される物。
そして中には幸運の印のそら豆が入れられるが、現在は小さなプレゼント小物や、
干した果物が入れられる。


という様な1月6日のエピファニーア、またはベファーナの祭日について、
そしてその祭日の為に準備される伝統的なお菓子のご案内で、

そしてこのエピファニーアのお祭り以降はカーニヴァルに向かい、
2010年のカーニヴァルは2月22日から、29日迄で、その後四旬節に入り、
節制の日々を送り、4月12日に今年のパスクワ・復活祭の日を迎えるという、
キリスト教の教義に則った祭日の繋がりなのでした。


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・ 新年の初笑いをお届けします!

皆さま、新年明けましておめでとうございます!
良いお年をお迎えのことと存じます。

本年もどうぞご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたしま~す。


まず、トスカーナはサン・ジミニャーノの日の出をどうぞ。

1-1-S14_7032_01_GF.jpg

但し季節は9月下旬で、日の出ちょうどの写真もあるのですが、
屋根の上の中華鍋・衛星放送のアンテナが写る位置でしたので、
洩れる陽の射し込みと、煌く雲でご想像くださいね。



で上の写真でもご覧頂けるように、この時は谷に流れる霧の美しさが
素晴らしく、徐々に陽が射し込むにつれ、ブルーからピンクに変わる色の
美しさに魅せられたのでした。
こんな風に!

1-2-S14_7054_GF.jpg



さて年明け最初の今回は、猫ちゃんワン君の楽しい写真で
新年の初笑いを、という事で、
FOTO DIVERTENTI DI GATTI E ALTRI ANIMALI CHE
DORMONO IN QUALSIASI POSIZIONE E LUOGO
猫や他の動物たちがどんな状態、場所でも眠っている楽しい写真」
というサイトから拝借してご覧頂きますね。

猫ちゃんの体の柔らかさには本当にいつも驚かされますが、
今回はまさにタイトル通りの様々な場所、状態を見せてくれます。

1. ソファーの上で、仰向けで、頭を下に寝る子猫

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まさにいつ下にずり落ちるか、という微妙な位置ですねぇ!



2. ギター・ケースの中で寝るワンちゃん ・・快適?

3-cane-dorme-dentrocustodia-chitarra.jpg

頭と胴体、手足がちゃんと収まる大きさが可笑しい!



3. ティッシュー・ケースに頭を突っ込んで寝る子猫。 風邪ひきなの?

4-gattino-dorme-dentro-portafazzoletti.jpg

取り出し口の穴にちょうど収まるみたいですが、ははは。



4. 赤茶の子猫が登山靴の中で、丸くなって寝ていますが、
  いつまでこの姿で?

5-gattino-dorme-dentro-scarpone.jpg



5. カップの中で寝るリス。 ・・まさか冬眠に入ったのでは?!

6-scoiattolo-dorme-dentro-tazza.jpg



6. 左右の写真は同じ子猫で、葡萄棚の上でね。

7-gattino-dorme-steso-sulla-pergola.jpg



7. 写真のタイトルは、 寝ている犬を起こすな。 多分年末のゴミを
  まだ始末していないのでしょう!  ちょっと意味がつかめませんが。

8-cane-dorme-sul-davanzale.jpg

素晴らしい眺めの部屋の窓辺でお腹を天に向け寝ている子犬君。
薄目を開けていますが、舌が口から覗いているので、熟睡中ですね、はは。



8. 一日中買い物はやりすぎ! 猫がスーパーで抗議中!

9-gatto-dorme-al-supermercato.jpg

ははは、行儀のよい寝姿で!



9. ポケットの中で子猫が。 ・・ゆっくり寝てね!

10-gattino-da-taschino.jpg



10. もし合成写真でなかったら、コンテストに勝つね。

11-riccio-dorme-sui-cactus.jpg

ほんとにまぁ、色が違うだけですねぇ、ははは。



11. なんとまぁ、これは寝ているの、それとも気を失っているの?

12-canino-dorme-o-svenuto.jpg

ははは、これはタイトルが素晴らしい!



12. オフィスでのちょっとの休憩。   

13-cane-dorme-in-ufficio.jpg

うん、まだ仕事をバリバリ出来る程の年齢ではないのね。



13. 完璧! 今誰かがソファーを動かしたら大変・・。

14-cane-dorme-sul-divano.jpg

逆に疲れそうな寝方みたいですけどねぇ。



14. 子猫が本立てで寝ている。 本とCDの間で幸せに。

15-gattino-dorme-tra-cd.jpg

こういうのも積読の内かな?



15. 多分食べすぎ?   そう、B&Bね、ははは。

16-canino-adormentato-nella-ciotola.jpg



16. 猫が飼い主のソファーの上で、仰向けになり寛いで寝ている。

17-gatto-dorme-sul-divano.jpg

飼い主の寝姿をよく見て知っているのね、きっと。



17. 猫はあそこで寝る危険を知っているの?

18-gatto-dorme-nel-barbecue.jpg

火がないので大丈夫とは言え、白い毛が真っ黒にならない?!


動物たちの意図しない姿にいつも微笑ましさを誘われますね。

どうぞ今年が良い年であります様に!


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