・ ボッビオの古い橋 ・ ポンテ・ゴッボ、または ポンテ・ヴェッキオ

9月初めに出かけたエミーリア・ロマーニャ州のピアチャンツァ方面の旅の、
一番最初の目的はピアチェンツァ・Piacenzaから南に約46km、
車で50分ほどにあるボッビオ・Bobbioにある古い橋、

ポンテ・ゴッボ・Ponte Gobbo・ゴッボとは、中高の、とか、猫背の意味で、
古く、最初の建設はローマ期に遡るであろうと言われる橋。

最初に知ったのは2019年7月のブログでご紹介した時、 地図はこちらに。
n.1 イタリアで一番美しい橋30 ・ ローマ期 中世、近世の

この橋の写真を見た途端、これは描きたい!と思い、いつか必ず見に!
と思いつつ、遂に2年後に念願がかなったという事で、
楽しみ、撮った写真も多く、なかなか整理できずでしたが、今回漸くに。

日本からだと位置的に見に行くのが難しい橋と思いますので、
写真が多くなりましたが、どうぞshinkaiのご案内でお楽しみ下さいね!


ボッビオの町に到着したのは朝7時頃。 町入り口の駐車場に車を置き、
歩いて町の川沿いの道、トゥレッビア川・Trebbiaに沿って道を進みます。

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町のドゥオーモと呼ばれる、鐘楼の見えるサンタ・マリーア・アッスンタ教会の
直ぐ正面側を下った位置に橋が架かっており、



橋はこんな風に見えてきますが、ちょうど東西方向に架かっており、
東が奥になり、まだ背後の山の上から陽が射していない時間。

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橋の長さは273m、アーチは全部で11ありますが、橋の高さが等しくなく、
高低があるのがまず大きな魅力!



これが町側からの橋の入り口部分ですが、ご覧の様に真っすぐでなく、

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これもまたshinkaiが見に行きたい! と思った大きな魅力です。

橋の両脇には3か所、ご覧の様にニッキ・壁龕というか、碑が掲げられて
いたであろう箇所がありますが、現在碑が残っているのは、町側からは
一番奥のみ。



こちらは半ばの碑の位置辺りから、ボッビオの町を見た所で、町には漸くに
陽が当たり始め、橋にも少し差し掛けています。 7時半頃。

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最後の一番大きなアーチの上の壁龕には、川下側に「お助けの聖母」

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川上側には、ボッビオの守護聖人サン・コロンバーノ・Colombano.

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サン・コロンバーノ(540頃-615年11月23日)という聖人は、アイルランドで
生まれた伝道僧で行動と外交術に優れており、ヨーロッパ中にいくつもの
僧院、教会を造られているそうで、ボッビオに来られ、今回のこの橋を造られたり、
この町で亡くなられた方で、
姓にちなみ、肩に鳩・コロンボが乗っているのが印です。



橋の写真はもっと陽が射してからの方が良かろうと、今回1回目の橋往復では
さらっと見て頂きますね。

一旦東に渡った所で河岸際に降り、手前側の一番大きなスペッサ・Spessa 
と呼ばれるアーチ。

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西側はすっかり陽があたり始め、

奥の山にはトスカーナでよく見かけるカランキ・calanchiと呼ばれる
海底からの隆起物、450万~250万年前姿が見られます。

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もう殆ど橋の中程まで陽の中に。

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こうして見ると、素晴らしい構造美と思われません?!



橋を渡り町側に戻りますが、所々にある夜間照明に多分設置年月が
付いており、へへ、shinkaiの年よりも古いのを見つけましたぁ。

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振り返ってみる橋の上。 ほらね、あの最後のアーチの高い部分まで光がね。

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こちら側が橋の南側、川上側。 こちらの眺めもどっしりしていますよね?

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サンタ・マリーア・アッスンタ聖堂を橋から見上げた姿。

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そして、やはりせっかくここまで来たのだから、と町の中も少し歩き、

サンタ・マリーア・アッスンタ聖堂の前に。

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ちょうど逆光の位置、おまけに雲の中に隠れたりで上手く色が出ず。


出かける前にいろいろグーグルのストリート・ヴューで町の中を歩いたり、
駐車場、宿を探して見たり、いろいろ町の大体の表情を知る事が出来、
イマイチ、ああ、これを見たい、というイメージが沸かず、
橋以外には見る意欲がなく、失礼を。


町の古い地区、という部分にも行き、マラスピーナ邸というのを見つけました。

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案内標識には、

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町の古い家系のモンティチェッリ・Monticcelliの邸宅だったそうで、
それが18世紀後半半ばにマラスピーナ家・Malaspinaの持ち物に。
内部には大きなサロンがあり、素晴らしい装飾のある大階段を通じて
行けるが、現在は著名家の記録庫と図書館となっており、
建物の所有は個人、と。

マラスピーナ家というのは、この町の高台に城が残り、領土としていた
貴族で、城見物も予約でできるものの、日曜のみで都合がつかず、
これはちょっと残念だったのでした。



右横に続く壁に見える、マリア像。

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そして、こちら側の1階部分はポルティコに。

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他には、特別の建物類も見えずで、



再度橋の方に下り、橋の前を通る道の1本下の道に降りて見ます。

町の中にも「古い水車」というのを地図で見つけ、ストリート・ヴューで
見ると、道脇に水車の跡があるのみで、

地図を辿っていて、この下の道にもっとしっかり残った水車があるのを見て、
この古い道を歩いてみたのでした。

かっての水車がこのように残っており、

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何に利用したものか、そんな説明も何もなく・・。



古い共同洗濯場の水槽も残り、

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こちらの建物と道との接続の通路などが渡り、最後は川岸の草原、
公園風になっている、に降りる階段道に続き、

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shinkaiもちょうど良く、川原に。 

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川原と言っても、橋の幅の半分以上が水の通っていない草原、そして
砂利床となっており、



この時も数人が石の上にタオルを敷き、日光浴を楽しんでいて。

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shinkaiはひょっと河原の石を見て、その白い線の入り具合、
抽象的模様の面白さに惹かれ、何枚も写真を撮ったり、
3個ほどは家に持ち帰りましたぁ。

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こういう白い、細い線は、どういう経過でできるのか、知りたいものです!



真ん中のアーチ付近。

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こういった造形が何世紀も前の物、というのが凄いなぁ!と。



ですが、今回読んで知ったのは、多分ローマ期に遡る橋、というのも、
リグーリア・ケルト族の村がローマによる征服の後、と推察され、

現在のように長い橋ではなく、中世前期と見なせる古い橋の痕跡が
見つかっていたり、その後に到着のサン・コロンバーノの修道院、
614年創設、の僧達による7世紀のものと考えられ、

つまりローマ期にできた部分というのは、橋の東側の短い部分だったのでは
無いか、という事ですね。

そして1196年4月6日の町の記録に、橋の修復についての証言があり、

この橋の重要性というのは、トリッビア川の東側との連絡の重要さがあり、
というのも、川の東側にはローマ期、ロンゴバルド時代からの温泉、そして
塩田、熱塩性湿原と出ましたが、があり、

ジェノヴァ人や、リグーリア人、そしてトスカーナにも連絡するトリッビア川の
右岸なのですね。

トレッビア川は激しい性質を持ち、突然の壊滅的な洪水に見舞われ、
砂利床が頻繁に移動し、特に冬季に氾濫が問題になるのだそうで、

16世紀迄は、橋は右岸の一番大きなアーチとそれに続く3つのアーチ、
つまり現在の半分ほどの長さの橋だった様子で、

川の洪水により、石の橋は何度もの破損を受けるものの、安全性と
強度を加える為、大幅な変更を加えつつも修復された模様。

1590年位から西側、現在の町側に向かって橋の延長が始まり、
17世紀には現在同様の11のアーチを数える橋になったそう!

橋の歴史を見ると、何度も、何番目のアーチが崩れた、という記述があり、
その度に年数は掛かっても修復し、アーチをかけ直し、と作業が続き、

1874年にはオーストリア兵が襲撃に来る、という噂が広がり、橋に爆弾を
仕掛けたものの、幸いに噂のみだった、とか、

最後は1971年1月28日18時15分に、右端の一番大きなアーチが
崩れたのだそうで!

そうなのか、それで上に見えた碑の像が新しいなぁ、と思った筈でしたぁ。



川原には、こんなベンチもあり、平和時の川原は車も止まり、
ひょっとして夏などキャンプ場になっているのかもですね。

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再度上の道に上がり、

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この角度の付き方、造形的に素晴らしいでしょう?!
きっと何度もの修復にしろ、川床の良い場所を探しつつ、アーチを掛ける
場所は既に定位置なのでしょうね。



もう一度向こう岸に行きます。 ここは真ん中辺り。

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橋の半分東側の下を水が流れ、透明感が素晴らしいでしょう?!

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今度は、橋を降り、右岸の川上側を少し辿り、水辺に近い部分に降り、

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一番水辺に近い低い場所の、一番大きなアーチから、

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西に続くアーチの数々。 でも10のアーチ迄見えるかな、という様子で。

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川岸に迫る木々の、ちょっぴりの黄葉あれこれ。 まだ9月初旬でしたしね。

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橋の東側には2階に席のあるレストランがあり、月曜がお休みでしたが、
せっせとお掃除をしたり、小さな車で何か運んで来たりが見えるので、

ダメもとで、階段脇におられたシニョーラに、済みません、上で写真を2,3枚
撮らせてもらえませんか、とお願いすると、快く、どうぞ!と言って貰え、

レストランに行くと、テーブルのセットが出来、調理場でも働いており、
案外お昼から貸し切りの食事会の用意中だったのかもで、

上でも快く、シニョーレがどうぞ、と言ってくれ、窓によって何枚かを!

高さがあると、橋の上の広さも見え、やはり下からの眺めよりは素敵ですし、
高いアーチと低いアーチの高低差もはっきり見えます。

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ただレストラン側の窓の端がも少し橋寄りの位置だと、もっと良いかもで、
上の3階にも席があるのが見えるものの、閉まっている様だったし、我慢!

これだけ確かめられたら満足、と、お礼を言って降りた事でした。



最後にもう一度、一番大きなアーチのニッキから、町までの様子を。

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お昼近くなっての、木々の緑が反射した水も美しいでしょ?

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最後は町の北端にある、サン・フランチェスコ教会の、後陣と鐘楼の眺め。

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これはサイトで探して回った、アーチが11見える、夜景写真。
町側の最後の2つが引っ付いて、おまけに低く、見え難いのですね。

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と、おまけがありまして、

レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な「モナリザ」または「ジョコンダ」像ですが、

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実は2015年に「スタジオ・ピアチェンティーノ・ベロッキ・studio piacentino 
Bellocchiにより、3D再構築及びその他の技術チェックを通し検証されたのが、
モデルの女性は誰か、という調査の様なのですが、

それに伴い、この背後の遠景に見える橋は、ポンテ・ゴッボで、

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これは上に見学できなかった、と書いたマラスピーナ・ダルヴェルメ家の城の
北東正面上の窓の眺めからの視点、であるという仮説を支持しているそうで。


この絵の背後風景は、以前、トスカーナのアレッツォ周辺、テーヴェレ河の
眺めである、とか読んでいましたが、

橋は、ここボッビオの橋を、レオナルド様はお加えになった、のでしょうかね。


2年間願っていた橋が見れ、見たい熱は収まったものの、はは、
新しい課題が・・! で~す。


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