・ 東大寺 n.1  良弁僧正1250年忌法要 天平の面影

10月14日土曜夕方、東京での用を済ませ奈良に到着、
JR奈良駅近くの予約済みのホテルに。

京都駅からJR線で奈良にと電車に乗り発車を持っていると、
急に、宇治駅かで事故が発生し復旧の見通し付かず、
近鉄線で振り替えをしております、とのアナウンス。

あれま、と思いつつ、それでも近鉄線のホームに行くと、
何の問題もなくすっと通れ、あっけない程!

沿線の幾つかの駅が大きなモールになっている様子にも
年月の経過を感じ、久し振りに西大寺駅も通過したのも
変わってい過ぎて逆に何も・・、という様な状態で、奈良駅に。

雨が降り始めており、段々降りが激しくなり・・。

が、翌15日日曜は曇っているものの雨ではなく、やれやれ、
と8時頃出発。

今回は写真が多くなりましたが、どうぞお楽しみくださいませ


東大寺前でバスを降りると、東の山の方は靄っていて美しく!

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こういう風景も描いてみたいなぁ、と思いつつ・・。


地面は濡れているだろうに、と思うものの、牡鹿達が座り込み、
首筋なども濡れた毛並みなのが、どうも気になるshinkai。

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こちらはなかなか良い場所を選んだ鹿さんで。

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南大門。 薄日が射したり曇ったり。そろそろ観光客も増え始め。

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鳳凰柄の几帳が揺れ。

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大華厳寺、の厳かな筆跡。 

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塗りの剥げ様に、そろそろ「南大門の大修復」、という話題も
出そうだなぁ、と見つめ。



門の左右を守る仁王様。  1202年というので800年以上前!
この素晴らしい迫力の金剛力士像。

向かって左側、阿形像。

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右側、吽形像。

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高さはどちらも8,4m! 運慶、快慶によっていずれも僅か
69日間で造られた、という驚異!

勿論多くの弟子の援けもあるとはいえ、この大きさ、この迫力の
像を短期間で彫り上げる実力!! 当時の人々の生き様の激しさ! 

残念ながら正面の金網が写り過ぎ、サイトで見た夜間照明による
像の方が素晴らしく・・、残念。



南大門を跨ぎ超える、かまち、と呼ぶんでしたっけ、の太さ、高さ、
そして石段の一段ごとの高さに、

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昔の人は高いと思わずに超えたんだろうか? いや、そんな事は!
とりわけ女性は? いや、女性は門の横を通り抜けさせられたのかな?
なんぞと考えましたが・・。


で、南大門を過ぎ正面に見える中門、そして奥の大仏殿。

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進みかけると、左側のミュージアムからか、出て来られる
古代衣装の男性諸氏。

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見送ると、道を横切り、奥ゆかしそうな建物の奥に。

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門にはこの様な恐れ多い、はい、紫の紋幕が。

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あっ、これは今日何かあるんだな、と、近くに固まって
お喋りの着物姿の奥様方にお尋ねすると、

今日は良弁様の東大寺開祖1250年のご年忌で、9時半から
行列が始まります、との事。 1250年年忌!!


わぉ、と思う間もなく、すぐ近くの掲示板のポスターが目に入り。

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中門に近づくと、既に参道の西側にはたくさんの人々が列を作り、
受付もあり、閉まった中門の前には米俵を積んだ荷車や、
かなりの数の男性たち。

そして門の奥からは小、中学生たちと思われる合唱が聞こえてき、
えぃ、別に上に上がっても大丈夫だろう、と上がって覗くと、これ!

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大仏殿はすっかりお祭りの幕で囲われ、たくさんの幟や旗が翻り、
正面には舞台も設えられており。

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あれま、今日は中に入れないのかな、と尋ねると、いや、あちらから
入れると思いますよ。 尋ねてごらんなさい、と教えてくれ、
無事回廊西の入り口から中に。 


掲示には、東大寺開祖の良弁僧正1250年の御遠忌法要と。

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後で知ったのは、なんとこの法要は毎50年毎に行われるのだそうで、
知らずに行ったのが、本当に有難い出会いを頂いたのでした。

未だ9時前で、一旦本堂の入り口まで行ったものの、やはり見たい!
ではどこが一番良いかと考え、戻って中門横近くの、少し高めの場所を確保。

椅子席の切符お持ちの招待客が次々入ってこられ、席も埋まっていく、
観光客もどんどん横から入って来て、留まっては通り過ぎて行くのに、
傍で見張っていた管理の男性が段々大きな声で、止まらないで下さい!と。


漸くに9時半を過ぎ、先ほど中門の外で見かけた越後米献上の
方々が先頭を切り進み始め、

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ふっと後ろを見ると、かなり上位のお坊様達が草履から「ぽっくり」に、
正式には「沓」なんでしょうが、履き替えられており!

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並んでいるぽっくりの数にも驚いたものの、どうやって歩くのか、と
驚いていると、ちょうど私の横のニコンを持った女性、
胸に「東大寺」のリボンをつけた方が、

「中にいっぱいクッションが詰まり、足が動かない様ですよ」と
教えてくれたものの、わぁお。

でも、やはり歩き難そうで、とりわけすぐ中門の石段を下りるのに、
足元も見えにくい、歩きにくい、で、皆さんそろそろと、ね。


その後、伎楽のこんな大きな面をつけた方々が入ってこられ、
あの面では足元が見えないのでしょう、手を引き、ゆっくりとお手伝いを。

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そして、浄瑠璃や歌舞伎の「黒子」が、ここでは「白子」で
ある事も知り! 顔が描かれているのも楽しく。

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伎楽演奏の方々、これは天理大雅楽部の方たちと。

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女性の面をつけた方々は、なかなか段を降りられず!

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お獅子も登場! 

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獅子の中の方は、凄い修練者だと思いましたよ。
取り分け後ろ脚の方など、ずっとかがんだ上に中腰で歩かれ、
その足の運びがなんともまた素晴らしく!

登場人物たちは、戻りの顔がしっかり見える写真でご覧頂きますね。


登場人物たちが揃った所で、お迎えの方が。

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現東大寺別当がお輿に乗って。 で、納得、今朝見かけた方々は、
別当のお輿を担がれる方たちだったんだ、と。

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いよいよ奉納儀式が始まる前、全員で合図に従い三礼拝を。

別当が上座に座られ、子供たちの合唱が始まり、いよいよ献花、
献茶と続き、

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献花は草月流家元の勅使河原茜氏、献茶は表千家家元、千宗左氏と。


読経も厳かに進み、立ち上がった僧侶たちの手には笊の様な物をお持ちで、
これに散華用の花びらが入っていて、紙のかなりしっかりした物で、
撒くと、バサッと落ちましたっけ。

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で、同時に大仏殿の上から、薄い紙の花びらの散華があり、
風に舞ってひらひらと。 とても煌びやか、典雅な眺めで!

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上からの散華はこの後もう一度ありましたっけ。

散華の花びらは、厚い紙のも、あちこちに散ったのも、拾えるのは
皆さん拾われていましたね。

実は私めも思いがけなく、翌日にひらっと目の前に落ちて来たのを、
嬉しく拾い、持ち帰って即小さな額に入れ、いま目の前に!



こちら上座にお座りの方が、昨年5月末に新しく別当になられた
第224世橋本公英大僧正、66歳。

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いよいよ舞台で奉納の伎楽が始まり、最初に踊り始めたのは、
この河童みたいな面の方。 いえ、河童ではなく鷹で、赤ちゃんを攫います。

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全体の筋は分からないままで見ていたものの、段々、ははぁ、
良弁僧正の伝承を辿っているのだろうね、と納得。


良弁僧正、りょうべん、とも、ろうべん、とも発音する様で、
689年~774年、当時としては大変長寿の85歳でお亡くなりに。

華厳宗の僧侶で、聖武天皇の仏教政策を支え、現東大寺の
廬舎那大仏の造顕に至り、752年に大仏開眼、そして良弁僧正が
初代別当に補任された、というのが大まかな筋の様子。

近江出身、または相模、とも言われ、幼い時に鷹に攫われ、
春日大社、または二月堂の杉に引っ掛かっていたのを義淵・ぎえん
に助けられ、僧として育てられた、とありますが、
師の義淵に学んだのは確かでも、それ以外は・・?! 


こちらは赤子の良弁さんを、野良仕事の合間に鷹に攫われたお母さん。

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右に鍬を肩のお百姓さん、畑仕事をしていたのを暴れん坊達に
追い払われた有様で。

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そこに獅子迄登場し暴れ始め、獅子飼いは遂に手綱を離してしまい、

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右端、緑四角の衣を纏った良弁さん、獅子の乱暴にさてどの様にと。

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暴れ獅子から逃げ惑う良弁さん! 獅子飼いは、右端で頭を抱え、

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良弁さんは、暴れる獅子に牡丹の花で立ち向かい、

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遂に獅子の頭にごつんと、本当にゴン、と太鼓音がして笑いましたが、
牡丹の花を打ち下ろし、獅子はへなへなと崩れ、獅子飼いは引き綱を再び。

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舞台上では大宴会となっており、左に大きな杯を持っているのが
見えますが、良弁さん、誘惑に負けず。

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酒盛りの次は多くの女達が登場、良弁さんを垂らしこまんものと!
良弁さん、逃げまくり、ははは。

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誘惑方が引きさがると、老人の姿、賢者と思われる人の登場で、
多分、良弁さんへの試問らしき様子で。

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席にお座りの招待客の方々、別当はじめ僧侶の方々も、皆楽しんで
首を伸ばして拝見しているのが見て取れ、楽しまれているのが
よく分かりました。



舞台上の奥から2番目が聖武天皇、この方が良弁さんの
進言を入れ、東大寺開山の元を造られ、その隣が光明皇后様と。

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これから舞台に上がろうという連中が抱える黒い壺は酒壺で、
列の最後にまた大きな杯を抱えたのが、ははは。



この間に、長い間鷹に攫われた我が子を探し求めていた母親との
巡り合いがあり、良弁さんもお偉くなり素晴らしい衣に着かえており、
母親にも美しい衣装に着かえさせる場面があり、
 
一同が舞台上に集まり、大段落。

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という所で、舞楽の皆様が引き上げられ、

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こちらがお偉くなった良弁さんと、お母様。

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女たちもにこやかに。

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獅子と、牡丹の花を持った獅子飼い。 最初は蓮の花かと
思ったのが、どうやら牡丹の様で。

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宴席を賑わした連中も引き上げます。 

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手前側の真ん中の黄色の男性、水色の目をしており! 大陸からの
渡来者を意味しているのだろうと。 
その後ろの赤茶の服も、グレイの瞳なのですよ。
天平の時代、実はかなりの人種が入り混じっていたのかも、ですね。

良弁さん自身も、百済系渡来人後裔、という説もあるそうで。


写真では、あの緩やかな伎楽の響きが伝わりませんが、
こちらで生中継の様子が見れるのを見つけました。


3時間近い長編ですが、はは、お楽しみを!!



再度全員の三礼が済み、橋本光英別当もお輿で引き上げられます。

お輿に乗るのもなかなか難しい様子を拝見し、

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さて石段を上るのはどの様にと眺めると、段の下で一瞬立ち止まり、
呼吸を合わせ、一挙に3段担ぎ上げられました、成程。


という様子で、50年に一度の法要を、それも1250年度の
遠忌法要を拝見でき、
古雅典雅、優美な音楽に乗りつつ、楽しくも可笑しい踊りが繰り広げられ、

ああ、出会えて、見られて本当に良かった!!と感謝の3時間半でした。


こんなに美しく飾り立てられた東大寺にも出会え、とても嬉しく、良き思い出に!

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皆様も良くご存じと思われる、大仏殿内部の写真は次回に致しますね。


さてイタリアは明日日曜から冬時間に突入です。
ああ、あんなに暑かった今年も、もう冬になるのねぇ!


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posted by shinkai at 22:24Comment(0)・欄外

・ 広島行、三越個展を終え、無事戻りました。

この18日水曜の夜、無事広島三越での個展を終え、
北イタリアはヴェネト州、スコミーゴ村の我が家に戻りました。

ブログもほぼ1か月のお休みとなりましたが、
今回の日本行きは、私にとって本当に意義深いものとなりました。

会場にお出かけ下さった皆様方、あれこれお話しできた事、
絵をお買い上げ頂いた事などなど、

とりわけ今回私めの絵について、多くの方から良いご評価を頂け、
少しは進歩したのかも、と内心自分で思っていた事と重なり、

本当に有難く、頑張って良かった!の御褒美となりました。

有難うございました!! 
心より御礼申し上げます

今回のブログは、とりあえずの更新を、詳細を見て頂きたいのも
まだ写真整理が出来ておらずですので、
日本での3週間をどの様に過ごしたのかを、見てやって下さいませ。


まずは9月29日の早朝、ヴェネツィア空港6時半発でミュンヘンに。

滑走路に出る時の窓から見えた日の出前の空。
真ん中に見える鐘楼と屋根は、多分トルチェッロ島のものと。

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向きが少し西側となり、左端近くに見える高い鐘楼はヴェネツィア本島、
サン・マルコ聖堂の鐘楼。

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離陸し北に向かう時に見えた、赤~い満月。 綺麗でしたぁ。

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アルプス越えに掛かっても、まだ月が見えました。

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ミュンヘン着7時半、そしてANAに乗り換え11時15分離陸。
これからが長~~い長~い夜の始まりで! 機内はびっしりの満席。

おまけに斜め後ろの女性がひっきりなしにマスクなしで重い咳を
し続け、到底眠れず、映画を今迄通常の3本を破り、4本見ましたぁ。
日本語版の「トップガン・マーヴェリック」まで見ちゃったもんね!

羽田6時55分到着、8時15分広島行に乗り換え、9時40分到着。

45年以上の友人宅にいつもの如くお邪魔し、積もる話、絵の話様々。
彼女は日展出品作の最後の仕上げ中。
2人で「研究会」と称し、ははは、あれこれ話せたのがとても楽しかった!

こちらの友人達とは絵の話が出来ないのが私にとっての不満で、
今回は4年振りの憂さ晴らし、とでも、ははは。


最後の滞在日に一人宮島に出かけました。 暑い程の良いお天気で、
フェリーの渡し船で風に吹かれ。  宮島も遂に入島税100円也。

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今回は厳島神社には寄らず、まっすぐにロープウェイ乗り場に向かい、
途中乗り継いで一番上まで。

上から眺める、宮島の船着き場付近。 背後に見えるのは牡蠣の養殖筏。

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上の到着場から歩いて30分程で、弥山の頂上まで行けるというものの、
うん、これは先の長い旅だから、と控え、すぐ横の展望台からの眺めを
楽しみました。

瀬戸内の眺めはいつも素晴らしく、心が晴ればれと。

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3日に友人宅から三越近くのホテルに引っ越し、搬入を済ませ、

4年振りの個展が9月4日から9日まで開催。
 
写真は、我が絵の師であり、友人の二木一郎さんが撮って下さったもの。

まず7階画廊入り口から。

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入って左の内側。

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左側の壁面。

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左の壁面から、正面に。

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正面。

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右の壁面、奥から手前に。

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という並びで、素晴らしいお花もたくさん頂き、有難うございました!

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個展終了の翌日、大きなカバンを広島駅の荷物預けに預け、
呉の大和ミュージアムを目指します。

こちらは潜水艦の実物。 浅瀬に沈没したので、引き上げられたと。

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で、この日は火曜日で、私のスケジュールはこの日しかなく、
意気揚々と出かけたのが、着いてから、火曜はどこもが休館と知り・・!

ぶぅたれて戻る所が、ボランティアの小父様に声をかけられ、
余りにも火曜日に来られてどこも見られない方々が多くて気の毒という事で、
江田島の小間迄の渡し船のコースや、様々な説明をして下さるというので、
有難くお願いしたのでした。


これは私めが、ガラス越しでも良いから、覗ける所はありませんか?
とせびり、裏側のガラス越しに覗かせて貰っての大和10分のⅠの模型。

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立ち入り禁止の柵を横にずらし入り、ははは、ガラスに貼り付いてで、

一番前に見える横並びの3本が主砲の、史上最大にして唯一の
46センチ砲が搭載された姿!

図で見ると、全長263m、この砲から前の長さが後ろの長さと同じ程
に見え、ガラス窓越しにはそんな大きさが想像もつかずで残念無念。

艦橋の高さもなんと50m近い、当時としては世界最大の超弩級戦艦、
乗組員も3332名。

それが沖縄戦に参加する為に出帆した所を待ち伏せされた形で
めちゃくちゃにやられ、生き残った兵士は一割にも満たない数だったと。


先日亡くなられた谷村新司さんが歌われる「昴」も大好きですが、
「群青」を聞くといつも「戦艦大和」を思い、切ない想いでいっぱいとなり、

呉に博物館が出来て以来、いつか必ず、と思い出かけたのでしたが、
また先延ばしの希望となりました。

潜水艦に乗れるよ、とずっと昔グループで連れて行って貰ったのが、
残念、普通の自衛艦だったとか、

海軍士官学校の博物館に残されている若き士官たちの遺書を
読みながらボロボロ涙がこぼれた事、忘れません。


明日はどうするの? 呉に行きます。 何しに? 大和を見に。
やまと? うん、戦艦大和。  ・・呆れた目で見たな?!

あんたは変わらんねぇ、とも言われ、そうよン、変わらんのよン。



11日の早朝に広島を発ち、淡路島の両親、姉2人のお墓にお参りし、
新大阪迄新快速、そして新幹線に乗り継ぎ東京に。

これは師の二木さんのお家の預かって貰っている古い絵をぼちぼちと
イタリアに返送する為で、無事3箱船便での発送を済ませ、ほっと。
日本からの船便は2か月程もかかるでしょうねぇ。

そして14日のお昼前に、再来年2025年の3月に予定している
東京八重洲地下街のギャラリーの下見も済ませ、
新幹線で京都まで行き、そしてJRの奈良駅に、奈良に3泊の予定。


15日日曜の朝8時半頃に東大寺に行くと、うっすらと山に霧がかかり、
とても良い雰囲気で、まだ観光客も少なくやれやれ。

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が、東大寺の中門の手前から子供たちの合唱の声が聞こえ、
閉まった門の格子から覗くと、なんとすっかりお祭り仕様の飾り付け!

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南大門を過ぎた所で、古代衣装を着けた男性たちが動いているのに
気が付き、立ち止まってお話中の着物姿の女性達に、
お伺いいたします、今日は何があるのでしょうか? と尋ねると、

東大寺開祖の良弁僧正1250年のご法要があり、9時半から
行列が通ります、との事で、

きれいに着飾った方々が列を作り、あれま、中に入れないのかな、
と一瞬心配したのですが、あちこちで聞きながら入場料を払い、
無事に一般見学で入れました。 が、

真ん中の通りを挟みきちんと椅子が並べられ、ぼちぼちと招待された
方々が入って来て座られ、一般見学者はその後ろを通り、
大仏殿の中も通れるものの、

大仏殿前には舞台も設えられており、これはきっと奉納の舞がある筈、
見たい、と覚悟を決め、少し高めの位置に留まる事に。


でね、舞台上の素朴で古風な舞も滑稽で、少し遠いものの見れ、
こんなお獅子の登場もあり、写真を整理しお目にかけますね!

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で、9時前からずっと立ち続けで見学し、3時間半ほど!
でも納得、大満足!!


その後もう大混雑の大仏殿内にも入り、何年振りか思い出せない
大仏様にもおめもじし、お賽銭も入れ、お祈りもしたのでした。

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その、奈良に行こう、と決めた時から頭の中にドカッと居座った
二月堂の裏参道の塀に挟まれた道、に再訪を。

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ずっとどこかに、あの道は描ける、描きたい、という想いが
残っていたのが吹き出して、行ったり来たりしつつ撮りました。

東大寺の舞でパシャパシャやったのでカメラの電池切れ、スマホでも。

その後遅いお昼を食べていると雨となり、
その日の予定としていた、興福寺の国宝館、阿修羅像をとにかくも、
と雨の中を歩いて辿り着き、拝観を。

草臥れてホテルに戻り、奈良の一日目は終わり。



翌朝は法隆寺に。 私めは未だ法隆寺を訪問した事が無く、
ここも観光客で溢れないうちに、と開館時間ちょうどに。

この静謐感、落ち着き、何とも素晴らしく、ああ、来れて良かった!!

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ゆっくり歩き、様々に見つめ、撮り・・。 
その内にワイワイガヤガヤ、小、中学生の団体さんが次々と!!

中宮寺も訪問でき、どこでも質問すると必ずしっかりと丁寧に
お答え頂ける、そんな喜びもありました。


お昼頃に奈良に戻り、再度二月堂の裏参道に。

気に入った場所は、そして、描けそうかも、という場所も、
最近は再訪する事で頭に焼き付けます。

そんな場所の訪問は、1人で、心ゆく迄、が自分の内に残る様で。


広島に戻り、羽田までの飛行機に乗る17日。 
出発前の朝の2時間程、興福寺境内を歩きました。

初日に見た興福寺の国宝館の看板も改めて撮り、この照明と
実際は違いますが、素晴らしい国宝館でした。

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中金堂。この素晴らしい佇まい、広がりの美しさ、奈良は良いなぁ!!

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修復が始まっている五重の塔も、上の方は何とかまだ大丈夫ですが、
朝の強い逆光の中で色が出ません。

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朝の公園内で出会う鹿たち。

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牡鹿達はしっかり角を刈られており、でもね、雌を見ては鳴く、
というか、遠吠えをするのです。

鹿の鳴き声を聞いた事がおありですか? 凄い声で鳴くのですよ!
キュ~ン、というか、ピュ~ン、というか、物凄く遠くでも
聞こえる程の声で。

前日の朝、囲いのこちら側にいた牡鹿が、キュ~ンと鳴きながら、
走って行きたそうな切ない目で遠くを見ていて、何かと思ったら、
遠くに若い雌を追いかけて走る牡がいて・・!

何となく、その大声の切ない鳴き声とあけっぴろげな様子に、
いつも見かけるイタリア男を思い出し、がはは。


これも奈良の想い出の1つ、ね。

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で、新大阪に出て新幹線で広島まで戻り、ANA便で羽田まで飛び、
第3ターミナル内のお高いホテルに1泊。
翌朝9時40分のルフトハンザ機でミュンヘン迄。

そしてヴェネツィアに、雨のヴェネツィアに1時間程の遅れで、
9時半頃に到着、無事に家に帰って来たのでした。

ぼちぼちと時差ぼけを直しつつ、荷物の整理、お土産の整理もし、

漸くに、ブログ更新も。
今後とも、どうぞよろしくお願い致しま~す!!


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