今回のご案内は、以前訪問したまま纏めておらず、
時に思い出して気にかかっていたヴェローナの
サンタナスターシャ教会・Sant'Anastasiaを。
ここに皆さんも良くご存知の、ピサネッロの傑作「サン・ジョルジョと姫」
のフレスコ画があり、30年程も前の訪問時に見ているのですが、はは、
その後こちらに来て後何度かヴェローナに行った時は教会自体が修復中。
焦がれていたピサネッロのフレスコ画に再会できたのは4年前の夏。
暫く以前から美しくすっきりとなった教会正面を見てウズウズしていたのでした。
という様子で、写真も整理し直しましたのでご覧くださいね。
上は、中心のエルバ広場からまっすぐ教会に向かい、正面に見えてくる時。
この遠い位置からだと左奥の鐘楼が見えるのですが、
教会正面からは見えませんので、最後にご覧頂く事に。
サンタナスターシャ教会はどこにあるか、地図をどうぞ。
ヴェローナの旧市街、ローマ期からの町があった突出部、
アディジェ河・Adigeが大きく湾曲する、地図番号3の位置に。
ちなみに4がドゥオーモで、2がエルベ広場、
1が野外劇場・アレーナ、5がカステルヴェッキオ、
6はサン・ゼーノ聖堂
さて、こちらが正面。
12世紀末の建設で、正面扉の周囲は大理石で整備されているのですが、
それ以外は建設時のままの煉瓦の見える姿です。
教会前広場の左手にも一つ教会らしきものも見えますが、
サンタナスターシャ教会との接続部に見える棺についても最後に。
右手はヴェローナの有名ホテル、ドゥエ・トッリ・Due Torriで、
13世紀からの由緒ある館だそうで、一度泊まったことがありますが、
貧乏shinkaiにはまれな経験で、ははは、
ロビーなどはやはり素晴らしいものでしたぁ!
正面扉周辺の5連の大理石アーチは、白とヴェローナの赤い大理石、
と、黒と説明されていますが、実際は青いグレーに見える石を使っていて、
如何にもサンタナスターシャ(聖女アナスターシャ)という教会名に相応しい感じ。
が、このサンタナスターシャという名は、現在の教会の建設以前にあった教会で、
13世紀に建設されたのは殉教者サン・ピエトロと呼ばれる、
ヴェローナの守護聖人でもあるドメニコ会派の僧に捧げられたものなんだそうですが、
街の人々はずっとサンタナスターシャ教会と呼び習わしているのだそう。
扉上部の横枠の真ん中、円柱の上に聖母子像、右に輪のサンタ・カテリーナ像、
そして左に見えるのがサンタナスターシャと。
夏の強い日差しの下の写真で、扉脇の聖人像も霞んで見えますが、
扉は15世紀のものと。
扉右脇にある碑は、
この教会が捧げられた殉教者サン・ピエトロの生涯を描き、
上に13世紀半ばの殉教時の姿がありますが、
その左下、頭に大きな斧みたいなのを受けた姿が分かりますか?
ドメニコ会派の白と黒の僧服を身につけ、頭の真ん中に大きな包丁、
という殉教者サン・ピエトロの姿は絵画の中、また像でも時々見かけ、
最初は驚き!でしたが、名前を知ってからは、あ、ここにも居られる、と。
ローマ・ヴァティカンのサン・ピエトロとは別人で、
殉教者サン・ピエトロです。
さて、中に入ります。
ご覧の通り大変煌びやかで、長い世紀のうちに何度か改修されたそうで、
天井はこんな様子。
主祭壇の内陣と後陣。
木製彩色の十字架のキリスト像があり、
その背後にステンドグラスの長い窓が見えますが、
このステンドグラスは20世紀になってからの物と。
で、脇の壁には、
右手にはこのフレスコ画が見られ、「最後の審判」のテーマと。
左手には、この教会の特色の中でも抜きん出た
コルテジーア・セレーゴ・Cortesia Serego(1335頃-1386)
の記念墓碑、15世紀初頭があり、
上の写真でお分かりのように、壁面いっぱいの大きなもの。
棺の上に騎馬像が見えますが、棺の中には何もない記念墓碑で、
棺部分には正面に5つと、両脇に1つずつの壁龕が見えますが、
ここにはセレーゴ家の業績を示す青銅像が納まる筈であったそう。
セレーゴ家というのは、ヴィチェンツァ出身の傭兵隊長で、
コルテジ―アの時代にヴェローナに出て、
スカラ家の軍指揮官として活躍した人物の様子。
この記念墓碑を作ったのは彼の息子のコルテジ―ア2世で、
騎馬像に跨るコルテジ―アが手にしているのは、指揮を取る棒。
棺の両脇に立った兵士が重たい緞帳を掲げ、右側の兵は帽子を取って
敬意を示し、緞帳の一番上にも抜き身の剣を持った持った兵士。
写真では少し見え難いのですが、緞帳の締め具の一番下の部分、
赤い部分には剣が3本描かれ、これがセレーゴ家の紋章なんだそうで、
一番上の兵士の剣も納得です。
周囲を取り巻くのは金色の枝とアカンサスの葉、そして肉厚の大きな白い花。
どうやらこれらは当初は彩色されていた様子で、ご想像下さい、
背景のブルーの中でひときわ鮮やかであったろうと。
上部は両脇に建物が見られ、空に浮かぶのは「天国」だそうで、
下の方に天使がいるのは判断できますが、
なにせ見た時はそこまで意識して見ていませんで・・。
この主祭壇の右にあるのが「カペッラ家の礼拝堂・Capella Pellegrini」
アントニオ・ペッレグリーニが1492年に礼拝堂を作るよう
遺言で依頼とお金を残したのだそう。
主祭壇のアーチの上、左右に見える梯子の紋章は、
ヴェローナの繁栄の領主、スカラ家の紋章。
そしてここにお目当ての、ピサネッロの傑作
「サン・ジョルジョと姫」のフレスコ画が!
30年ほど前にやはりこの絵を目当てにやって来て、
が、絵を見たのはこの場所ではありませんでした。
今の聖具室だったか、普通の部屋の天井の高さで、その下にあったと、
暗い部屋の中で見つめていると、たまたま入ってきた教会関係者と思われる
シニョーラが電灯のスイッチを入れてくれ・・、という思い出があり、
その記憶が余りにも強く残っていたもので、今回
この高い位置にあるのに気が付くのに、かなり時間がかかりました!
そうなんですね、ちょうど絵の中心が山形にくびれており、
考えてみれば、まさにこの礼拝堂入り口のアーチにぴったりで、
この場所に納まる事を条件に描かれたのだと、納得した事でした。
右側の「サン・ジョルジョと姫 1436-1438」の部分。
2人の間に白い馬の大きなお尻があり、背景の煌びやかな町の建物、
そして左に見える2人の吊るされた男、とどこか謎めいた構成。
姫の横顔は、如何にもピサネッロの描く女性の横顔で、
額が素晴らしく出た白く繊細な細面、大きな装飾の被り物と美しく、
良く見る構図、龍退治のサン・ジョルジョの横に添えものの姫、とは
一線を画した構成。
それに引き換え、サン・ジョルジョが余り男前でないのを
いつも疑問に思うのですが・・、ははは。
◆ 追記と写真追加です。
shinkaiはずっと、サン・ジョルジョは姫とは馬を挟んだ左側の、
金髪の男と思っておりましたが、
そうではなく、姫の右側、綺羅びやかな馬具を付けている
白馬の上に見える顔、
兜をつけ、馬に跨る姿がサン・ジョルジョなのだと知りました!!
あれま、こんな所に誰かがいるとは気が付いたこともありませんで、
そう知って見ると、確かに凛々しい顔の男性です!
それに、右手に長い槍と思われる武器も持っています。
大変、失礼をば!
が、そうすると、姫とは反対の方を見つめている事になり、
誰もが視線を合わせない事にもなり、
尚更不思議な構図だとも思います・・。
◆ 再追記
サン・ジョルジョは姫の左側にいる男性か、
それとも姫の右側の馬上の男性か?
改めてmitsuさんから質問を頂きましたので、もう一度
あれこれサイトから関連した記事を引き、読んでみました。
サン・ジョルジョとして出てくる男性の顔は、
上に載せた兜をかぶった騎乗の顔がいくつかあるのですが、
このフレスコ画描写にうんちくを傾けている中に、
こんな説明を2つほど見つけました。
姫と馬のお尻を挟んでいる左側の男性の部分をどうぞ。
つまり左の男性は、左手を馬の鞍に掛け、左足を馬の鐙に置いていて、
姫に別れを告げ、龍との戦いに出かけるため、
今まさに騎乗の人となろうとしている所、と。
少し呆然としているかにも見え、ほんの少し口を開け歯もみえる、
光輪にも似た金髪の髪と。
確かにそう指摘されて見ると、
左手と左足の位置は、まさに馬に乗る前の姿で、
やはりこの左の男性がサン・ジョルジョとして、
ピサネッロは描いているのですね。
そして姫は彼を見送っている姿。
で、右の騎乗の男性は、サン・ジョルジョの侍者が槍を持っていると。
そうですね、イタリア版ウィキには右側の騎乗の男性とありましたが、
左の男性がサン・ジョルジョと考えたほうが、
姫とも向き合う形になり、主題がはっきりしてきますね。
mitsuさん、コメントに疑問を書いて頂き、有難うございました!!
お陰様で納得の行く答えを得られ、とても嬉しいです。
所であれこれの記事を読んでいて、改めて知った事を幾つか。
絵画の歴史において、ピサネッロが初めてこのフレスコ画において、
馬を正面から、お尻から描いたのだそうで、
これによって絵の奥行きが得られている。
それまでは常に横側からの姿、この方が描きやすくもあり、
だったのだそう。
そして、右側の馬の顔を見た時、ちょっと鼻がおかしいな、
とは思ったのですが、
これは中東に於いて、馬が走った時に空気が吸い込みやすいようにと、
かっては馬の鼻孔を切り取っていた!のだそうで、
ピサネッロはどこかの宮廷において見かけた馬をデッサンしていたのだと。
今回あれこれ写真を探している時に、ピサネッロの様々なデッサン、
纏めてご覧頂きますね。
真ん中に美しい空色の海が広がり、帆船の姿も見え、
この色で全体が残っていたら、さぞや素晴らしく煌びやかであったろうと!
左側は、龍退治、または既に退治された龍であろうと思うのですが、
残念ながら森の動物たちの姿と、左下に頭蓋骨が認められる位・・。
それにしてもこれだけの素晴らしい絵が、こんな高い場所に!
少し高すぎる、のが残念ですね。
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という所で「サンタナスターシャ教会 その1」を終え、
次回に続けます。
いつもブログご訪問、有難うございます!
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