・ マルタン・ゲール  16世紀フランスの、有名な詐欺師のお話

私めは歴史の中のゴシップ話が大好きで、へへ。 今現在進行中ゴシップは
生臭いので、好きなような様にして下さいませ、ですが、
時にひょこっと引っかかる古い時代のゴシップには、ピッとアンテナが。

で、今回ご案内しようと思うのは、ご存知の方も居られるでしょうが、
16世紀フランスで起こった有名な詐欺師事件。
ナショナル・ジェオグラフィックのサイトで偶然見つけ読み、大変興味深く、
では他のサイトにも?と検索すると、あれこれ見つかりましたので、
  
ナショナル・ジェオグラフィックの
Il famoso caso dell’impostore Martin Guerre を主に、
ウィキペディアのイタリア版も参考に、日本版にも少し載っており、

技術が進んだ現在では到底起こりえないであろう謎の多い、矛盾だらけの、
逆に人間臭くもある、16世紀フランスの有名な詐欺師事件をどうぞ!

まず事件の最初の始まりは、
場所は南フランスはピレネーの村落アルティガル・Artigart.

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現在の村落の様子ですが、川辺の美しい写真も、凄い城塞もありで、
どれを選んだらよいのか分かりませんので、普通の集落地らしきものを。

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1538年に行われた結婚式から始まりますが、花婿花嫁はやっと14歳の2人で、
花嫁ベルトランド・ド・ロル・Bertrande de Rols、土地では裕福さで
知られた家の娘、

花婿はマルタン・ゲール・Martin Guerre、1527年にバスク地方から
移って来た一家で、この地で煉瓦、瓦の生産を始め栄えていたと。


村の結婚式の様子を描いた、17世紀のヤン・ブリューゲル・ヴェッキオの絵で、
村の教会前を行進する婚礼の行列の様子

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新婚の2人が子供を授かるのが遅いので、何かの呪いが災いしているのではと
村人の間に噂が囁かれ始めたものの、
司祭の4回のミサ、聖体のホスティアと祝福されたフォカッチャを食べたお陰で、
めでたくベルトランドは身ごもり、息子サンチ・Sanxiが生まれます。

が、マルタンが父親から(多分花嫁の父親と)穀物の袋をいくつか盗んだのがばれ、
1948年スペインに逃亡した事で、夫婦2人の幸せな生活は破綻に。



突然の帰還

そして8年間、ベルトランドも誰も、マルタンの何の知らせも無いままに過ぎた時、
1557年夏、村に現れた男が「自分はマルタン・ゲールである」と名乗ります。

身体的にも仕草もよく似ており、ほんの少し背が低いかな、という所で、
4人の姉妹と叔父のゲールの家族、村中の人間が彼の帰郷を祝います。



後の調査裁判官の1人ジャン・ドゥ・コラ・Jean de Corasが遺した記録では、

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妻ベルトランドは、「彼を見て、夫を取り戻す事に非常に興味を持った」
様子と言い、つまり妻も新しい男を「夫」と認めたのですね。



1982年のジェラール・ドパルドュー主演の映画「マルタン・ゲールの帰還」

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そして続く3年間、マルタンとベルトランドは「夫と妻として過ごし、食べ、飲み、
そして平生の通り眠った」と言い、

マルタンは良き夫として、父親としても申し分なく、再会した夫婦は2人の娘を得、
何もかもうまく行っている、と思われたものの、

マルタンと叔父のピエール・Pierreの間で、マルタンの父親の相続を主張し、
家族資産の管理についての喧嘩が起こります。



身元についての疑い

マルタンの叔父ピエールは、寡婦となっていたベルトランドの母と、マルタンが
行方不明となっていた間に結婚しており、その妻の援けもあり、
スペインから戻った男の素性を疑い始め、疑いは強くなる一方で、
 
ある日叔父と従弟が薪でマルタンを打ち殺そうとしたのを、自分の身を持って
盾となり、援けたのが妻のベルトランド!

1559年男の素性についての疑いはますます濃くなり、近くの者がマルティンを
農場に放火をしたと、そして身元横領で告訴するものの、
1560年に証拠不足で無罪に。

そして村に戻ってきたマルティンを、ベルトランドは「彼を夫として愛撫し迎えた。
彼の到着に白いシャツを用意し、彼の足を洗い、そして一緒にベッドに行った」と、
裁判官コラの記録に。


が、それに続く日、彼は逮捕され。  というのも、
ベルトランドは叔父ピエールの執拗な要請に負け、彼を詐欺師として訴え、
補償金2千リーレ払う様にと正義を求めたのですね。

1560年近くのリュー・Rieuxの町で行われた裁判は、事件の混乱を深めるのみ!

が、叔父ピエールは、マルタンは実はアルノー・デュ・ティル・Arnaud du Tilh
という男で、彼の故郷ではポンセッ・Pansetteというニックネームで知られていた、
という証言する証人を提出し、

真のマルタンと深い交際を持ったことから、彼の人生の特別な事すべてを知り、
身元を偽り家庭に入り込み、ゲール家の財産を横領しようと考えたのであろうと。

他の証人はまた、真のマルタンは戦争に行き、サン・クインティーノ・San Quintino
の戦闘で、片足を失ったと聞いたとも。

ベルトランドは、最初はその男が自分の夫であると本当に確信していたのが、
後になって彼がなりすまし物である事に気付いたと主張し、

一方の彼は、もしベルトランドが夫ではないと誓ったなら、喜んで処刑されただろう、
とも言い、聞くベルトランドは沈黙の中。

マルタンの姉妹など、現マルタンに好意的な証人たちは、結婚式に出席した
人々や訪問者たちの詳細な説明を提供し、
150人もの証人の後、情況の謎は深まるばかり。

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裁判所の判決

ベルトランドは、彼女の家族達に告訴しないと殺す、病院に閉じ込めると脅され、
誓言の下で夫ではないと申し立てたと言い、

裁判官は、当時の刑罰では夫婦間秩序の冒涜と婦女暴行であるとし、
死刑の判決を下しますが、

一方、被告側はトゥールーズの国会に控訴を。

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こうして新たに繰り返しの尋問と新調査の実施の後、裁判官たちは自分達が
「大変にあやふやな、決断しにくい」状態である事に気づきます。

そして最初は被告者に共感の傾向にあり、つまりベルトランドが貪欲なピエールの
圧力の犠牲になったという見解で、新しい男の方を称賛する傾向があり、
先の宣告が覆るかという時に、衝撃のシーンが!

片脚が木の義足の男が現れ、自分がマルタン・ゲールであると主張し、
スペインに逃げた後軍に入隊し、フランドルに送られ、1557年8月10日の
サン・クインティーノの戦闘で片脚を失ったと説明。
その後何年か帰郷する前に僧院で過ごしたと言い、裁判中に戻った理由は
不明のまま。


2人のマルタン・ゲールが対立しますが、新しく現れた男よりも、控訴側、
つまり夫になっていた男の方がずっと上手い説明で立ち回り、

遂に裁判官たちは2人の男を主たる証人たち、ゲールの家族の前に立たせますが、
皆が木の脚を持つ男を本物と認め、ベルトランドもこの時点で即
「風に騒ぐ木の葉の様に震えながら」実の夫を涙と抱擁で認めます。

実のマルタン・ゲールは「ポンセッは彼の軍隊での仲間で、自分から多くの情報を、
極めて内密な妻の事、故郷アルティガルでの関係の事も引き出していた」、
と今迄の様子を語りました。


1560年9月12日アルノー・デュ・ティルは死刑宣告を受けますが、この時の
公衆の中に若き日のミシェル・ド・モンテーニュもいたそうで、

後年彼の「エッセー」に、この事件を引き合いに
「人間は確実さを獲得出来ない」と書いているそう。


4日後アルティガル村のベルトランドと過ごした家の前で絞首刑に付されましたが、
執行数分前に、アルノーは今迄の彼の嘘を告白したと。


完璧な共犯者

この事件は裁判官たちにとってはまるでパズルの様に謎が多く、次々に異常な
関心を引き起こし、大変にエキサイティングなもの!

さまざまな証言の交差点は、歴史のある瞬間において、虚偽が現実よりも
可能性が高いように見えることを意味しますし、

アルノーは偉大な俳優の才能も示しましたが、最も驚くのは妻ベルトランドの
態度で、分かっていてかどうか、妻は完璧な共犯者の立場に立ったのですね。

妻として、母としての汚点の無い評判を保つことが当時の社会において
生き残る道であることを知っており、

宗教戦争の後は勝った新教派ユグノーの女性だけが再婚する事を許されており、
それもあり、夫の帰りを辛抱して待ち続け、

新しい男が現れ、夫の名を名乗った時、悪く言えば自分の状況を変えれる
チャンスでもあり、それをやり遂げたのだ、という見方も出来ますね。

裁判官たちはベルトランドを如何なる犯罪からも無罪とし、子供たちをすべて
正当な子供として認めたのでした。


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イタリア人、18世紀にヨーロッパ中を舞台に詐欺を働いて回った男は

サン・レオの城塞 と カリオストゥロ伯爵・conte di Cagliostroなる男
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/463938935.html



上に載せたように、このゲール事件は大変有名な事件として残り、
フランスで1982年にドパルドュー主演で制作されましたが、

アメリカで少し現代風に翻訳、1993年にリチャード・ギア、ジョディ・フォスター
主演で「ジャック・サマースビー」として、南北戦争後の物語として映画に。

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こちらも成り代わって家に戻り、その後の成り行きが少し複雑でしたが、
最後は絞首刑に、でした。


即世界中にニュースが写真入りで広まる現在と違い、時間がかかる分
人々の興奮度も増し、大きな事件となり残ったであろうことは想像でき、
はぁ、初めて知ったshinkaiも大変楽しんだのでした、はい。


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