・ エリザベス2世の素晴らしい肖像画  画家ピエトロ・アンニゴーニ

先回分家ブログでほんの少しご案内したエリザベス2世女王の
素晴らしい肖像画を描いた、唯一のイタリア人画家
ピエトロ・アンニゴーニ・Pietro Annigoniについて、
まるで知りませんでしたので、

あれこれ調べたり、結果興味深い事や、画家自身の深い自己の模索、
そして画材についても不明だったのが漸くに記述を見つけ、
今回の記事はこちら本家ブログの方に。

最初に肖像画を見つけたサイトは
エリザベッタ:最も有名な肖像画を描いた画家ピエトロ・アンニゴーニとの16の出会い
Elisabetta: i 16 incontri con il pittore Pietro Annigoni che realizzò il suo ritratto più famoso

画家の経歴、人生について、画材などについては大変詳しい
ピエトロ・アンニゴーニ、現実の現代画家。人生、作品、スタイル
Pietro Annigoni, pittore moderno della realtà. Vita, opere, stile

という事で、もう一度、アンニゴーニにより1954-55年に描かれた肖像をどうぞ。

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182,9x121,9cm テンペラ・グラッサ、紙


アンニゴーニは1954年10月にバッキンガム宮殿に呼ばれたのでしたが、

その経緯に可笑しな逸話があり、 それについてはこちらのサイトに。

つまりエリザベス2世の肖像を描くようにとの手紙を受け取ったのでしたが、
最初は冗談かと思った、というのも、
差出人が、Worshipful Company of Fishmongers’・フィッシュマンガース、

ロンドンに110ある貴族達が召使たちに着せるお仕着せ、の会社の1つで、
ロンドン・シティの魚介類販売業者の法人化されたギルド、なのだそうで!


サイト記事を読んだshinkaiも意味が呑み込めず、にゃにゃに?!と
あれこれ辞書を引いたり!
アンニゴーニが冗談か、と思ったのがよく分かります、ははは。


彼がその後あれこれ詳細を調べ分かったのは、差出人が1272年以来
運営されている会社の著名な代表者であり、

機関を主宰する人物の中に最も有名な貴族の何人か、政治家、
作家がいるのに気が付いたのでした。

実際1961年から62年にかけて、女王の夫君エジンバラ公フィリップ殿下も
同社の最高責任者を務められたそうで。


それ以前1949年にアンニゴーニは、友人のブルガリアの画家ディミトリ・
クラチコフに勧められ、イギリスのローヤル・アカデミーでの展示を試み、

それはアンニゴーニの作品、有名な肖像画、サルヴァトーレ・フェラガモの
推薦状のお蔭で、上手く行ったのですね。


こちらが、世界中に知られるファッション・デザイナーであり、靴職人
フェラガモの肖像画。 1945年。

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素晴らしいですねぇ。

この肖像画がアンニゴーニの転機ともなり、展覧会も出来、
会社のメンバーの多くがその展覧会を見ており、
女王の肖像画依頼、となったそう。

そしてその後5年の間に、英国王室の公式画家となり、
この肖像画はピクチャー・ポスト誌の表紙となり、切手、版画にも使われ、

現在、この女王の肖像画は、「過去数世紀の王と女王の肖像画がある隣の部屋、
Fishmongers’ Hall・魚屋ホール」に展示との事。


18回のポーズ設定が設けられ、女王がポーズを取ったのは16回。

長い時間アンニゴーニと女王との2人で、英語があまり喋れない画家の為、
お喋りはフランス語で、画家44歳、女王は28歳の時。

アンニゴーニの自叙伝に描かれた女王の様子は、

誰もが、女王が私のスタジオにポーズを取りに来ることに感心しています。
静かなエドワーズ・スクエアの静かなスタジオで、本当に素晴らしかった。

この肖像画は困難な戦いになるだろう、そして神が私に良い物を
送って下さるように。

数日後。 今日バッキンガム宮殿で女王と初めて会った。
持続する強烈で無敵の感情。 この日を忘れないだろう。

女王はポーズを感じておらず、気にしているようにも見えず、
そしてたくさん話します。
その代わり、優しく、素朴で、決して遠くには感じない、と。


王室家族の皆、女王、王太后、妹のマーガレット王女、フィリップ殿下、
そして子供達の全員が肖像画を見に来て、

王太后はどこか観察者で、とても魅力的で新鮮で、深い官能性の発散に
包まれており、率直と言える多くの称賛を。

画家の観察はとても鋭いものですね。


画家は古代からの伝統を参照し、膝から上の4分の3のポーズを決め、
エリザベス2世女王は、白い絹で裏打ちされたガーター勲章の濃紺または
黒のローブ、肩に白い大きなリボン飾り、胸に固定された花形勲章。

女王の足元に入れた背景は、アンニゴーニにとって非常に大切な、
15世紀後半のフィレンツェ絵画風景を連想させる架空の田舎の風景で、

遠くの川には、注文主への献呈である漁師の乗った小舟が見えます。


女王の表情、印象は、物思いにふけり、が眼差しは観察者のそれとは違い、
堂々とした誇りに満ちたものに。

女王が、子供時代の思い出について語った時、女王を「一人で遠く離れた」
様に描写するのは正確な選択だった、と画家は書いているそう。



女王在位70年間で、イタリア人の画家が2度も描く栄誉を受けたのは
彼一人で、「女王の画家」のニック・ネームを獲得したのでした。

こちらは1969年に描かれた肖像。 198,1x177,8cm

5-pietro-annigoni-regina-elisabetta-1969_GF.jpg

最初の肖像後、母王妃、マーガレット王女、を描き、デンマークの
マルグレーテ王妃、ファラ・ディバ皇后、
そして上の2度目のエリザベス王妃の肖像と共に、夫君のフィリップ公も。

そして、アメリカのジョン・フィッジェラルド・ケネディ大統領の肖像、


ヨハネ23世教皇の肖像も。

6-pietro-annigoni-ritratto-di-papa-giovanni-xxiii-1962_GF.jpg



上記した様に、画材が何か分からない、と書いたのでしたが、
テンペラ、油、インキ、紙、という様な表示があった為ですが、

探し回り、読んでいるうちに、多分、テンペラ・グラッサ、と呼ばれる
(卵黄+油+顔料)の油分の多いテンペラ、の様で、

紙、とあるのは、板に紙貼り、ボール紙、とありますが、
思うに石膏下地を施しているのではないかと。



最後に、ピエトロ・アンニゴーニ(ミラノ1910-フィレンツェ1988)の

自画像 1946年 キャンバスに油彩 46x36cm

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これは素晴らしい自画像でしょう?! 


彼の父親は有名なエンジニア、母親はサン・フランシスコ出身のアメリカ人。
幼少期をミラノで過ごし、父親の仕事の関係で1925年にフィレンツェに。

古典的な高校を卒業し、父親の仕事が済みミラノに帰るようになっても、
彼は既に絵画学校(Scuola Libera del Nudo)に通い、卓越した
絵の才能を示していたので、そのままフィレンツェにとどまり勉強を。

パリで音楽院の学生だったアンナ・マッジーニと出会い、1937年に結婚。
2人の子供にも恵まれますが、彼は問題と仕事による長期不在から複雑となり、
仕事と私生活の両立は無理となり、1954年に合意による別居と。


1932年に初の個展が成功、その後も徐々に仕事が認められるようになり、
今回上で見て頂いたサルヴァトーレ・フェラガモの肖像画が、彼の転機に。

培ってきた技術と、それを裏付ける彼の内面の蓄積が実を結んだものと。

上に出たジョン・ケネディの肖像画は、大統領が忙しく、余りポーズ出来なかった
事もあり、ケネディ本人が気に入らず、という事もあったようですが、

アンニゴーニの仕事にとっては大変なチャンスでもあり、
世界的に有名な、古典的肖像画家、として著名画家となったのでしたが、

徐々に、孤独と研究を踏まえ、彼の内なる世界を探求する様になり、


フィレンツェの有名な物乞い、イル・チンチャルダ 1945年 
181x107cm 板にテンペラ

8-pietro-annigoni-cicciarda-1945-_GF.jpg



あなた方、これは男 と言えますか?  1953年 150x200cm

9-pietro-annigoni-la-lezione-direste-che-questo-e-un-uomo-1953_GF.jpg



孤独 III  1973年 

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1960年以降亡くなる直前まで、フレスコ画の大規模な作成に専念し、
旧約聖書、新約聖書を単にモチーフで表現するだけでなく、
宗教的、および精神的な性格を弁大臣に可能な限り近づけた、

ピストイアのポンテ・ブッジャネーゼ・Ponte Buggianeseの、
マドンナ・デル・ブオン・コンシーリオの聖所の「キリストの十字架降下と復活

11-pietro-annigoni-deposizione-e-resurrezione-di-cristo-1967_GF.jpg



フィレンツェのサン・マルコ修道院、パドヴァのサン・タントーニオ聖堂の
フレスコ画も描いており、
教会のフレスコ画を描くのは、無料だったそう!


最後の肖像画は、1969年に痛ましく失った後、1974年に結婚した2番目の
妻であるロセッラ・セグレートを。

1988年10月28日にフィレンツェで、長い闘病の末に。

50年前、1938年に描かれた、「穏やか」と題された風景画から、
長い旅、人生を経て、

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古典画法の精神を踏まえた、現代の本当に偉大な画家だったと思います。


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