・ ジェラート 現代のアイスクリームは、全てイタリアから、のお話

こちらイタリアは先週日曜26日未明から夏時間となり、
正確には夜中の2時が3時に、冬時間はこの逆、となり、

僅か1時間の差とは言え、6時でも未だ暗い朝という事で、
いま暫く慣れるのに日数が必要です。

PC、スマホ、旅行用小時計は自動的に変わってくれますが、
壁時計、腕時計は時間を合わせないといけず・・。

月曜の朝9時15分予約の車の車検に行き、ふっと腕時計を
確かめると8時! 
一瞬わっ、と、自分不信に! この頃この手の事が多く起こるので、はぁ、

まぁ、周囲の皆さんがお仕事に集中されてる姿に安心し、
忘れとった!と焦らずに1時間針を進めましたです。

日本の方のブログ訪問で、桜の満開も楽しませて頂いており、
こちらもモクレン、赤いボケ、白色、薄いピンクの木々、
黄色の山吹も咲き、良い季節となっております。

で、そうなると、
はい、今日の話題は、ジェラート・アイスクリームで、

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美味しそうでしょう?! 


参考にしたサイトは
現代のアイスクリーム、全てイタリアの物語
Il gelato moderno, una storia tutta italiana

ジェラートの歴史、お話  STORIA DEL GELATO


いやぁ、本当に読んでみると、ジェラートの歴史における各時代の
変化、改良に携わっているのはほぼ全部イタリア人で!

お読み頂けると、それが良くお分かりと。 では、どうぞ。


イタリアではすべてジェラート・gelatoと呼び、

メーカーの作る、バール備え付けの冷蔵庫に溢れるこんなのも、
幾つかギアッチョーロ・アイスキャンデー、と呼ぶのも見えますが、

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スーパーで、パスタの並ぶ長~~い棚と同じ位、いや、それ以上に
長~い冷蔵庫には、こんなのが詰まっており、

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写真を探し、こうして見ただけで、それはもう
ジェラートはイタリア人の情熱!の1つ」と言えるもんね、
と納得のshinkai.

という事で、ジェラートのお話を進めさせて頂きたいと思いま~す。


実際、太古の昔から雪や氷で喉の渇きを癒し、それに何かの果物や
ジュース、蜂蜜を加えてみる、事はすべての大陸で一般的で直感的な
方法だったと言えるでしょうし、

聖書には、イサクがアブラハムに雪を混ぜた山羊の乳を差し出した、
と書かれており、
これが我らの歴史の中で最初の飲食の1つになるそうで。

そして、ソロモン王は凍った水の大消費者であったと言い、

アレキサンダー大王はインド遠征の時に、行進や戦闘中に、
蜂蜜や果物と混ぜて食べる雪の継続的な供給を要求したと。

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一部の学者の研究では、ジェラートの起源を紀元前約3000年前迄
遡り、極東、とりわけ中国人の間に追跡でき、

モンゴルの侵略を通じ、ジェラートはギリシャとトルコに到着し、
そして地中海沿岸の他の国に拡大した、のだそうで。


古代エジプトのファラオは、豪華な宴会の一番のコースに、
原始的な形のグラニーテ・granite・カキ氷を含めており、

かのクレオパトラは、チェーザレとアントニウスに、氷を混ぜた果物、
を提供し、成功したのだそうで!

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このクレオパトラ、素敵でしょう?!



ブログ訪問で読む所によりますと、シチーリアの夏の朝食は、
果物味のグラニータにブリオッシュ、だそうですから、

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チェーザレもアントニウスも、軽~くやられたのでしょうねぇ、ははは。



そしてローマの5代目皇帝ネロ、ローマを大火で包んだ悪名高い彼も、

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果物、蜂蜜、雪をベースにした最初のデザートをローマに紹介したのだそう。


つまり歴史資料に残る事柄から見えて来る事は、イタリア人が
現代のジェラートの発明者である、という事なのですが、

このローマ期のニヴァタエ・nivatae・雪が降る、からより進化した形に
移行するには、16世紀迄の長い期間を待つ必要がありました。


そして16世紀のイタリアはフィレンツェに舞台が移り、

フィレンツェの家禽商ルッジェーリ・Ruggeriは、メディチ家宮廷が
主催した、もっとも独創的な料理発明のコンクールで優勝し、

彼の「砂糖と香りの水を加えた氷」は大成功をおさめ、
ジェラートの元、というよりはシャーベットにより近い様に思うのですが、

1533年に後のフランス国王となるアンリ・オルレアン公との結婚式に、
後の王妃カテリーナ・ディ・メディチ(1519ー1589)は、このお菓子を、
いや、お菓子のレシピを持つ製造者をパリに連れて行ったのだそうで。

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このジェラートのお話は世間一般に伝えられているものの、
公式の記録は殆ど無いのだそうで。

で、あれ、この家禽商をカトリーヌがパリに、というのは、
書いた覚えがあるぞ、と探し、
その後ルッジェーリがどうしたか、の後日談もどうぞ。

カトリーヌ・ド・メディシスが、フランスお輿入れに持ちこんだお菓子は
https://www.italiashiho.site/archives/20211204-1.html


で、このルッジェーリと同じフィレンツェ人市民、職業は建築家である
ベルナルド・ブオンタレンティ・Bernardo Buontalentiの2人は、

父子権を争っていた、というのですが・・?! 同じ女性?! むむ。
が、まぁ、ここではひとまず置きまして、(へへ、・・探してみよう~っと)

上記のルッジェーリの勝利とは別に、

このベルナルド・ブオンタレンティ(1531-1608)は、新しいレシピを
コジモ1世に提出。

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牛乳、卵黄、蜂蜜、ワインで作った冷たいクリームにベルガモット、レモン、
オレンジの風味を加えたもので、

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多分こちらが今のジェラートにより近いものではないかと。

フィレンツェを訪れた神聖ローマ帝国皇帝カール5世にも差し上げられ、
圧倒的な成功をおさめたと。


このブオンタレンティという方、姓の意味は「優れた才能」となりますが、
まさに名は体を表すという方で
建築家、彫刻家、画家、軍の技術師、美術監督、と幅広い活躍で、

メディチ家宮廷において、コジモ1世の大宴会における取り仕切り、
またボーボリ庭園に今も名の残るブオンタレンティの洞窟、もあり、

16世紀半ばの重要な芸術家であり、フィレンツェのマニエリズムに於いて
キー・パーソンとでもいう人で、ミケランジェロとの繋がりも強かったと。



所で、当時の大きな技術的問題は氷の生産で、

裕福な階級により贅沢なもの、と見なされていたものの、同時に食品の
保存や、病院活動に不可欠な製品であり、

イタリア半島全体で、貴重な要素を保存する為の努力がされたのですね。

例えばサルデーニャ島では、16世紀から19世紀にかけて、季節労働者は
ドムス・デ・ス・ニエ・domus de su nie・雪の家、に蓄えられ凍った雪を
ゲンナルゲントゥ山地から平原に運び、ブロックで転売し、

シチーリアでは、冬の間、雪はネヴィエーレ・neviereと呼ばれる自然の
空洞に蓄えられ、その後に馬車で町に運ばれ、
灰とシダの層で断熱されたそうで。

トリノの状況は複雑で、街の下層土には街を守るために建設された
トンネルが通っていて、

1753年に遡る地図に、パルタ・パラッツォ地区には、夏にアルプスから
運ばれた氷のブロックが保管され、その後市場の売り手が使用する
区域があったそう。


トリエステのカルソ・Carso・石灰岩地形、トリエステ東の山中
スロヴェニア国境近くのドラーガ、サンテーリアが有名で、
18世紀から発展。

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池の近くに、深い石造りの井戸が掘られ、

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そこから80x20cmの氷のブロックが切り出され、特定の種類の
斧と鉄のフックで抽出され、

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この写真は「ヴェネトの氷」という本の写真。 かって氷河の氷を
切り出し使っていた様子で、やはりこんな鉤・フックを用いた様で。


氷のブロックはジャゼーレ・jazereと呼ばれる井戸近くの貯蔵所に、
乾燥した葉と交互の層で保管を。

当時の1キロの氷は1キロの肉と同じ価値を持つ可能性があり、
最大の買い手は市内最大のビール醸造所のドレール・Dreherと、
病院だったそうで。

氷を積んだ荷馬車は夜明け前に高原を出発しトリエステに向かうのが、
目的地に到着する前に、道路でキャラバンを待っていた肉屋に
全て売り払ったとか!


一方、人工氷の製造は錬金術の問題で!!

中世以来、天然の氷に硝酸カリウムを加えて作られた。 というと、
かさを増す方法かな?

で、もう一つの添加物は二酸化硫黄で、温度を-30度Cまで下げたそうで。

1626年には、サントーロなる男が雪に食卓塩を1:3の割合で加え、
同じ結果を得ることが出来た、というのですが、
塩の値段はどうだったのでしょうかね?

一方1597年に、ガリレオは温度計を発明し、完全な投薬を可能に
したそうで。


そして最初の冷凍機、つまりシャーベット・ジェラートを作る機器は、
コーティングされたテラコッタの円筒状で、中に氷と化学成分が入れられ、

現在残る、小さなもので、

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ジェラートの売り手、1700年。 上のとよく似ていますね、
つまり一番原始的な形かと。

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製品が結晶すると、それをヘラでかき集めたそうで。



こちらは1900年代になってのもの。

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その後、より細かい、口当たりの良いジェラートの製造を容易にする為、
クランク・手回しハンドル、ピストンなどの往復運動を回転運動に替える、
が導入されます。

この写真は、19世紀後半ナポリの、ジェラートと飲み物売りの屋台。

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そして一方、ジェラートの歴史は移民の歴史にも通じ、

有名な所では、シチーリアの漁師だったプロコピオ・デ・コルテッリ・
Procopio de’ Coltelliは、祖父のフランチェスコが発明した氷を作る
機械を完成させた後、飛躍する事を決意し、パリに。

そして1686年、彼はフランスの首都で最も人気のある場所となった
カフェ・ル・プロコーペ・cafè Le Procope をオープン。

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凍った水・グラニータ・カキ氷と、後に定番となったレモンや、オレンジ・
ジュースのジェラート、果物のジェラートが味わえ、

後にアニスの花、シナモン、プルメーリアなどの味も加えられ、

ルイ14世に、この場所にこれらデザート生産の独占的な許可を
与えられ、

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店はレストランも開店し、現在も通りの名は変っても同じ場所に、
ずっと開店している様子。
住所は 13 rue de l’Ancienne Comédie

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こうした大成功の移民とは別に、ヴェネト州のカドーレ一帯からの
住民に代表される貧困による移民は、

19世紀終わりのヴェネツィア共和国の崩壊により、人々は深刻な
経済的危機、および人口危機に直面し、
春から夏の終わりに、オーストリアはハプスブルグ帝国の領土を通り抜け、
屋台を引いた露天商のジェラート屋として北に移住したのでしたが、

彼らはこれまで富裕層向けに意図されていた製品の普及に、大いに
称賛に値する働きをしたのですね。

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実際、我がコネリアーノの町にもしっかりその伝聞が伝わっており、
あの店はオーストリアにもある、とか、今も向こうに店を持っているとか、
たくさん聞きましたし、

あのダムの崩壊で浚われ、壊滅したロンガローネ・Longaroneの町は、
ジェラートの大きなお祭りで有名なのですね。


ロンガローネ、 54年前のダム出水大災害のまとめを
https://www.italiashiho.site/archives/20170727-1.html

ティツィアーノの生家博物館 ・ ピエーヴェ・ディ・カドーレ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/467641435.html

ティツィアーノの生まれた町 ・ ピエーヴェ・ディ・カドーレ
https://italiashinkaishi.seesaa.net/article/461664802.html



ジェラートは18世紀迄は、貴族の好奇心と誇り、でしたが、
新しい植民地時代の飲み物、紅茶、コーヒー、ココアの普及のお蔭で、
その瞬間から黄金時代となり!

チョコレート  ヨーロッパを魅了した高貴な飲み物
https://www.italiashiho.site/archives/20221220-1.html


その後のコーヒー・ハウスはヨーロッパ中に栄え、そこでは新しい飲み物や
ジェラートを味わえ、啓蒙主義の知識人や勇敢なファッショニスタが
出会い、新しい富を築いたのでした。


ヴェネツィアにも「フロリアーン・Caffè Florian」が1720年12月29日に
オープンし、

かのジャコモ・カザノーヴァは回顧録の中で、最も人気のある味は
ココア、コーヒー、レモンであると語っているそうで。

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レモンは、「レモン・フロスト」でもサーヴィスされ、果肉が取り除かれ、
シャーベットが代用されたそうで、これは取り分け夏に人気でしょうねぇ。

更にジェラートは大変な人気で、劇場でも眞熊の間に、露天商により
提供されたと。



が既に17世紀終わりには、スペインのナポリ総督の料理長であった
マルケ出身のアントニオ・ラティーニ・Antonio Latiniが、

「現代の彫刻家・Lo scalo alla moderna」なる、つまり宴会を
上手にアレンジする技術の本を出版しており、

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テーブルへの果物を如何に効果的に見せる切り方、ですねぇ、

23-lo scalco_GF.jpg


レシピの中には、柑橘系の果物や松の実の古典的なものに加え、
ナスやカボチャの風味などの珍しいものもあり、



また1891年には、美食家のペッレグリーノ・アルトゥージ
Pellegrino Artusi、この方はイタリア料理の父と見なされているそうで、

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「キッチンの科学とよく食べる芸術・La scienza in cucina e l’arte
di mangiar bene」を出版。

この本は、イタリア統一後の最初の地域レシピ集なんだそうで、


デザート辺には、ヌガーや栗のジェラート、泡立つティー、つまり
ティー味のムース、現代のアイスクリーム・ケーキの様な一品も。

こちらは、コーヒー・ムースで。

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写真は1920年頃の、3人姉妹がジェラートを楽しんでいる場面。

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そしてまた一歩進み、歩きながら食べるのにぴったりな、
コーンの発明がありました。

つまりそれまではコーヒー・ハウスでも、露天のジェラートでも、
器に入れたものであり、食べた後は洗う必要があった訳で、


コーンの発明については幾つかの説があり、一番よく知られているのが、
米国に移住したイタリア人、はい、またイタリア人のイタロ・マルキオーニ・
Italo Marchioniが1903年にコーン製造用機械の特許を取得しており、

またジョヴァンニ・トッレ・Giovanni Torre, リグーリア人が最初の
ワッフルを生産する為の最初のオーブンを設置し、
1919年のトリノ博覧会で発表されたと。


shinkaiの記憶にある昔のコーンは、こんな風に薄くパリパリした
感じのが多かったように思うのですが、

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現在のは、殆どこんな風に厚手でがっしり感があり、ジェラートを
食べている間はしっかり崩れない、というのに変わってきた感じで、
こちらが多分ワッフル式の物だろうと。

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でイタリアの店先でジェラートを、あれ、これと注文する時は、
何と何をいくつ、コーンか、カップかを言って注文しますから、
ワッフル苦手感あるshinkaiめは、紙カップの選択を。


こうして1900年代初めから、ジェラートは街中で舐める、ものともなり、
いとも手軽に味わえ、楽しめるものとなったのですね。


ジェラートの味の多様さの研究は今も絶え間なく続き、様々な味、
ゴルゴンゾーラのチーズ味や、木炭味もあるそうで、

人間の食欲への旺盛さは、様々な発展を遂げつつ、高価な貴族用から、
手軽に庶民の手の届く所にもやって来た、という歴史で、

その折々にイタリア人がしっかり頑張った、という、はは、お話でした。

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日本でも様々なジェラートかな、アイスクリームの高価な品々かな、を
皆さんお好みで味わっておられるでしょうが、

イタリアにお出での時は、どの町でも道脇にいくつも店がある、
それぞれの店の手作り、アルティジャーノ・職人のジェラート
安くて美味しいジェラートをお楽しみくださいね!!


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