・ エドゥアール・マネ と ヴィクトリーヌ・ムーラン のお話

少し以前に見つけたサイト記事で、
美術史におけるラヴ・ストーリー:エドゥアール・マネと
マネの、始めて見た絵の写真に釣られ、はぁ、読んだのでしたが、

1-Edouard-Manet-Chez-le-pere-Lathuille-1879_GF.jpg


絵の裏には、しばしばラヴ・ストーリーが隠されています」とあり、

マネのいわゆる代表作、と言われるのに「草上の昼食」「オランピア」
「笛を吹く少年」、そして「フォリー・ベルジュールのバー」が
上げられますが、
最後の作品は1882年、つまり彼の最晩年の作品になります。


笛を吹く少年」は元より、近衛連隊に属する少年兵なので、
今回のテーマからは外れ、1866年 160x98cm

2-Manet,_Edouard_160x98-_1866_(2)_GF.jpg

ここで私事ですがちょっと失礼し、
この絵に私めは小学校高年期に大きなショックを受け、いえ、
素晴らしさにショック、というのではなく、 ファンの方申し訳ないです、

当時新聞かな、この絵がチラシ程の大きさに印刷されたのが、
「これが西洋の名画」という様なタイトルで家に届き、

長野の小学生だった私めは、到底これが名画とは思えず、信じられず、
そのショックが余りにも大きく、なぜそう思ったのか本人にも不明ですが、
ず~っと大きなトラウマとなって引きずっておりましたのです。

大人になって以降も、この絵と出合うと目をそらすという、はは、
そんな様子だったのですが、

まぁ今回はこうして自分のブログに告白付きで載せる、というまで
大人になった、という事で、へへ、のっけから失礼をば。


他の2作は、かの有名な「草上の朝食」 1863年 208x264cm

3-gettyimages-566419809-1528298471_GF.jpg



オリンピア」 1863年 130,5x190cm

4-Edouard_Manet_038_GF.jpg


という事で、この2作のモデルをしたヴィクトリーヌ・ムーランを取り上げ、
芸術家とモデル、恋人、仲間、妻、に関するお話を。


つまり2人とも同じ師匠、歴史画家のトーマス・クチュール・
Thomas Coutureのアトリエに通い、知り合い、
彼女はそのアトリエで、画家になる、という夢をはぐくみつつ、
モデルをしていたのだそうで。

19世紀から20世紀にかけてのあの時代、如何に女性が画家に、
彫刻家になるのが困難であったか、いくらかお伝えしておりますが、

ロダンとカミーユ・クローデル エロス、芸術、愛、狂気の圧倒的なお話
https://www.italiashiho.site/archives/20221115-1.html

モディリアーニ の絵のモデル、そして同伴者のジャンヌについて
https://www.italiashiho.site/archives/20220911-1.html



ヴィクトリーヌ・ムーラン(1844-1927)
真っ白な肌に際立った赤い髪、薄い唇、安定した視線を持つ、
つまり即、気まぐれな性格、鋭さを持っていたのが想像でき、
ヴィクトリーヌも画家への夢を抱き、アトリエでモデルをしており、

彼、エドゥアール・マネ(1832-1883)の方は、師匠の伝統的な
姿勢に飽き足らず、美術館通いや外国旅行の修業時代もあり、

1860年頃からエドゥアールと彼女の絆は愛と芸術の組み合わせとなり、


1863年には上記の「草上の昼食」が生まれ出たのでしたが、

会話をしている2人の男性の間で、何も身に纏わずゆったり寛ぎ、

彼女1人が、見られている事を自覚し、かなり横柄な表情で
こちらを逆に見つめます。

5-edouard-manet-dejeuner-sur-l-herbe-dettaglio_GF.jpg

で、この作品は「サロンの落選展」に出品されたものの、
風紀に反する、と大非難を浴び、



更に1865年に、これもヴィクトリーヌをモデルに描いた
オリンピア」を出品すると、
  
娼婦を描いたのが明らかな事から前作以上に非難を浴びたのだそうで。

この作品でも、ヴィクトリーヌのこちらを見つめる目は健在!

6-Oberhausen_-_Gasometer_-_Der_schöne_Schein_-_Olympia_(Manet)_02_ies_GF.jpg



草上の昼食」は、ティツィアーノ、またはその師のジョルジョーネ作と
言われる、こちらがモネの画想の下敷きにあり、

7-ティツィアーノ(ジョルジョーネ)作『田園の合奏』_GF.jpg



オリンピア」には、ティツィアーノの「ウルヴィーノのヴィーナス」が。

8-Tizian_102_GF.jpg

ウルビーノのヴィーナス ・ 絵の背景 ティツィアーノ作
https://italiashinkai.seesaa.net/archives/20200422-1.html


きっと彼は、伝統絵画そのままの描き方には納得いかず、時代も違い、
印象派の自由な筆さばきで、自分風の絵を描きたかったのでしょうが、

未だ時代の風紀感を強く持つ審査員にも一般人にも受け入れらず、
容赦なく叩かれ、という所だったのでしょう。

とはいえ、スキャンダルとは逆に美術界の革命を先取りした、と
いう様な空気も生まれつつあったことも確かな様で。


こうした中で、エドゥアールとヴィクトリーヌの関係が終結しつつあり、

1863年10月、かなり以前から恋仲であったらしいスザンヌ・リーンホフ
と結婚し、彼女をモデルにする様に。


そしてもう1枚ヴィクトリーヌをモデルに描いた最後の絵があり、こちら
鉄道、またはサン・ラザール駅」 1873年 93,3x11,5cm

9-edouard-manet-le-chemin-_GF.jpg

以前よりも年数を経ての落ち着きが、とも言えるのかもですが、
どこか彼女の眼ざしはよそよそしくもあり、以前の不敵さ、
強さが感じられませんね。

2人の関係は近くなり遠くなりつつ続いていた、様な説明もありますが、
通りすがりの人を見る目、となっている様な・・。

ですが、この背後を覆う、白い蒸気の描写は素敵ですねぇ。



マネが描いたヴィクトリーヌと、 1862年頃 42,9x43,8cm

10-Edouard_Manet_088_GF.jpg



肖像写真。

11-Victorine_Louise_Meurent_(1844_–_1927)_GF.jpg


最初読んだサイト記事では、「結局彼女は画家になれず、
貧しい悲惨さの中で死んだ」という様な説明でしたが、

なんの何の、あの勝気な目をした女性は、きちんと肖像画家に師事、
絵画を習得、かなりの画家としての生活を長く続け、
1927年83歳で亡くなり、

彼女と同居していた女性の方が長く生きており、残された作品を
焼却したらしく、残ったのは2枚だけという、

その1枚、自画像。

12-Autoportrait-victorine-meurent_GF.jpg

まだ若い頃の作品ですが、やはり強い目つきは健在。

彼女がこうした自画像を残し、彼女が強く生きた証が見れて、
私はとても嬉しかった、のでした! 
描いていた、流されなかった、潰れなかった!!



そして今回最初に見て頂いたマネのこの絵、
ラテュイユ親父の店」 1879年 92x112cm

13-Edouard-Manet-Chez-le-pere-Lathuille-1879 - Copia_GF.jpg

若い男性が身を乗り出し、少し年上にも見える女性を口説く図で、
とても勇んでいる様子に笑えますが、

マネの亡くなる4年前の作品で、このレストランに良く通っていたらしい
彼が見たカップルか、はたまた良いお天気で外の席についていた時の
自分の若き頃の姿も重ねた画想なのか・・。



マネがわずか51歳で亡くなったのを知り驚いたのでしたが、
1880年頃から、ブラジルで16歳で感染した梅毒が悪化し、
左足の壊疽も進み、田舎で療養していたのだそうで。

病気の為、最後の2年間は大きな油彩画を制作できず、パステル画を
多く描いていたものの、


レジオンドヌール勲章を1881年末に受賞し、翌82年にかけ、

最後の大作「フォリー・ベルジェールのバー」を制作。 96x130cm ナンシー美術館

14-Edouard-Manet-Il-bar-delle-Folies-Bergere-1882_GF.jpg


実際にこのバーで働いていた女性にモデルを依頼したそうですが、
どこか虚ろな視線で、これはこの表情に焦点を当てた、と説明があるとも。

なぜ? 自分の体の衰えから?

1883年には衰えが激しく、壊疽の進行した左脚も切断する手術を受け、
が経過は悪く、遂に4月30日に亡くなり。

マネの死後徐々に友人たちの支え、背後からの応援もあり、彼の絵が
次第にルーヴルやオランジェリーに所蔵され、一般にも承認される様になり、
近代絵画の巨匠としての地位が決定的になるのが20世紀後半。

その後のオークッションの高値などは、絵の本当の価値なのかどうかですが、
でも、モネが知ったらきっと大喜びで、報われた事でしょうね。


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