・ クローンの鐘楼伝説  レージア湖に半ば埋もれた

皆さんの、多分たくさんの方が、名前は知らずとも、どこにあるかも知らずとも、
湖に半ば埋もれた鐘楼のこの写真はご覧になった事はお有りと。

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今の季節でしたら、背後の山はまだ白く、湖の氷も解けかけ、でしょうか。

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こういうshinkaiも様々な季節の写真を何度も見かけ、素敵だ、と思いつつも
実際どこにあるかも知らず、湖の中に不思議な写真、とは思いつつ、
調べてみようとも思わずに過ぎて来たのでしたが、

つい先日思いがけず、この鐘楼について書いたサイト記事を見つけ、

アルト・アディジェ州のクローン・Curonというコムーネの、
レージナ湖・Resinaであると知りました。

となると例によりあれこれ好奇心が湧き、あれこれ読みましたので、
今回皆さんにもご案内を。



ええとまず、どこにあるかの地図をどうぞ。
ボルツァーノ自治県クローンで、

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メラーノ・Meranoから西に行き、ほぼ突き当りのグロレンツァ・Glorenza迄は
グループ旅行で行ったので、そこから北に20km、20分程の距離、という事も。

イタリアの北西部のほぼ頂点で、西隣はスイスで、北はオーストリア。


n.1 グロレンツァの町 ・ 「イタリアで一番美しい村々」の一つ  
https://www.italiashiho.site/archives/20170530-1.html

n.2 グロレンツァの町 ・ 「イタリアで一番美しい村々」の一つ 
https://www.italiashiho.site/archives/201705-1.html


が、地図を眺めていても1つ驚いたのは、なんと西上に見つけた
Liechtenstein・リヒテンシュタインの文字!

にゃ、にゃに?! リヒテンシュタインって、こんな所にあった?!
もっとヨーロッパの北だと思っていたのにぃ!

で、落ち着いて考えて調べ、勝手にベルギーの南に位置する
ルッセンブルグと混同していたのを知りました、はぁ、無知。



で、こちらがクローンの地図。 湖に添って延びる国道SS40号は、
ローマ期のクラウディア・アウグスタ街道。

もともとはここに3つあった湖、北からレージア湖、
クローン湖、そして南にサン・ヴァレンティーノ・アッラ・ムータ湖で、

4-map 2.jpg

現在はレージア湖とクローン湖が一緒になり、というより、一緒にされ、
真ん中に「クローン・ヴェノスタの古い鐘楼」として印が付いている場所ですね。


そうなんですね、ここは1950年に2つの湖を繋ぎ拡張、深くしてダムが造られ、
湖岸にあったクローンの古い村は湖底に沈み、

14世紀のロマネスク鐘楼のみが、今もこうして水面から顔を出している、
という事なのです。


で、ダムはどこに?! と探しました。 というのも、普通はダムというと、
水を堰き止め、落下させ、電力を起こす装置、建物がありますよね?

だから何か見える筈と探したのですが、それらしき建物もグーグルの
ストリート・ヴューで見ても分からず、ただ地図を見ると
南端の湖岸が直線で終わっていて、

水が下の湖に流れて行く筈の川も見えずで、
ただ湖の南端に、Staudammと見え、これはダムと訳され、
湖の南西岸に近く、3つの円い水盤状が見えるので、

ははぁ、多分ここから水を地下に落とし発電し、水は地下を流し
南下の湖に通しているのだろうと、推察を。


今回のご案内は、3つのサイト記事からで、

レージア湖の水面に顔を出すクローンの鐘楼の伝説
La leggenda del campanile di Curon che emerge dalle acque del lago di Resia

湖の鐘楼  ヴァル・ヴェノスタのシンボル
Il Campanile nel lago  

湖に沈んだ村、クローンの話
La storia di Curon, il paese sommerso

最後の記事に、ダム建設に至る村の記録、イタリアのムッソリーニ政権下
における南チロルの併合、イタリア化においてどの様に村民を扱ったか、
等など詳しく書かれていて、

その後に起こったヴェネトとフリウリ州境のロンガローネ・ダムの悲劇に
重なる部分も思い出された事でした。

ロンガローネ、 54年前のダム出水大災害のまとめを
https://www.italiashiho.site/archives/20170727-1.html



かって湖岸にあったクローン村の様子で、ここに見える鐘楼が現在湖の中。

5-unnamed.jpg

6-curon-vecchia-demolizione-chiesa.jpg



上空からの写真で見える鐘楼の位置で、上の写真と見比べると、
鐘楼周辺が深く掘り込まれている事も分かりますね。

7-curon---resia-in-venosta.jpg

右上に見えるのが、現在のクローンの村で、



この様に高台にあり、新しい教会と鐘楼も。

8-Curon_Venosta-Graun_002.jpg



こちらがダム建設に際し、村の家屋を取り壊して行った様子。

9-curon-3.jpg

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上記した様に、この地域はかっては南チロル、元からのイタリアではなく、
2011年の国勢調査でも(イタリアは10年ごとの国勢調査なので、今年ですね)
この地域の住民98%がドイツ語を話す、というのに、

当時の村民たちが受けた扱い、かなり強引な、ペテンの様な印象を
shinkaiも強く受けた様子をお話しますね。


国の産業生産が増加し、電気エネルギーの増加が渇望され、
ダム建設のプロジェクトが持ち上がったのはもっとずっと以前だったのが、
遂に1939年ダム建設のプロジェクトが提示されます。

が、この地域代表の政治家がおらず、企業モンテカティーニ・Montecatiniは
住民に説明するのを1人の代表に委任したのだそう。

当時イタリアとドイツとの間に在り、イタリア内の「言語の島」のクローンの人々は、
どちらかの住民である事を選び、それに従い引っ越しする事を強制されたそうで、

こうして両方の強いプロパガンダが行われ緊張が高まる中、住民たちの1割が
イタリア側である事を拒否し去って行き、

ファシスト政権による南チロルのイタリア化が勧められ、

村民たちはダム建設について知らされ、ついで村が破壊される事の告示も、

イタリア語で書いたものが、6日間、村内に掲示されたのみ!

誰も見ないままで6日間が済むと、委任された委員は、異議がないので
議題は承認されたものとし、

つまり住民の誰もが気づかぬうちに決められ、進行し、
1940年、最初の接収作業隊が到着した時に、漸くに意味が分かるという。

幾らかのケースでは補償金が予想されたものの、金額はまるで少なく、
家族が引っ越すにも不足する程が、工事は速やかに始まり、
その背後には巨大な投資があったものと。

そして第2次世界大戦が始まり、ファシスト政権は戦略的に重要な
この工事を早く完了させたく急ぎ、

クローンの住民たちの幾人かは説明を求め、また技師たちと話し、
なんとか理解したいものの、まるで受け付けて貰えず、

工事はまず高台にある広大な草地、家畜たちに必要な草地が無くなり、
小作人用の住宅付き農地も無くなると、彼らにとっては不確かな未来か、
自分達の村を破壊する7000人の工事作業員の一員として働くかの
選択を迫られたのですね。

1943年に戦争が工事中断をさせますが、3年後にはスイスからの資金援助で、
工事が再開され、

最初のダム工事の試みとして、モンテカティーニ企業は住民たちに、
村の墓地の大理石の碑を動かさないと、セメントで覆われる、と通知。

ここで初めて本当の抵抗が始まり、漸くに工事の補償として新しい墓地建設
を獲得しますが、これが結局唯一の補償だったと。

1949年には何の知らせもないままに、ダムの水を流しこむ弾幕テストをし、
谷に彼らの家を押し流させ、

水位はどんどん上がり、補償金は不足で、土地の司祭は教皇に嘆願書を
出しますが、後に少しばかりの増額が。

2000人程の住民たちは急いで新しい住居を探さねばならず、
1950年の初めにダムの水が抜かれ、180程の建物の取り壊しが始まり、

家屋は1日1日と取り壊され、住民たちは近くに住める家を求め散って行き、
引っ越し出来ない家族には、モンテカティーニが高台に仮のバラック小屋を立て、
これが現在新しいクローンの村となっている所ですね。


こうしてクローンの古い村は爆薬により破壊され、人工的に深められた
ダムの下に埋もれ、住民たちは多分先祖代々の存在場所を失い、

唯一残されたのが14世紀建設の鐘楼で、文化財保護により護られているのだと。



約5mほどの水深が、冬に湖が凍結すると、歩いて鐘楼に近づけるそうで、

11-inverno_campanile_lago_curon_venosta_.jpg

伝説によると、冬に鐘楼の鐘が鳴るのを聞く人もいると!!



現在この一帯の大きな観光メッカとなっており、こんな遊覧船もある様子。

12-freizeit-hubertus-schiff-vinschgau-fb.jpg



クローンの最後は、今回のshinkaiの大いなる関心を引いたこの写真を。
これを見て、わぁ、見たい! 皆さんにも! と思ったのでした。

13-campanile_curon.jpg

神秘的で、埋もれた村のすべてを包み込み、今の我々に伝えている様な、でしょ?!



最後の最後は、はは、地図で気が付いたリヒテンシュタインを調べ見つけた、
現在も君主リヒテンシュタイン公のお住まいだという、ファドゥーツ城を。

14-Schlossvaduz.jpg

嬉しがりshinkaiの血がピクッと騒ぎましたもので、つい、へへ。


◆ 明日9日は右目のレーザー手術、で、その後の検査もありますので、
  次回のブログ更新は1~2日遅れるかもですが、ご容赦お願い致します!


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